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救世主奇誕メサイア・デザイア  作者: きょうげん愉快
第二章「聖騎士の選定」
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2-4

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「流石にこれはない」


 シミュレーターの中でデータをロードしたルエイユは誰にともなく呟いた。カスタマイズをしている最中に頭がぼぉっとしてしまったのは認める。時間が無くて確認を怠ったのもいけなかった。だが、それを理解した上でもルエイユは自分の愚行に納得する事ができない。


「これ、下手すれば戦艦のサブフライトシステム並じゃないか」


 戦艦にはメインエンジンが被弾した時に墜落を免れる為に、サブフライトシステムを搭載するのだと聞いた事がある。要するに不時着する為に申し訳程度の飛行をするエンジンだ。しかし、曲がりなりにもあの巨体を浮き上がらせる程の推進力。小型の機動聖像に搭載することなど、とてもではないが考えられない。加えて両手に銃というエネルギー消費の激しい武装故に、防御に振る事が出来るエネルギーは数少ない。防戦になったら回避に徹するしかないのだ、この極端過ぎる機動性で。


「僕、なんでこれで良いと思ったんだろう?」


 遅くまで考えていて寝ぼけていたしか思えない。とは言え、今からカスタムし直す事は出来ないだろう。ルエイユは自らの運命を呪った、千載一遇のチャンスを不意にしてしまったのだから。


『次の受験者はどなた? 名前を教えてくれるかしら』

「あ、はい! 教会騎士団第三分隊所属、ルエイユ・ゴード司祭です」


 突然の通信に慌てて返事をする。不意に聞こえた呼びかけに、彼にはそれがハルコの物であると一瞬気付く事ができなかった。初めて聞くマザー・ハルコの声を聞き損ねた事に落胆する。今度こそしっかり聞こうと、ルエイユはスピーカーの振動に耳を澄まし、意識を集中した。


『! そうですか、貴方が……神体はそれで間違いありませんね』

「はい、問題ありません」


 声をしっかりと耳にしたルエイユは淀みなくそう答える。その声はハッタリと思えない程しっかりとしていて、まるで最初からこの神体で挑むつもりのようだった。声にあわせて心にも自信がついてくる。今ならこれも使いこなせるのではないかと錯覚する程に。


『では、試験を始めます……貴方には期待していますよ』

「僕もです」


 緊張のせいか、ルエイユは無意識にその奇妙な返答をした。僕も、ではまるで自分がハルコに期待しているようではないか、と言った後で気付く。それは決して身分が下の者がかける言葉ではない、この言葉遣いは間違っている。だが、何故か不思議と違和感はなかった。ルエイユは特に気にしないままモニターを眼前に据え、レバーを握る。


『模擬戦、開始3秒前』


 システムが戦いの開幕を間近に知らせた。と、同時にハルコの神体が姿を消す。否、移動したのだ。方向は……左。射線上の直進を避けたのだろう。その甲斐あってルエイユ騎の放った銃弾が虚空を裂く。


『2』


 ハルコ騎はそのまま弧を描きながら自騎の左を取り、一刀の下に神体を両断した。


『1』


 そこまでの光景が鮮明に映し出される。モニターにではない、ルエイユの頭に直接だ。当然といえば当然である。未だ戦闘は開始してすらいない。破壊されるどころかハルコ騎も開始地点から動いてもいなかった。


「今のは、一体……」

『模擬戦開始』

「!」


 号令と共にアラーム音が打ち鳴らされ、彼の思考は一気にかき消される。次の瞬間、ハルコ騎が姿を消した。一瞬見えたビジョンと同じだ。反射的にルエイユもレールガンで光を放つ。狙いは自騎の左側、ビジョンの中でハルコ騎がとった軌道上だ。無論、直進していれば全く意味のない射撃。しかし銃弾は見事ハルコ騎にシールドを使わせ、次の一撃への猶予をルエイユに与えた。


「ランチャー、発射」


 内心では驚いているはずなのに、特に表情に出す事もなく次の行動を叫ぶルエイユ。AIが彼の声を聞き取り、神体左肩部のミサイルランチャーをハルコ騎に向けて発射した。白煙を撒き散らしながらルエイユ騎とハルコ騎の間を飛び交う無数のミサイル達。それらはジグザグと移動をしながら不規則に近づいて行ったが、ハルコは最初に接近した一発をレイピアの切っ先で突き壊して見せた。その爆発に周囲のミサイルも次々誘爆、煙がハルコ騎の周囲を侵食していく。


「次は……上か。移動開始と同時にレールガンをA調整に」


 次々脳内に入ってくるビジョンを頼りに大出力ブースターに火をつける。直後にルエイユの真上にハルコ騎が現れるがすでに遅い、彼の神体はすでに爆発的なブーストに飛ばされて遥か下方に移動していた。距離を確認し、レールガンで威嚇を行う。速射仕様の短い弾丸がハルコ騎へ雨と注いだ。無論威力の低下したA調整はタワーシールドの前には無力だ。だが、シールドを使わせる事で一瞬だが視界を遮る事は出来る。ルエイユはその間に進行方向を変え、ミサイルの爆発で起きた煙の中に紛れ込んだ。


「調整をBに変更」


 そして煙の中から、今度はダメージが通るレベルでの銃撃を開始する。この位置ならば神体の正確な位置も銃口の向きも見る事ができない。重厚なタワーシールドも向ける方向が分からなければ意味がないだろう。対してルエイユはビジョンのおかげで、相手がどのタイミングでどの位置に居るかが分かる。そこを集中して攻撃すれば、


「!?」


 更に追撃しようと意識を集中させると、自分の目前にハルコ騎が姿を現すビジョンが浮かぶ。咄嗟に攻撃を止め、後方に下がると次の瞬間、ルエイユ騎の居た位置をレーザーレイピアの一閃が通り抜けた。後退を続けながらレールガンを連射するルエイユ。対するハルコ騎はと言うと、その光の筋をレイピアのレーザーで相殺している。


「ああやって射撃を掻い潜ったのか……!」


 レイピアから出力しているレーザーはレールガンなどより遥かに高威力。だが弾道を見切ってあんな細い刃で受け止めるなど並みの腕ではできない。さらに、位置が見えないはずの神体に正確な剣撃を仕掛けてきた技術……ルエイユは改めてマザー・ハルコという人物の救世主たる才を思い知った。同時に、自らの攻撃をことごとく無効化される状況に苛立ちを感じ始める。


「エネルギー残量は?」

『残り67.3%』


 AIが返してくる予想通りの返答に、自然と小さく舌打ちが出た。今の攻防で既に3割以上のエネルギーを消費してしまっている。ごく僅かな時間だったが、戦艦級のブースターによる高速移動、さらに銃撃の連発では仕方ないと言えば仕方ない。対してハルコ騎が十分なエネルギーを保有している事は想像に難くない。移動量は大差ないが、相手は機動性重視で最低限の武器しか搭載していない軽量型、加えて搭載した武器はエネルギー効率の良い近接武器である。詰まるところ、このまま戦闘を続ければジリ貧に終わる。


「逆転するには……」


 ルエイユは考える、如何にしてあの超人を墜とすか。どうやらレールガンは通用しそうにない。ならば使うとしたら、あと一回分の全門発射が可能なミサイルランチャー、そして未だ使っていない右肩部に備えられた切り札……


「……ピアシングレーザーなら」


 貫通力に特化したこの武装なら、場合によってはタワーシールドも貫通する事ができる。今のエネルギーなら、移動の分を考えてもあと一発くらいは最大出力での発射も可能だろう。残る問題は、距離。相手を防御もろとも撃ち貫こうと言うのだ、半端な距離ではエネルギーが摩擦で薄れて足りなくなる。少なくとも至近、欲言えば零距離発射が望ましい。だが、不用意に近寄れば瞬く間にレイピアの錆にされる。確実に懐へ飛び込み、一撃を撃ち込む、そんな方法が必要だ。頭の中をさまざまな行動を想定したビジョンが濁流の如く流れていく。その中から、一際輝いて見えた一欠片をルエイユは選び取った。


「ランチャー、発射! 同時にピアシングレーザー、エネルギー充填開始!」


 合図と共にランチャーが再び火を吹く。ミサイルは先程と違い、ハルコ騎の周囲をなぞるような配列で直進した。直後に、手元のレバーを引いて神体を一気に最大速まで加速させる。ピアシングレーザーへの充填も含め、エネルギーのメーターがみるみる内に減少するのが分かった。それでもルエイユは歩みを止めない。関係ないのだ、どうせ次の一撃で仕留められなかったら負けなのだから。そう自分に言い聞かせ、焦りを無理矢理に押さえつける。そうやってミサイルと並走して見せると、ハルコ騎は冷静にコックピットを狙って剣を構えた。この状況でなんのためらいもなく攻めに転じる事ができるのは流石と言うべきだろうか。だが、それもルエイユには”視えて”いる。


「……今だっ!」


 今まさに剣が振り下ろされようという瞬間、並んでいたミサイルが一点に収束した。位置は、ルエイユの目の前。ルエイユ騎は体育座りの姿勢をとって爆発に備える。直後、眼前で爆発が発生した。


「……っ!」


 至近距離での大爆発に、神体全体が大きく揺れる。視界は先日みたばかりの赤い警告文の嵐。無理もない、今の爆発でメインカメラと四肢は完全に吹き飛んでいた。自分が乗る神体はつくづくダルマ状態に縁がある、ふとルエイユはそう思った。しかし前回と違うのは、計算の上でこうなっているという点だろう。腕も足もないが、まだ肩のブースターは止まっていない。


「照準合わせ!」


 進む先にあるのは咄嗟に盾を構えて爆発を防いだハルコ騎。メインカメラがない以上状態など確認できないが、間違いはない。先程”視えた”ビジョンがそれを教えてくれている。爆発の衝撃はほとんど壊れた四肢が持っていってくれた。軽くなった分速度も更に上がっている。この速度、如何なハルコの超反応でも対応出来まい。ルエイユの神体は、身体一つでハルコ騎の盾に突進した。同時に、向きを調整したピアシングレーザーの砲身が盾に密着する。


『充填率100%』

「ピアシングレーザー、発射!」


 タイミング良くAIが吉報を告げ、ルエイユはそれにすぐ返した。直後に衝撃、表示された破損率が重厚なタワーシールドがまるで氷を溶かすような勢いでへこんでいく様を知らせてくれる。その痛快な数値の移り変わりに彼は笑みを隠さなかった。救世主足りえる程の存在をこの自分が越える、そんな光景が目に浮かぶ。高揚する気持ちは冷静な判断力を失わせ、浮かんだ光景は”視えた”訳ではない事を気付かせなかった。

 ついに破損率が100%となり、ハルコ騎本体にダメージが通り始める。しかしその瞬間、希望と共に視界が闇に染まった。


「……え?」


 突然の変化に一瞬対応が遅れる。慌てて状況を確認しようとする僕の前に、うっすらとした光で警告文が映し出された……。


『EMPTY 戦闘続行不能』






「……ルエイユ?」


 フラつきながらコックピットから降りるルエイユを見て、ミルニアが声を掛ける。呼び掛けられている事を理解しながら、何故かルエイユは答える気にはなれなかった。ぼおっとした表情、重い足取り。傍から見たらどう考えても健康とは思わないだろう姿を周囲に晒す。


「ルエイユ、そんなに落ち込むなよ。あそこまで出来たのはお前が初めてだ。十分立派だったと俺は思う」

「え? ……ああ、有難うございます」


 ミルニアの慰めに一瞬素っ頓狂な声をあげるルエイユだったが、すぐに相槌で取り繕う。どうやら彼の様子をハルコに負けた事に対する悔しさだと判断したようだ。だから十分な戦果を出した事を賞賛してくれている。本当に出来た人だ、ルエイユは心から尊敬する。

 だが、今の彼の心境はそれだけではなかった。無論的外れという事はない。負けた事への悔しさも確かにあった。しかし彼は分かっているのだ、自分が言わば落ちこぼれで、今のように戦えただけでも奇跡に近いと言う事を。そして、それを知っていてなおこうも悔しがっている自分が理解出来なくなっている。彼の中に存在する彼本人も知らない何か、今の彼にとってはこれ以上の恐怖はない。その何かが少しずつ強くなっているからなおさらだ。

 戦っていた時に見えたあのビジョン。それは確実に未来を映し出していた。それも一度や二度ではない、今の戦いはほぼ全てビジョンのお陰だったと言って良い。偶然ではないのだ。”邪神”と戦っていた時ですら、ここまでの事は起こらなかった。ルエイユの中にある何かは着実に強くなっている。いずれ何かに押しつぶされるのではないかと思うと、不安だった。


「……おい、ルエイユ。お前大丈夫か? 顔が青いぞ」


 彼がずっと俯いている事に気付いたのか、ラスティが顔を覗き込んでくる。情報を扱う事が多いからか、人の変化には敏感らしい。


「大丈夫ですよ」

「でも」

「大丈夫、大丈夫ですから……」


 重ねて聞いてこようとする声を遮って、ルエイユはそう答えた。嘘だ、本当は全く大丈夫ではない。だが、こんな事を言っても多分誰も信じてくれない。それが分かりきっているから、ルエイユは沈黙を貫いた。


「僕なんかの事より、次は誰が行くか決めませんか? あんまりハルコ様をお待たせするのも申し訳ないですし」


 なんとか話の流れを変えようと、違う話題を振る。効果は決して小さくないはずだ、とルエイユは予測する。彼がここまでまともに戦ってしまうのは、彼自身も含め誰もが予想しえなかった。落ちるどころかさらに高まる期待の中模擬戦を行うのは、誰もが避けたいところだろう。それはまさに案の定で、騎士達は互いに牽制をし始めた。

 誰一人として動けないがんじがらめの状況、しかし唐突に思わぬ終止符が打たれる。どこからともなく、煙を吐き出すような空気音が聞こえてきたのだ。全員が顔を見合わせる事を止め、音のした方向に目を向ける。そこではシミュレーターのハッチが開こうと、白煙を排出していた。無論ルエイユが入っていた物ではない、それと対になって設置されていたもう一つ。即ち中に入っているのは、


「……ハルコ、様?」


 ハッチが開ききらない内にブーツの先が顔を出す。やがて完全に開閉作業が終了すると、一人の女性が姿を現した。全身を黒のカソックで包み、その上から金の装飾品をあしらった、質素ながら美しい出で立ち。豊かなボディラインとしなやかに伸びた黒髪が一層美しさを際立たせる。エスキナ教団大司教にして世界最強の騎士、ハルコ・オリハラ。生涯写真でしか見る事はないだろうと思っていた人物が、今彼らの目の前に立っていた。


「マザー、どうかなさいましたか? 試験はまだ途中のはずですが……」


 誰かがおずおずとハルコに声を掛ける。整備班だ。彼らとしては訓練の最中にシミュレーターから出てくる理由に不安があったのだろう。自分達に不備があって戦闘の続行が不可能になったのではと考えるのは、現状からすると自然な事だと思う。その暗い表情を読み取ったのか、ハルコは優しげな笑みを浮かべながら答えた。


「大丈夫ですよ。ただ、今の戦闘で少しレバーを強く動かし過ぎてしまったので、念のため確認して頂けますか」


 彼女の言葉に整備班の男性は一瞬安堵の表情を浮かべるが、すぐに真剣な面持ちとなり「はっ、ただちに!」と手を振りながらシミュレーターに向かった。それを合図に周囲に居た数名も彼に続く。どうやら彼が班長らしい、統率も取れているし、何より切り替えが早い。第二の戦場と言われるVAの整備を生き抜いた仕事人達の為せる業だった。ハルコは彼らの変貌ぶりに一瞬面食らったが、すぐに逸る彼らを落ち着けに向かう。


「そんなに慌てなくても大丈夫。受験者が途絶えてきたようだから、丁度今日はここまでにしようと思っていたんです」


 今度は騎士達が安堵する番だった。これで悩みが一気に解決する。今の善戦ムードも明日になれば忘れ去られているだろう。ルエイユも心の隅にあった、ムードを作った張本人である罪悪感からやっと解放される。気分が晴れた騎士達は、それぞれがリラックスムードで伸びなどを始めた。


「本日はこれにて解散。なにか問題が発生したら、騎士団長に連絡してください」


 すっかりだらけてしまった騎士達に少しため息を漏らしながら、苦笑交じりにハルコが言う。そのままブーツらしいカツカツという足音を響かせながら部屋を後にしようとしていたが、扉の前辺りまで行ってから不意に立ち止まり、再び彼らの方を向いた。


「そうそう、ルエイユ・ゴード司祭は後で第一客室まで来てください」


 それだけ言って部屋を出る。間もなく自動開閉の扉が、彼女の姿を完全にシャットアウトした。しばらくの間、ルエイユは何が起こったのか分からず呆然と閉まった扉を見つめる。彼の意識を戻したのは肩に走った振動だった。


「ルエイユ、やったじゃないか!」


 肩を叩く手の主はミルニアだ。まるで我が事のように喜んでいる。対するルエイユは、ただ首を傾げる事しか出来なかった。


「僕、何かやったんですか?」


 ただ呼び出しを受けた、ルエイユにとってはそれだけの事だ。むしろ、彼には呼び出しと言う物にあまり良い印象がない。大抵隊長から直々にお叱りを受ける時、提出書類に不備があった時、彼が上官に呼び出される理由など、いつもそんなものだった。不安こそあれ、喜ぶべき事は何もないように思える。


「まさか、今の戦闘で何かまずい事をしたんじゃ……」

「ない、いくらなんでもそれはない。今の戦闘の後だったら、どう考えても戦績の評価に関する何かだろう。型破りな神体だったとは言え、他の騎士がほとんど瞬殺されている中であれだけ善戦をしてみせたんだぞ?」


 ルエイユの予想を全否定した上で新しい仮説を語るミルニア。ルエイユは自身の発想がネガティブな事は生まれつきなので認めても、さすがにミルニアの説を鵜呑みにする事はできなかった。よしんば先ほどの戦闘が善戦であったとしても、その結果が反映されるのはラグディアンの騎士の選定と既に決まっている。ならばわざわざ呼び出さずとも、結果発表の時にまとめて言えば済む事のはずだ。


「俺はラグディアンをお前に先行支給するつもりなんじゃないかと踏んでいる」


 表情からルエイユの考えを察したのか、ミルニアはそう付け加えた。予想はさらに続く。


「ここでラグディアンの騎士が決定したとして、それですぐに戦力が大きく変わる訳でもない。なにせマーズのエリート達ですら使いあぐねた神体だ、俺達がそうそう使いこなせるものじゃない。だがルエイユ、今の戦績だけを見るならお前は違う、言わば即戦力だ。ラグディアンが一騎加われば戦況が変わる。マザーはそれを期待したんじゃないか?」


 そこまで一気に言うとミルニアはこちらの様子を伺ってきた。どうやら同意を求めているらしい。ルエイユはしばし考えたが、やはり結果は変わらず首を傾げるだけだった。確かにこの話、矛盾はしていない。楽天的に考えればこういった事も十分起こりえるだろう。戦力になればラグディアンは一騎いるだけでも戦況が一変してもおかしくないスペックがある。”邪神”にいつも負け越している騎士団としてはそれを求めるのも分からなくはない。しかし、


「それでも少し楽観的過ぎるんじゃないでしょうか。確かにラグディアンが即戦力になれば頼もしいけど、模擬戦一回じゃあ偶然って事もあるし、いくらラグディアンでも一騎で”邪神”との圧倒的戦力差を埋められるとは思えません。そんなに急いで投入する理由にはならないと思います」


 “邪神”の力を体感した者なら分かる。一騎の力は決して高くないものの、プラッテとの一対多を実現し、過去何度もプラディナと互角の戦いを見せるその能力の前では、さしものラグディアンも一騎では対応の仕様もない。防衛に徹したとしても、どれだけの時間稼ぎになるか。それならば一まとめにして投入した方が、その分訓練期間も設ける事が出来て生存率は跳ね上がる。月並みな言葉だが、戦場における戦力は決して足し算ではない。例えば一騎で訓練中の騎士より三倍強い即戦力が居たとして、それでも一騎の即戦力より、三騎の訓練中の方が圧倒的に強い。戦力はまとめて投入するに限る。


「じゃあ、即戦力が欲しい理由になりそうな情報を一つ教えてやろうか」


 ミルニアがルエイユの返答に頭を捻り始めると、今度はラスティが後ろから近づいて来た。その自信ありげな表情は、彼らも何度か見たことがある。良い情報を見つけて誰かに売ろうとしている時の顔だ。二人は咄嗟に身構えてしまう。


「最近この辺りに宇宙海賊が出るらしい。近隣の惑星でもう何件か被害が出たそうだ」


 ラスティはミルニアを見ながら言った。どうやら今回の狙いはミルニアの方だったようだ。安心したところでルエイユは情報に対する疑問を投げかける。


「エスキナ近隣だったら騎士団に救難要請とか来るんじゃないですか? 一度も聞いた事ありませんけど」

「まぁ、一度も出された事がないからな」


 ラスティの答えにルエイユは納得ができなかった。教会騎士団は基本的には”邪神”しか相手にしない。戒律で、VAによる戦闘行為は禁止されているのだ。しかし、銀河連合が定めた法では救難信号があった場合、その能力のゆるす限り対象を助ける義務がある。流石の教団もこれには逆らえず、救援時は例外となっていた。無論信号を出す為の一定条件をクリアしている者だけに限られるが、略奪行為の被害は中でも最重要項目とされている。エスキナ近隣なら騎士の救援も十分あり得るのだ、それを加味しても救難要請を出さないのはおかしい。


「正確には出さなかったんじゃない、出せなかったんだ」


 疑問の答えはすぐにラスティが教えてくれた。曰く、犯行がとても鮮やかで、信号を出す前に船団が全滅していたのだそうだ。レーダーの反応もなく一機の護衛艦が突如轟沈、その後レーダー範囲外から立て続けに砲撃が放たれた。混乱に乗じて貨物船のコンテナのみが切り離され、それ以外は撃墜されたのだという。にわかには信じがたい、まるで夢物語のような話である。


「そう大きな商船団ではないみたいですけど、それにしたって……」

「確かにそうなんだが、今のミルニアの仮説と組み合わせるとどうだ?」


 ルエイユはラスティの予想外の返答に「どうだ、と言われても」と一瞬口ごもる。ミルニアの仮説といえば、戦力の即時増強をする為にルエイユへとラグディアンを先行配備するつもりなのではと言うもの。そしてルエイユは「一騎増えたところで戦局は変わらない」という理由でそれを否定した。それはあまりに”邪神”が強すぎるからであり、


「……あ」

「つまり、戦力増強の目的は海賊対策かもしれない、と」


 “邪神”ではない、ただの人間相手なら一騎でも十分な戦力となるという事である。そして今の話に間違いがなければ、その重要な一騎をルエイユが任されるという事にもなる。


「そんな一回のまぐれ当たりで重要な役を決められても……」

「いや、俺は適任だと思うけどな」


 ルエイユは事の重大さに不安げに呟いた。ミルニアはそれを聞いて、彼とはまるで対照的な自信ありげな表情でルエイユを見る。彼は意外そうにミルニアを見返した。


「自分では気付いていないかもしれないが、お前は確実に強くなってる。この前の”邪神”の時も今も、結果は散々だったけどお前の動きは凄かった。正直、あれほどの挙動は俺にも真似できない」


 挙動、それは確かにルエイユも認めるところではある。先の戦闘で見せたルエイユの動きは、手前味噌である事を差し引いても凄まじいの一言だった。まるで自分ではないような、でも自分でしかありえない。そんな妙な気分で、どう動けば良いのかがごく自然に浮かんできたあの不思議な感覚は、今でも彼の手に残っている。だが、手放しにそれを自分の力という事ができない。彼には分からないのだ、どうしてああなったのか。どうしたらああなれるのかが。それを伝えようと一瞬口を動かすが、すぐに止めた。到底信じてもらえるとは思えないから。


「お前はもっと自分に自信を持った方が良い。そうすれば、お前はもっと強くなれる。俺はそう思うよ」


 ミルニアは言いながらルエイユの頭にポンと手を置く。とても暖かい、ミルニアの優しさが伝わって来るようだった。それを感じたルエイユは、真実を語るつもりだった口で「ありがとう、ございます……」とだけ小さく呟いた。ここで本当の事を話すのは、逃げだと感じたのかもしれない。迷うのではなく、あの自分と向き合いたい。ミルニアの言葉で、ルエイユは初めてそう思った。


「さて、少し遅いけど朝飯でも食べるか。折角だから皆で食べようぜ」


 部屋の自動扉を開きながら、ミルニアが合図を送ってくる。ルエイユとラスティはそれに釣られるように、少し急ぎ足で部屋をあとにした……。


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