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第十話「私の人形」

――最近おかあさんは、とってもきげんが悪い。おとうさんとケンカばかりしているからだ。だから私にやつあたりしてくる。私、なにも悪いことしてないのに。私、いい子なのに。ほんとに、いいメイワクだわ。


――そりゃあおかあさんは、いいわよ。私にやつあたりすれば、それでいいんだから。でも私はどうすればいいの?


――いったいなににあたれば、いいのよ!


さっちゃんは唇をへの字に曲げると、部屋を見わたしました。


すると部屋の隅に転がっている人形が目に入りました。


さっちゃんが今よりまだ小さいころに、お母さんに買ってもらったセルロイド製のフランス人形で、一時期はとってもお気に入りだったものです。


しかし近ごろは、指一本触れていませんでした。


――そうだ、この人形にあたっちゃえ。それがいいわ。……それにしてもこの子、昔はもっともっとかわいく見えたのに。こんなに汚れてしまって、もう、キタナイったらありゃしない。


――いいのよ、あたっても。私の人形なんだから。私だけの人形なんだから。いくらでもやつあたりしていいのよ。それにあらためてよく見てみると、ホントに……。


「あんた、ぜんぜんかわいくないわよ」


さっちゃんは人形の右腕をつかむと、一気に引き抜きました。


次に左腕をつかむと、これも一気に引き抜きました。


その次は左足をつかむと、今度はゆっくりと時間をかけていたぶるように引き抜きました。


そして右足も同じように、じわじわと引き抜きました。


さっちゃんは満足げに人形をながめると、最後の仕上げといわんばかりに、頭を引き抜こうとしました。


しかし思った以上に硬くて、なかなか引き抜けません。


頭にきたさっちゃんは、机の上にあったはさみを取り出しました。


そして人形の首にあてると両手ではさみをつかみ、思いっきり力を込めました。


すると一瞬間があいた後、人形の首がことりと転がりました。


――ふーっ、やっと切れた。ざまあ見ろだわ。それにしても硬かったわねえ、首のところが……。


「えっ! なにっ? これ!」


さっちゃんはびっくりしました。


切れた人形の首のところから、何か赤いどろどろした液体が流れ出していたからです。


よく見ると両手両足の引き抜いたところからも、同じものがどろりと流れ出していました。


――なんなの、これ? これ、何だかこれ、まるで……。


「まるで血、みたいじゃないの」


「さちこ!」


突然後ろで大きな声がしました。


おかあさんでした。


おかあさんは人形とさっちゃんをとても怖い顔で見比べていましたが、やがて大きく一息つくと、言いました。


「殺しちゃったの。……殺しちゃったのね」


さっちゃんには何のことだか、さっぱりわかりませんでした。


さっちゃんがおかあさんと人形を交互に見ていると、おかあさんが言いました。


「さちこはねえ、昔は本当にいい子だったのよ。本当に。ところがある日を境に、どういう訳だか全く聞き分けのない子になってしまたの。さんざんてこずらされた私は、さちこと人形と入れ替わってもらったのよ。人形はみんな、おとなしいからねえ。でもそれも今日で終わりだわ。あなたがさちこを殺しちゃったから」


「思い出した!」


――そう、思い出したわ。


――あの日おかあさんが、いつも以上にだだをこねるさっちゃんを人形にして、それから私をさっちゃんにしたんだったわ。私、人形だったんだわ。私あの時人間になれて、とってもうれしかったのに。


おかあさんがゆっくりと近づいてきました。


さっちゃん、いや人形は逃げようとしました。


しかし体が全く動きませんでした。


おかあさんは人形をつかむと、人形の両手、両足、そして頭を慣れた手つきで胴体からはずしました。そしてそれらを全て段ボール箱の中に入れると、押入れの一番奥にしまいこみました。




         終

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― 新着の感想 ―
[良い点] 人形Σ(O_O;)❔ 良いですねぇ。こういうおしゃれな作品❕ つまり母親は夫婦間の軋轢を、人間に変えた人形だとわかって八つ当たりしていたわけですね。 さっちゃん……(> <。) しか…
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