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救世主奇誕メサイア・デザイア  作者: きょうげん愉快
第二章「聖騎士の選定」
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2-3

 ラスティの言葉を聞いてルエイユの目の色が変わる。画面に先ほどより三歩近づき、羨望の眼差しを向けるルエイユ。もはや彼にはハルコ騎しか見えていないといった様子である。ここまで来ると流石にミルニアを哀れに思う。しかし得意げにルエイユに語った手前、瞬殺されて欲しいという気持ちもあり、それがラスティの良心を小さく苛んだ。

 間もなく訓練開始のアラームが鳴り渡る。その直後、音が止むか止まないかという刹那の事だった。10メートルはあったであろうミルニア騎とハルコ騎の距離は一瞬にして縮まっていた。ミルニア騎に動いた様子は一切なし。ハルコ騎が白兵戦に持ち込んだのだ。勢いのままレイピアが弧を描く。ミルニア騎のワイドディフェンダーはその一撃に耐え切れず、弾き飛ばされてしまった。


「は、速い!」

「耐えた!?」


 ラスティとルエイユが同時に驚嘆する。同じ攻撃を見たはずの二人だが、しかし感想は全く逆のものだった。とは言え戦局の見立ては変わらない。そこに居た誰もが次の一撃でミルニア騎が撃破されると考えただろう。ハルコ騎も既に次の攻撃をする準備に取り掛かっている。しかし、小さな爆発がそれを止めた。ミルニア騎のレールガンがハルコ騎めがけて発砲されたのだ。ワイドディフェンダーの影に隠れていたが、盾と化したそれの向こうで彼のレールガンは既に照準が合わせられていたのである。


「ミルニアすげぇ、あのマザーに一発当てやがった!」

「……いや、当たってません」


 感嘆するラスティを尻目に、ハルコ騎を見ながらルエイユ。爆発を起こした箇所を凝視している。その眼を追うと、ラスティにもレイピアの切先から白煙が立ちこめているのが分かった。


「あのタイミングで防御出来たのかよ……!?」

「それもタワーシールドを動かすのが間に合わないから、レイピアを使ってます。とてもじゃないけど咄嗟の判断だとは思えない……」


 想像もつかない程の攻防を一瞬で見せた二騎。しかしミルニアも今の一撃で策が尽きてしまったのだろう、レールガンを防いだノックバックで生まれたハルコ騎の僅かな隙にも、ミルニア騎は一切の動きを見せなかった。その無防備な神体にタワーシールドが叩き込まれる。この一撃でコックピット部が破損、模擬戦終了のアラームが鳴った。間もなくシミュレーターのハッチが開き、ミルニアが姿を現す。


「はぁー……駄目だった。やっぱりマザーには敵わない、か」

「いや、あのマザーに一瞬でも守りを固めさせたのはすげぇよ」


 ラスティが見た限り、これまでの戦闘は全てマザーによる開幕直後の一撃で決着が付く、極めて一方的な展開だった。その中で前人未到の太刀合いという領域に届いた彼を否定する者はこの中にはいないだろう。


「流石、戦闘技術に関しては隊長を超えると言われただけのことはあるな」


 ラスティはミルニアへと小さく拍手を送る。やがて周囲に居た他の騎士達もそれに続き、訓練室には小さな喝采が巻き起こった。ミルニアはこそばゆそうに「止めろって」と周囲をたしなめる。


「だって、なぁ? ルエイユだってすごいと思うだろ……ん?」


 ルエイユに同意を求めようとしたラスティだったが、呼びかけた方向には先程まで立っていたはずのルエイユがいない。周囲を見回すと、彼はモニターの操作盤にかじり付いていた。ミルニアの戦闘ログを再生しては、画面を凝視している。


「ルエイユ、お前何やってるんだ?」

「マザーの戦闘を見直してるんだろう。ルエイユは昔からマザーにゾッコンだったからな」


 ミルニアの説明に納得のあまり、思わず「ああ……」と声を漏らすラスティ。言われて思い出す。面白い情報を拾って来ては仲間に教えて食事代をせしめていた自分に、ルエイユが聞きたがる話はいつもマザー絡みだった。彼にとって今は夢が叶った、いや今まさに夢見心地なのだろう。


「しばらくそっとしておこう。なんだか邪魔するのが悪い」

「その方が良いな……そうだ、次は誰が行く? そろそろ次の模擬戦の準備が出来るだろ」


 周囲に名乗り出る者は現れない。当然といえば当然だ、これほど見事な試合の次では他のタイミングより少々荷が重い。小声で話している騎士達の声を聞いても、おおよそ同じ理由でしりごみしている様だった。ラスティはつくづく思う、早めに済ませておいて良かったと。元々は後に乗る騎士達に乗った時の実体験情報を売ろうと考えていたからだったのだが。


「あの、皆さんよろしいんでしたら、僕が行っても良いですか?」


 皆が牽制しあっていると、何処からか名乗りを挙げる声があった。その場にいた全員が声の主の方を見る。ルエイユである。


「ルエイユ、お前戻ってたのか」

「え、何処からですか?」


 自分の世界、と言おうとしたところで慌てて口を噤む。恐らくルエイユは自覚していないだろう。言った所で首を傾げられて終わりである。


「いや、なんでも……それより、お前はそれで良いのか? 折角マザーの胸を借りるチャンスじゃないか」

「チャンスなのはいつ戦っても変わりませんよ。それにほら、僕だったらどんな成績でも大体言い訳が利きますから」


 言われてから思い出す。ルエイユはシミュレーター訓練をしていないのだと言う。それならば確かに悲惨な結果になっても「練習出来なかったから」と言い訳できるし、元々彼は後方支援だ、過度の期待はされない。少々失礼な言い方だが、今の高まり過ぎた期待を元に戻すには、彼以上の逸材はいないだろう。


「そう……だな。皆もそれで良いか?」


 体裁を気にするならば今戦いたがる者はまずいない。周囲の無言はルエイユの出陣に対する実質の肯定となった。


「……よし! そういう訳だルエイユ、行って来い!」

「あ、はい。じゃあちょっと行ってきます」


 そう言うとルエイユは申し訳なさそうに腰を軽く折り曲げながら、騎士達を掻き分けていった。彼がシミュレーターに入りしばらくすると、画面に一騎の神体が表示される。ルエイユがカスタマイズした物だ。そしてそれを見た時、ラスティは声を出さずにはいられなかった。


「な、なんだこりゃ?」


 まず一番最初に目に付いたのは両肩に取り付けられた大出力ブースターだ。従来のブースターより大型で、一基だけでも通常の3倍近い出力があると説明されていた。これを搭載すれば機動力には高いアドバンテージがつくが、重力負荷も相当のものとなる。並の騎士では押しかかるGで操縦すらままならないだろう。その上この神体にはブースターと対を成すべきウィングユニットが搭載されていない。推進力の制御は神体の姿勢のみで行わなければならないのである。当然、騎士に掛かる技術面の負担も尋常ではない。

 さらに、腕部の武装にもラスティ達は違和感を覚えた。装備されているのはレールガンが二門。つまり存在しないのだ、騎士の象徴とも言うべき近接武器が。白兵戦は騎士の戦いの本懐と言える。それを捨てると言う事は、ラスティにとっては戦いを捨てる事にさえ感じられた。


「……ミルニア、お前はどう思う?」


 横に立っていたミルニアに問いかける。こと戦闘に関して彼以上に詳しい人間はこの場にいない。自分には理解しきれないが、彼ならばもしや。ミルニアは考え込むような仕草をしながらルエイユの神体を観察する。しばらくすると、何かに納得したように頷きながら言った。


「……滅茶苦茶だな、セオリーのセの字も感じない」

「やっぱり……」


 ラスティはまるで我が事の様に頭を抱える。折角のチャンスをこんな形で不意にしてしまうルエイユを少なからず哀れに思った。しかし、


「だが」


 彼の考えをミルニアの声が遮る。ラスティは再びミルニアを見た。


「ルエイユらしい神体だと思う。あいつ自体が騎士としては規格外もいいところだからな、その長所を活かすカスタマイズだよ」


 ルエイユの長所とはなんだったか。ラスティはしばらく思案した。やがて浮かんだ答えは射撃が正確である事、対G訓練はいつも上位だった事、それらを総合した高機動射撃戦闘が得意である事の三点。確かにそれらを活かすならカスタマイズの方向性は間違っていない。


「いや、それにしても極端すぎないか? あんなブースターじゃまともに動けるかも怪しいだろ」

「流石にあれは戦闘中には使わないだろう。長距離移動用か何かじゃないか? ラグディアンの内臓ブースターがあればプラッテと同程度の機動力は十分出せるからな。お前も戦闘ではあまり使わない狙撃ライフルなんて付けてただろう?」

「まさかタイマンだとは思わなかったんだよ……」


 説明に意地悪くそう付け加えたミルニアに、ラスティは愚痴っぽく返した。彼が腕部兵装に選択したのは狙撃用のロングライフル。連射性や反動を度外視し、長距離の敵を一撃で仕留める事に特化した高威力、長射程の銃だった。お世辞にも一対一の状況で役に立つ武装とは言い難い。それでもラスティがこの武器を選んだのは、模擬戦が団体で行われる物ならば戦略的に利用が可能だと思ったからである。


「俺、趣味でクレー射撃やってるんだよ。だからなんかの役に立たないかと思ってさ」

「ルエイユだって同じだ。機動性は足並みを揃える上では重要だからな」


 高すぎる機動力は足並みを乱すと思われがちだが、実際はそうではない。出力が低ければそれ以上あげる事は出来ないが、高い出力は調整で十分周囲と速度を合わせられる。AIの搭載で相対的な速度を算出可能な現在では決して難しい事ではなかった。


「なるほどな……じゃあ、あとはブースターの分武器を削った事をどうやって補うかってところか」

「そういう事だ。まぁどれも一瞬でマザーに倒されなければ、の話だが……そろそろ始まるみたいだぞ」


 ミルニアの言葉に二人はモニターへと目を移した。次の瞬間、その場にいる全員が我が目を疑う事になるとも知らずに……。


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