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「……動き出しましたか、”邪神”」
巡航艦のブリッジ。順調に航行が進み、誰もがエスキナへ無事到着すると考えていた時、ゲストシートに座っていた彼女はそう呟き、立ち上がった。
「艦長、防衛用に配備されている神体の出撃準備をしてください」
「神体を? それは一体どうして?」
自分のすぐ近くまでやって来た彼女に、艦長はそう尋ねる。彼には見えなかったのだ、この上なく円滑に進むこの航海に、戦いの準備を始める理由が。しかし、その答えは彼女ではなく、艦のオペレーターから届いた。
「艦長! エスキナ付近で戦闘が行われています! 識別コード”邪神”……カルマリーヴァです!」
「なんだと!?」
艦長は驚愕の声を上げる。交戦の報告にではない、それをレーダーが反応する以前に予知した、彼女に対してである。再び彼女の顔を見直そうとするが、そこに既に彼女は居なかった。一瞬、探そうかとも考えたが今はそれどころではない。戦況を見ると、報告に比べ随分とエスキナの防衛をする神体が少ないのである。原因を究明すべく、彼はオペレーターにエスキナの状況を確認させた。
「……確認取れました! エスキナは数時間前にも”邪神”の襲撃を受け、神体の大半が整備中だった模様。全戦力の45%程しか出撃していない様です」
「艦に出撃できる神体は何騎ある!?」
「護送中のラグディアンは武装が出来ていないので出撃不可能、配備されているプラッテはエネルギーチャージに3分掛かります……いや、待ってください! 一騎発進シークエンスに入りました!」
オペレーターが慌てた様子で発進しようとする神体の情報を調べる。無理もない、配備されていた神体にはエネルギーが入っておらず、そのままでは発進出来ない。有事の際は3分間艦の装備で防衛を行い、その間に急速充填をする仕様となっているのだ。こんなタイミングで発進を行える神体など、少なくともこの艦には配備されていないはずだった。
オペレーターは格納庫の確認を行う。番号を照らし合わせると、どうやら件の神体は七番格納スペースに格納されていた物であるようだった。それだけ聞いて、艦長は総てを納得した。
「七番、発進を中止しなさい! 出撃命令は出ていません!」
「……いや、許可する」
「艦長!?」
艦長の意外な言葉に今度はオペレーターが驚愕した。いくら現地に何騎かの神体が居るとは言え、たった一騎で戦況を変えようなど馬鹿げている。しかし、その上で艦長はその神体の出撃を許可するという。彼には見えているのだ。そんな常識を覆す、その神体の力が。
「準備が完了し次第我が隊も向かいます。それまで、どうかご無事で」
『了解しました。それでは、お先に』
艦長の呼びかけに応えたのは女の声だった。それを聞きオペレーターは思い出す。この艦に乗る唯一にして最強の女騎士を。
「艦長……七番に格納された神体とは、まさか……?」
「……我々は運が良いのかもしれんな。現行騎最強と言われるVAの雄姿を、こんなにも間近で見られるのだから」
カタパルトが開くと同時に、金色の神体が飛び立つ。格納庫には凛とした彼女の声が響き渡った……。
『ハルコ・オリハラ、プラディナ、出撃します!』
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「どうして”邪神”の中にVAが……ぐっ!?」
ルエイユが“邪神”内部の様子を見ていると、突如強烈な衝撃が神体を襲った。揺れの具合からしてごく近い位置で爆発が起こったのだろう、そう考えた彼は神体の状況を再びチェックする。
「被害状況は!?」
『左腕部レールガンがオーバーヒートしました。撤退を推奨します』
「っ……推奨行動に移ります」
止むを得ず彼は転進し、撤退の準備を始める。しかし、”邪神”もそう易々とは帰してくれない。再び光を雨と降らせて、神体を追い詰める。対するルエイユ騎は、お世辞にも逃げ切れる様な状況ではなかった。爆発のダメージや片腕の欠損によるバランス悪化で、ただでさえ神体は推進力を大幅に失っている。直進すらままならないのに、その上”邪神”の猛攻だ。足を止められるのに、そう時間は掛からなかった。
「!? うわぁぁあっ!」
今度は背部からの衝撃。コックピット内のレッドランプが今までとは比べ物にならない程増える。見飽きたCAUTIONの文字の下には『ブースターの破損』と表示された。推奨行動は撤退から脱出に切り替わる。
「脱出って、今出るのは自殺行為だよ……」
コックピットはそのまま脱出ポットになっているので、一応外に出る事は出来なくもない。しかしポットは低視認性に優れる代わりに、速度の出ないガス推進。そして外は”邪神”による攻撃の雨、雨、雨。装甲の薄いポットでは一発当たっただけでも消し炭となってしまう。まだ一応シールドが残っていて、慣性で移動している神体の中の方が安全に思えた。
「とは言っても……っ!? 長くは保たない……」
動きが止まったのを良い事に、”邪神”はルエイユ騎に執拗な攻撃を仕掛けてくる。シールドを極小で展開し、受け流す形で防ぐルエイユだが、それでもエネルギー残量はみるみる内に減少していく。ついに残量がゼロになり、更に防いだ光によって残された右腕も吹き飛んだ。
「……万策尽きたかな」
正真正銘達磨になってしまった神体。無情にも”邪神”はそうなってから再びその瞳をこちらに向ける。
「いや、胸部にビーム砲が付いてるだけだったかな……」
自分でも呆れる程呑気にルエイユは呟く。死を目前にして逆に落ち着いてしまったのだろうか。彼はあまりにも客観的に、死に行く自分を見つめようとしていた。”邪神”が再び光を放とうと瞳を輝かせる。ただただ貫かれるのを待とうとする彼の横目を、光線とは違う、しかし眩い何かが通り抜けた。そしてそれを視認したのとほぼ同時に、目の前のモニターから”邪神”の姿が消滅する。
「いや、消えたんじゃない……まさか、弾き飛ばした!?」
レーダーには随分と距離の離れた”邪神”の機影。光が飛んできた方向から考えて、衝突の勢いでそのまま飛んでいったとしか思えない。そしてビリヤードよろしく、先程まで”邪神”が居た位置には、それが君臨していた。
燦然と輝く金色の装甲、守護者の象徴たる大型のタワーシールド、そして正義を司らんが為に構えられた剣。あらゆる悪に立ち向かい、そして打ち破ってきた歴戦の勇士が、今再びルエイユの前にその姿を見せた。
「……プラディナ?」
その姿に、彼は通信という訳でもなく神体の名を呟く。聞こえては居ないはずだが、プラディナはそれに合わせる様に剣を掲げた。”邪神”は示威的な動きに恐れをなしたのか、近付いて来る様子はない。しばしその場に留まった後そのまま後退を始め、やがて見えなくなった。
「すごい……威嚇だけで”邪神”が後退するなんて……」
プラディナの威光は”邪神”をも退けた。かざした剣から放たれる光の刃が神体を照らし、その身を美しく輝かせる。その雄姿を目にしたものは誰もが思っただろう。間近に居たルエイユは声に出さずには居られなかった。
「聖女だ……聖女が帰還した……!」
エスキナ教団自治惑星『エスキナ』。光明の片鱗すら見えなかったその星に、今再び小さな光が灯った……。