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『神体が思う様に動かない! このままじゃ……うわあぁぁっ!』
通信から聞こえてくる悲鳴。ルエイユは大急ぎで通信の主に近付くと、神体と”邪神”の間でシールドを展開した。間髪入れずに断続的な衝撃が全身を襲う。久しぶりに受ける振動に、一瞬身体のバランスを崩した。
「いたた……ミルニアさん、大丈夫ですか!?」
『ああ、なんとかな。すまないルエイユ、助かった』
邪神から放たれる光の雨が止んだところを見計らい、庇った相手……ミルニアに呼びかける。どうやら被害は最小限で済んだらしい。慌てて飛び込んだ甲斐があったと感じた。しかし、その割にはミルニア騎の足取りはおぼつかない。推進系に何らかの異常が発生している事は明らかだった。何故かを考える内、ルエイユは先の戦闘で聞こえた通信を思い出す。
「ミルニアさん、もしかしてさっきの戦闘の……」
『……目ざといな。駆動系を優先して修理してたらこのザマだ、まったく情けない』
ミルニアは教会騎士団の中でも一、二を争う白兵戦の達人である。こうも簡単に追い込まれる訳がないと思ったルエイユだったが、この言葉で納得がいった。先の戦闘でミルニア騎は中破、という通信があった。にも関わらずこの短時間での連戦である、修理が追いつかないのも無理はない。この状態では戦闘の続行は難しいだろう。
「ミルニアさん、ポジションを交代しましょう。僕が代わりに前衛に出ますから、ミルニアさんは後方支援をお願いします」
『馬鹿、お前白兵戦の訓練は万年赤点だろうが。わざわざやられに行く様なものだぞ!』
「それでも誰も居ないよりはよっぽどマシです。このままじゃ”邪神”の侵行を許す事になる。騎士の名に賭けてそれだけは絶対に阻止しないと」
護られるだけでは騎士になった意味がない。ルエイユとて人を護る為、騎士になったのだ。今までは彼よりも強い者が居たから、それを助ける事で使命を果たしていられた。だが、今は違う。自分が戦わねばならないのだ。
「大丈夫、なにも死にに行く訳じゃありません。生き残る為に戦うんです」
それだけ言って、ルエイユは邪神に向けて飛び立った。ミルニアが後方から通信を送っているが、気にしない。心配してああは言っているが、彼もまた状況は十分理解しているだろう。きっと分かってくれるはずだとルエイユは確信していた。それよりも、今は眼前のソレの方が余程気がかりだ。
「”邪神”……」
久しぶりに間近で見る漆黒の塊。闇をそのまま寄せ集めた様な身体の中心には、目玉と思われる赤い光が漂っている。手足はない、あの赤と黒こそがソレの武器にして防具だ。漂う黒はあらゆる攻撃を無力化し、放たれる赤に撃ち貫かれた騎士は数えきれない。
「レールガンをC調整に変更」
ルエイユの声に反応してコンピュータがレールガンの出力を変更する。先程までが中距離支援用のB調整、今設定したのは長距離狙撃用のC調整だ。″邪神″に生半可な牽制など意味はない。一撃で霧を貫き、内側にあると思われる本体に当てなければダメージが通らない、というのが今までの調査結果である。
本当は刀剣類を使うのが一番効率的だが、ルエイユはそういった物がまるで使えない。書き換えを確認し、レールガンを前方に構える。
「ターゲットロック……うわっ!」
照準を合わせて引き金を、と思ったところで光に遮られた。”邪神”の攻撃である。まだ距離があるから他の神体を狙うと思っていたのだが。
「予想以上に前線の神体が少ないんだ」
どうやら悠長に狙いを定めている余裕は無いらしい。ならば相手のサイズを逆手に取り、ノーロック射撃で挑んだ方が確実だ。そう考えたルエイユは一旦神体を止めると、接近の機会を窺った。もう少し距離を詰めなければならないが迂闊な接近は死を招く。
「……今っ!」
“邪神”から光が見えた瞬間を見計らい、ブースターを噴かす。光はルエイユ騎の真横をかすめて虚空へと進んで行った。これですぐに再攻撃は出来ないはず。その隙を利用して一気に距離を中距離まで詰める。しかし、”邪神”はそれに合わせるかの様に瞳を正面に向けて来た。
「っ! なんて旋回速度だ」
悪態をついたところでもう遅い。瞳は既にうっすらと輝き始め、間もなく攻撃が放たれる事を示唆していた。シールドを展開しようにも、先程の攻撃でシールドのエネルギーはフルチャージ時の30%まで低下している。こんなエネルギーでは”邪神”の眼から逃れる事は出来ない。だが、他に方法など……そう考えた瞬間、ルエイユは急にフッと頭が軽くなる様な感覚に襲われる。そして同時に思いついた事を、小さく呟いていた。
「いや……避けよう」
言い終わるや否や操られる様に動き出す腕。指先が彼自身も見た事のないような動きをして、プラッテを操作していく。それが終わると、間もなく”邪神”の眼から無数の光が降り注いだ。強力な発光に目を閉じてしまうが、小さな衝撃がいくらか来ただけで、大きな被害は感じられない。揺れが収まると、ルエイユはすぐさま被害を確認した。
「被害状況は?」
『脚部駆動モーター破損。後退を推奨します』
「進言を却下します」
コンピュータが導き出した指示を無視し、彼はブースターを再び点火する。その迷いのない動きに、まるで他人の操縦を傍から見ている様な錯覚に襲われていた。確かに、宇宙空間に居る以上、足がなくとも移動には困らない。場合によっては蹴り等に使えるので無用の長物という事はないかもしれないが、ただでさえ稼動箇所に乏しいプラッテではあまり役には立たないだろう。それはルエイユでも理解できる。だが、それを自分で考えるまでもなく、ルエイユは歩みを進めていたのだ。そして今も、集中されつつある”邪神”の攻撃をことごとくかわし、着実に距離を縮めていた。プラッテと”邪神”の間は、ついに数メートルまで迫る。彼はプラッテの腕を操作し、レールガンの銃口を”邪神”の身体の中に押し込んだ。腕の負荷を見るにどうやら質量はあまりなかったらしい、ずぶずぶと銃口が黒い影へと埋まっていく。そして、
「……発射」
レールガンから光が放たれた。凄まじい衝撃が神体を襲い、コックピット内をアラート音とレッドランプが埋め尽くす。腕部がC調整の威力と、ゼロ距離射撃による反動に耐え切れないのだ。しかしそれを気にする事もなく、ルエイユはひたすらに照射を続けた。この攻撃、危険を伴う分威力も期待出来る。プラッテの火力を考えればこれ以上ない威力が出るはずだ。その予想通り、”邪神”を覆っていた影には大きな穴が空き、内側がルエイユ騎の位置からだけ見えるようになった。
初めて見る”邪神”の本体。一体どんな不気味な化け物が隠れているのかと、彼は内部を暗視モードで観察する。
「……え?」
黒い影の内側、そこにあったのは”眷属”の如き怪物でもなく、増してや神々しい神などと言える存在などでは決してない、まるで鎧の様な金属の塊。ルエイユはソレに見覚えがあった。構造はまるで違うが、デザインがソレを彷彿とさせる。
「あれは……VA?」
初めて見る”邪神”の本体は、先程データバンクで調べたばかりのラグディアンによく似た神体だった……。