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「ルエイユっ!」
ルエイユがコックピットを開くと、ハッチの向こうではミルニアが焦燥しきった顔で中を覗き込んでいた。後ろにはラスティもいる。彼もまた心穏やかではない雰囲気が漂っていた。外に出ようとしたルエイユだったが、それより早くミルニアに引きずり出される。
「この馬鹿! あんな無茶なマネをするヤツがあるか!」
目を白黒させるルエイユの様子など気にもかけず、襟元を掴みながら大声を上げるミルニア。その勢いに彼が面食らっていると、後ろのラスティが胸を撫で下ろしながら二人に近づいて来る。
「まぁまぁ、とりあえず無事だったんだから、そんなに怒るなって」
ラスティに諭されて落ち着いたのか、ミルニアの手が少し緩んだ。その間にルエイユは何とか襟元から手を外す。今度はラスティが、ルエイユの傍まで近づいてきた。
「脅かして悪かったな、ルエイユ。コイツさっきから自分のせいでお前が無茶したー、って騒いでてさ。心配してたみたいだから許してやってくれよ」
ラスティの言葉にルエイユはやっと合点がいく。なるほど、ミルニアにしては珍しく慌てていると思っていたら、そういう事だったのか。見ればミルニアはうつむき加減になってルエイユから顔を背けていた。どうやら、恥ずかしがっているらしい。
「……悪い、お前の神体が達磨みたいになっちまったのを見たら頭が真っ白になってさ……。ついつい興奮しちまった」
「いえ、こっちこそ心配かけちゃったみたいで……有難うございます」
確かに掴み掛かられた時は少し驚いたが、それは本気で心配してくれていたからに他ならない。それはルエイユにとっては代えがたい喜びだった。無意識にお礼を言ってしまってから、謝罪に礼を返すおかしさに気付く。ミルニアも同じ事を思ったのか、一瞬表情を歪めてから苦笑いし始めた。
「それにしても珍しいよな。普段慎重なルエイユが、あんな無茶な行動に出るなんて」
「あはは……」
今度はルエイユが苦笑いをする番だった。横から話しかけてきたラスティに、一瞬暗い表情を見せてから、ルエイユは少しの間渇いた笑い声を上げる。その合間に彼が神妙な面持ちで小さく呟いた事に何人が気付いただろうか。
「……本当に、なんででしょうね?」
「え?」
「いえ、何でもありません。それより、今日はもう部屋に戻って休みますね。なんとか助かったと思ったら、急に体の力が抜けちゃって……」
何事もなかったかのように取り繕おうとルエイユ。ラスティ達の「ああ……」という府に落ちていなさそうな返事を背中に聞きながら、彼は早足にその場を後にした……。
「僕らしくないか、本当にその通りだよ……」
部屋に戻った後、ベッドで横になりながらルエイユは唸る様にそう言った。寝返りをうつと、中途半端な硬さのベッドが小さく軋む。
先程もれたのは紛れもない彼の本音だ。彼自身、なぜあんな事をしたのか理解できていない。機能不全のミルニア騎を見て前線に出ようと思ったのは間違いなく自らの意思だった。ノーロック射撃をしようと考えた記憶もある。だがその後は? 普段の自分では思い付きもしない的確な戦術、出来ない様な洗練された動き。まるで自分ではないかのような、
「……違う、あれは確かに僕だった」
自分の考えを途中で否定する。あれは別人格や無意識の類で説明出来る物ではない、明確な自分の意識だった事は疑いようのない事実だ。その証拠に、あの時起こった事も彼は全て覚えている。降り注ぐ破壊の閃光、視界を埋め尽くすレッドランプ、そして……”邪神”。霧の中に見えたのはVAに瓜二つの装甲だった。あれが”邪神”の正体なのか。だとしたらなぜVAと同じの外見をしている? ジギアスが”邪神”に似せてVAを造ったのか? 一体何のために?
「何がどうなってるんだ」
ルエイユは小さく歯軋りした。胃の辺りがムカムカする。気持ちが悪い。自分の思考が及ばない所に存在する何か、それが彼をこの上なく苛立たせる。一体あの時自分はどうなっていたのか、
「……いや、止めよう」
考えても分からない事にいつまでも悩んでは居られない。あの時の妙な感覚にしても、今回たまたま起こっただけで、常にそうなると決まった訳ではないのだから。無駄と分かっていながらも、ルエイユは自分にそう言い聞かせた。
「パソコン……上からの通知を確認しないと……」
無理矢理に気持ちを切り替えようと、パソコンのスイッチを入れる。別の作業に没頭すれば今の気分を忘れられると思ったのだ。
最初に確認するのは言うまでもなく通知。騎士全体に行われる連絡をまとめる掲示板の様な物だ。情報の伝達が円滑に行き届く様に、定期的な閲覧が義務付けられている。新着通知のリストを見ると、本日追加されたと思われる「new」と書かれたものが目に付いた。
「騎士団全員を対象とした、ラグディアンシミュレーター訓練?」
騎士団全員? ラグディアン? タイトルにあったあまり聞く機会のない単語が疑問符と共に飛び交う。首を傾げながらタイトルをクリックすると、画面が切り替わり通知の詳細が映し出された。
「なになに、『明後日9:00より新規配備されるラグディアンの騎士を決定する試験をシミュレーターで行います。騎士団員は添付したソフトでシミュレーターの際に用いる兵装を選択した上で、訓練室に集合して下さい』……」
見れば確かに記事にはファイルが添えられている。ダウンロードして開くと、神体とRPGゲームの装備欄のようなものが表示された。
「なるほど、これで各ジョイントに何を搭載するかを決めて、シミュレーターで再現された神体で受験するのか」
装備欄は合計六つ。両腕に一つずつと肩にそれぞれ二つ取り付け可能となっている。それぞれの部位にかなり多彩な兵器が用意されていて、刀剣類や銃器は勿論のこと、バランサーユニットにスラスター、シールドに加え用途すら分からない物まで、挙げて行けばキリがない。
「あ、武器ごとに動画が添付してある。使い方が分からない場合はこれを見れば良いのか」
外見で大まかな使用方法が分かる物が多い近接武器と違い、ルエイユが得意とする遠距離武器は軌道や特性を把握しなければならない。早速兵装を射撃武器のカテゴリで絞り込み、動画を一つ一つ見て行った。
「チャフグレネードはかく乱兵器なのか……じゃあこっちのピアシングレーザーって言うのは?」
確認を続けている内に、だんだんと頭がぼおっとしてくる。眠気が来たのだろうか、と両目をゴシゴシと擦って我慢した。その時は気付かなかったのだ、今の自分が"邪神"と対峙していた時と同じ状態だった事に……。
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「すいません、遅れました!」
午前8:54。息を切らせながら訓練室に駆け込んだルエイユに、ラスティは片手で挨拶を返した。すでに模擬戦が始まっているのを見て、慌てふためく彼を見て、彼が時計を持っていない事に気付く。ラスティは安心させてやろうと自分の腕時計を見せた。
「ギリギリセーフだ。お前にしちゃあ珍しいな、寝坊か?」
ルエイユ・ゴードは小心者である。他者へ迷惑が少しでもかかる事は極力避け、人に頼っても良さそうな事も自分ひとりで何とかしようとしてしまう。待ち合わせをした時も常に十五分前には集合場所に到着していた。今回は時間にこそ間に合っているものの、今までと比べれば遅刻と言っても遜色のないレベルである。何か深い理由でもあったのか、と探りを入れるつもりでラスティは尋ねた。しかし、意外にもルエイユは首を縦に振る。
「はい、ラグディアンの武装がなかなか決まらなくて……」
「決まらなくてってお前、通知が来たのはおとといだろ? 丸一日悩んでたのか?」
冗談めかして聞く。流石にラスティもそれはないと思っていたのだ。実際のところ彼には既に理由の予想もついていた。昨日、一日の間だけロックが外されたシミュレーターのラグディアン訓練、それをしていたのだろう。昼間はベテランの騎士達が大挙して訓練室に駆け込んだ。その合間を縫うには深夜しかないはずである。しかし、これにもルエイユは意外な返答をしてみせる。
「それが、実はシミュレーター使えてないんです。一昨日の夜から次の日の昼くらいまでぶっ通しでカスタマイズして、そのまま寝ちゃったみたいで」
「おいおい……」
ラスティはそれ以上何も言うことが出来なかった。それは確かにラグディアンの長所は、騎士の戦闘スタイルに応じたカスタマイズが出来る事ではあるが、プラッテから劇的に変え過ぎれば操作性の違いに慣れる時間が必要になる。それを全く行っていないとなれば、まともに動く間もなく撃墜されるだろう。
「お前、そんなんじゃ瞬殺されるぞ……って、そりゃ皆同じか」
「あの、それだとまるで試験を受けた人達が全員瞬殺されているように聞こえるんですけど」
ルエイユは首を傾げながら尋ねる。ラスティは目頭を押さえながら空いていた手で、シミュレーターの状態を表示している大型モニターを指差した。映っているのは二騎のラグディアン。それぞれが武器を構えた状態で対峙している。試験は一対一での実戦形式で行われるのである。
「アレを見てれば分かるさ……次の模擬戦はミルニアの番みたいだな。ちなみに左がミルニア騎」
ラスティの言葉にルエイユは画面左に注目する。ラスティもまた神体の装備を確認する為に、同じ方を向いた。ミルニアの乗るラグディアンはどうやら射撃と近接武器のバランス重視のようだ。右手にはプラッテと同じタイプのレールガン、左手には広い刀身に、取っ手が特徴的なワイドディフェンダーが装備されている。持ち手を柄から取っ手に変える事によって、刀身を盾代わりにする事を目的とした、攻防一体の武装である。更に肩部にはブースターとウィング。機動性も十分に確保している。
「高機動と盾で鉄壁の守りを固めて、レールガンで攻撃していくつもりなのか」
「それで推進系を壊して、ワイドディフェンダーで切り込む、ですかね。重量のある武器だから、当たればひとたまりもありませんよ」
戦術的には極めて理に適っている。流石はミルニア、二人ともそう思った。対する右側の、試験官の物と思われる神体は完全白兵戦仕様。肩部は全て機動性の確保に回し、腕部には細身のレーザーレイピアと大型タワーシールドが搭載され、射撃の要素は一切存在しない極端な武装。何度も見ているラスティにはもうそこから感じるものもなかったが、ルエイユはそれを見て驚愕の表情を浮かべる。
「あの装備、もしかして試験官は……!?」
ルエイユの反応も当然と言えるだろう。彼は先日の戦闘で”あの”神体を最も近い位置から見ているはずだし、第一彼が敬愛する人物の乗る神体の装備を知らないはずもない。
「ご明察、右はハルコ騎だよ」