第九話「できもの」
ずいぶんと長い旅をしてきた。
で、ここはいったいどこだろう?
今、何所にいるのかわからない。
とにかく寂しいところだ。
驚くほど細い道が一本見えるだけである。
曲がりくねった田舎の道。
そのまわりは山と畑のようだ。
冬が近いのだろうか。ちょっと寒い。
誰もいない。
おや、向こうから誰かが歩いてくるぞ。
かなり小さい。まだ幼い子供なのだろう。
私に気がついたようだ。
歩みを止めた。
薄暗くてよくはわからないが、じっと私を見ているように見える。
そのまま動かない。
それにしても、なんということだ。
頭の上に大きなできものができているではないか。
あれは、確か……そうそう近所の医者が言っていたやつだな。
なんとかと言う……病気の名前は思い出せない。
いや、名前なんてどうでもいいことだ。
とにかく取ってあげよう。
素人の私でも取っても問題はない、とあの医者は言っていたはずだ。
私はできものを鷲掴みにすると、ぐりっとひねり、引きちぎった。
子供はその場に、ばたりと倒れた。
医者が言っていたな。
このできものを一気に取ると、ショックで気を失うことがある、と。
でもほおっておけば、そのうちに気がつくとも。
倒れている子供をそのままに、私は再び歩きはじめた。
それにしても、ここはいったい何所なんだ?
あたりは暗くてはっきりとはしないが、最初に感じた以上の田舎にいるようだ。
けっこう歩いたのだが、あれから誰にも会わない。
と、思っていると、前に誰かいるのを見つけた。
背中を向け、私と同じ方向へ歩いている。
小さい。また子供だ。
なんでこんな遅い時間に、まだ二人目とはいえ、子供ばかりと出会うのだろうか?
しかしそんなことは、どうでもいい。
この子供にも、大きなできものがあるのだ。
取ってあげるか。
一言のあいさつもなしで、後ろからいきなりそのできものを掴むと、さっきと同じようにひねり、同じように引きちぎる。
その子供もその場に倒れた。
私にはそれは、子供が地面にキスしにいくように見えたものだ。
そのまま歩き続けたが、誰にも会わない。
引き返すか。
ここには特におもしろいものは、なにもないようだ。
私は今来た道を戻り、車を停めてあるところに向かった。
もうすぐ車のところだ。
おやっ、前から声が聞こえるぞ。
それも複数だ。
一言もわからない外国語だが、声の調子から判断するに、楽しく会話がはずんでいるようである。
追いついた。
また子供だ。五人いる。
しかもなんと五人ともに、頭の上に大きなできものがあるではないか。
できもの率が、やけに高い。
ここに来てから今のところ、百パーセントだ。
珍しい病気と聞いていたのに。
それとも場所によってその率が違う、ということなのだろうか。
とにかく取ってあげよう。
一番後ろにいた子供のできものを、引きちぎった。
残りの四人が気付き、振り返って私を見た。
お礼はいらないよ。
……なんだあれは? あれは……悲鳴か?
見れば四人がいっせいに叫び声をあげ、三人がいっせいに走り出した。
一人はその場に座りこんでいる。
なんて失礼な子供たちだ。
人の親切を無にするとは。
でも私は自他共に認める人格者だ。
その程度のことでは怒らない。
座り込んで、なぜかがたがた震えている女の子? ――さっきからそうなのだが、ここの住人は、なぜか顔がはっきりと見えない服装をしているがために、男か女かの区別がつきにくいのだ――と思える子供のできものをとった。
そうこうしているうちに、三人はずいぶんと遠くまで逃げてしまっていた。
途中で一人転んだが、すぐさま起き上がり、また走り出した。
追いかけようか。あの速さなら、私の足ならすぐに追いつく。
いや、やめておこう。
どうも私を嫌がっているようだし。
それにあのできものは、大人だったら誰にでもとることができるたぐいのものなのだから。
だったらあのできものを、なぜみんな取らないのだろうか?
なぜ後生大事につけたままなのだろうか?
親とか近所の人とか学校の先生とか、まわりに大人はいくらでもいるはずなのに。
そんなことを考えていると、車に着いた。
私は車に乗り込むと、目標座標をさっきのようにいいかげんではなく、きちんとセットした。
エンジンスタート。
車は光速で、次の星に向けて旅立った。
次の日、その朝のニュースは、まともに聞いたらとても信じがたいものであった。
東北の村で、四人の人間が殺された。
それも、頭を引きちぎられて。
犯人を見た三人の証言は、完全に一致していた。
犯人は、基本的には人間と似た姿かたちではあるが、その身長がゆうに三メートルを超え、しかも首から上がなく、上半身裸の胸のところに、大きな目と鼻と口があったと言う。
終