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Epilogue

新入隊員の諸君、まずは入隊おめでとう

諸君が我が隊への入隊を希望してくれた事を嬉しく思う

だが、配属の前に諸君には我が隊の活動について今一度確認してもらいたい

諸君も知っての通り、我がVAD(ヴェイド)特選部隊は

適性を持つ者の中でも希望者しか配属されない特殊な部隊だ

これは我が隊に配備されるtype-Dと呼ばれるVAに由来する

聖単騎決戦は諸君の記憶にも新しいだろう

type-Dはかの戦いで救世主、ルエイユ・ゴードが用いた機体のノウハウを取り入れた、

意思の強さを力に変える機体である

だからこそ諸君には今一度考えてもらいたい

諸君に命を賭けてまで戦う意思はあるか

我が隊はその性質上、戦場でも取り分け危険な位置に配備される

恐怖すればたちまちtype-Dはその力を失う事だろう

最も死に近い部隊と言っても過言ではない

死の恐怖に立ち向かい、自分のみならず全ての生への活路を見いだす

それが「騎士団」とも称されるVADの使命だ

今の話を聞いて恐怖を感じたのならば

今からでも遅くない、迷わず再選を希望すると良い

その決断を咎める者は、ここにはいない

生物として命を尊ぶのは至極当然の事なのだから

私から言うべき事は以上だ、あとは各々決断して欲しい

願わくは、諸君が騎士であることを


『太陽系連合軍演説録』

「ユースエム大佐のVAD特選部隊第三期生入隊式演説」より抜粋



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「入れ」


 控えめな、しかし音のしっかりとした小気味良いノックに、ユースエム大佐は自らの私室へと招き入れた。ノックの主は待ちわびたように自動扉を開いて姿を現す。顎鬚を蓄えた中肉中背の男だ。太陽系連合の軍服を着用している事から同業者であるとうかがえる。


「コープス少尉であります。本日付けをもってVAD特選部隊へ配属されましたので、ご挨拶に伺いました。ご高名なユースエム大佐と戦場を共にできる事を光栄に……」

「そこまでで良い」


 言葉の途中でユースエムは辟易とした表情でそれを止める。挨拶の内容は実に堂のいったものだと言うのに、彼はそこにえもいわれぬ違和感を覚えていた。とは言え、その理由はすでに分かっている。流れるような黄金色の髪をかきむしりながら、ユースエムは感じていた物を吐き出した。


「今更お前に敬語を使われても気色が悪い。部下の目がない時は普通に話せ、ラスティ」


 あえてファーストネームを呼ぶ。その昔は彼、ラスティ・コープスと言葉遣いを気にしない間柄だったが故に、そしてその中で彼の性格を知ってしまったが故に、ユースエムには彼の敬語には違和感しかなかったのだろう。しかしある程度理由が理解できていても、ラスティは驚きを隠す事ができない様子だった。


「まさかお前からこんなに早くその言葉が聞けるとは思わなかったぜ、ミルニア」


 ミルニア・ユースエムと言う男は、規律や礼節と言った物に厳しい面がある。故に上下関係にも敏感で、例え同輩であっても歳上ならば敬語を使っていた。彼が基礎に忠実な戦術を好むのもそう言った理由によるものだと言われた程である。そんな過去の彼の姿を知る者からしてみれば、ラスティの反応はごく自然な物と言えるだろう。


「折角考えてきた口上が無駄になっちまった。お前、随分変わったな」

「お前も大概だと思うがな。軍みたいな堅苦しい場所は苦手だと思ったが」


 お互い久方ぶりの再開には驚くべきところが多い。双方それを指摘しあい、返す言葉は口を揃えて「色々あった」だった。彼らのみならず、人類は今激動の只中にいるのである。

 聖単騎決戦、ルエイユがインベーダーを打ち破った戦いは今そう呼ばれている。後日地球圏に調査隊を派遣した結果、インベーダーは全滅。メサイアは残骸すら発見されず、現在も行方不明だという。もっとも、3年が経った現在でも消息が分からず、死亡したものとされているが。インベーダーの危機が去り、教祖であるジギアスも死亡したためエスキナ教団は解散。太陽系にも束の間の平和が訪れるかに思われた。しかし、間もなくして新たな脅威が世界を襲う。インベーダーを製造、投入した異星人の存在である。自らの尖兵が全滅した事を知り、彼らはすぐに宣戦布告をした。これに対し惑星間で取り急ぎ協定が結ばれエスキナ教団に残された技術を接収。彼らに対抗する為の軍隊を創設した。太陽系連合軍の誕生である。


「あれからもう3年か……ルエイユから連絡もないのか」

「あるわけがないだろう。言った筈だ、俺が最後に会った時、あいつは既に俺達の知ってるルエイユじゃなかったと」


 ラスティは結局ディス・アークでの一件には一切の関わりがない。ルエイユの変貌していく様を見ていないためか、ミルニアの話にも実感が湧かない様子だった。だから今でも彼がひょっこり現れるのではないかと信じているらしい。


「アイツは出撃の前に語ってたよ。名誉の為でも、平和の為でもない。ただ救世主となる為だけに人を救うのが、救世主としてあるべき姿なんだそうだ。だから、アイツは祝福を受ける為にこっちへ戻るような真似は絶対にしない……訳が分からないだろ?」


 完全に目的と手段が入れ替わっている。ルエイユは人を護る為に救世主になるのではなく、救世主になる為に人を護っていた。そして、その言葉通りに人々から祝福される事なく消えていったのである。


「ルエイユのお陰で世界が救われたのは確かなんだけどな。まぁ、命を散らした戦いが前哨戦に過ぎなかったってのは皮肉だが……」

「ああ、だから俺達はアイツの犠牲を無駄にしてはならない。その為のラグディアンⅡ、そしてリファインド・デザイアンドライヴだ」


 そう語るミルニアの眼を、ラスティは見ていた。強い決意を感じさせる眼だ。この3年と言う激動で彼が如何にして大佐にまで上り詰めたかを察するに余りある輝きがあった。聞けばこのVAD特選部隊は設立から新型機のラグディアンⅡ、そしてtype-Dと呼ばれる由縁である、常人でも起動を可能としたRDドライヴに至るまで全てミルニアの発案なのだという。それだけの事をさせる決意たるや、あるいはすでにデザイアと言って良い代物だったのかも知れない。


「アイツの守った世界だ、すぐに終わっちゃ合わせる顔がない」

「そう……だな、何としても勝たないと……ん?」


 二人の会話にノックの音が割って入る。先程のものより幾分慌ただしい、強い調子の音だ。事の緊急性を感じたミルニアは、ラスティとの会話をそこそこに客人を部屋に招き入れる。入ってきたのはボサボサの銀髪を伸ばした色黒の青年だった。案の定、若干慌てた様子が見られる。


「大佐、急ぎブリッジまでお願いしんす!」

「イーゼン曹長か、どうした」


 ミルニアが呼んだ名前にラスティが眼を細める。現れた男の風体と変わった訛り。そして出てきたイーゼンの名がラスティの記憶を呼び起こす。


木星人(ジュピトリス)訛り……? おい、そいつもしかして指名手配の……!」

「ラスティ! ……その事はあとで説明しよう」


 はっとした表情で何か言いかけたラスティだったがそれより早くミルニアに遮られる。今は状況確認が先だ、無言のままそう語る瞳に気付き、彼は釈然としない表情をしながらもそれ以上続ける事はなかった。ミルニアはイーゼンへと続きを促す。そして次の瞬間にはその報告内容に思考を持っていかれてしまっていた……。


「敵艦隊、第二防衛ラインを越えて本艦に接近中、大軍です!」






「レーダー観測、何をしていた!?」


 ブリッジに入るなりミルニアは声を荒げる。一瞬部屋にいた一同が彼の方を振り返ったが、すぐにそれぞれ部屋にある無数の機械の操作に戻った。唯一違ったのは観測員本人だ。彼は完全に動揺しきっていた。無理もない、ただでさえ命の危機に晒され、ともすればそれが自分のミスによるものかもしれないのだ。しどろもどろな彼の説明からは、断片的な情報しか得られなかった。辛うじて理解できたのは敵艦隊がすでにこの艦の間近までやってきている事、艦隊は途中までレーダーに映らず、最終防衛ラインに進入したところで初めて姿を現したという二点だけだ。


「……レーダーの故障か?」


 今が彼を責めている時ではないのはミルニアも十分に理解している。しかし、彼は指揮官として状況を把握しなければならない。普段の素行からこんなミスを犯すとは思えない観測員が何故今まで艦隊の存在を感知できなかったかは知らなければならないのだ。


「どうやらそう言う訳ではありんせんよ」


 レーダーを確認しながら応えたのはイーゼン曹長だった。


「見てください、第二防衛ラインの友軍はしっかりと表示されていんす。レーダーの故障ならこの辺りのマーカーも死んでるはず」

「待て、第二防衛ラインに被害はないのか!?」


 聞き返すミルニアに、イーゼンは指を差す。指の先のレーダーには、友軍の一糸乱れぬ整った陣形が映っていた。無論、撃墜された艦など一隻もありはしない。いや、そもそも艦隊が横切ろうものならばレーダー以前に肉眼で確認できただろう。戦闘が発生したとてなんの不思議もない。だが、その連絡すら通信士は受けていないのだ。


「これはわっちの推測ですが……あいつら、第二防衛ラインの部隊とは接触してないんじゃありんせんかね? ライン上の敵との交戦を避け、直接この旗艦の前へと移動した」

「……空間転移」


 イーゼンの推測から導き出せる答えはそれだけだった。にわかには信じ難いが全ての要素がそれを指し示す。そして相手は長年に渡り地球圏を苦しめるほど完成された生体兵器を生み出した張本人なのだ、可能性は十分に考えられる。ミルニアは改めて敵軍と技術力を思い知った。


「……周囲の友軍に援護を要請しろ! VA部隊は直ちに出撃準備、援軍が到着するまで持ちこたえるんだ!」


 普段よりも強い口調で指揮を取り始める。力の違いをまざまざと見せ付けられた一同はすこぶる反応が悪く、消沈しきっているのは明白だった。このままでは技術以前に心が負けてしまう。VADの隊長として、生を受けた者として、それは絶対に避けねばならない事だった。


「諦めれば待っているのは確実な死だけだぞ! 沈む程死ぬのが嫌なら1%でも可能性がある選択肢を選び取れ!生きる為なら逃げても構わん、意志ある限りラグディアンに補給は必要ない!」


 ミルニアがそう言うと何名かの隊員が格納庫へ駆け出した。彼らの目的は闘争か、それとも逃走か。どちらでも構わない、生きる意志を捨てなければ。そう思いながらミルニアもまた生の可能性を模索し始める。まずは艦へのおおまかな指示、その後は自らもVAに乗り戦おうと考えていた。しかしそれを実行するよりも早く、敵艦隊の攻撃が始まる。浴びせかけられる無数の砲撃に、旗艦が揺れた。


「ッ! ……急速回頭! 主砲で応戦しろ……!?」


 指示に従い艦が回り始める。その移り変わる肉眼での景色の中に、ミルニアは見てしまった。敵艦の艦首に取り付けられた大よそ考えられない程の砲身、それがこちらに向けられ淡い光を放っているのを。


「こんな、ところで……!」


 回避は間に合わない、ミルニアですら万事休すと感じた瞬間だった。光が一際眩く瞬間に横からさらに巨大な光が敵艦首へと突き刺さる。


「……なっ!?」


 直後に起こる巨大な爆発。船体を揺らす凄まじい衝撃と共に、材質すら分からない無数の破片が飛び散る。轟沈だ、あれほどの大きさを持つ戦艦が、一撃の下に原型すら失っていた。


「援軍……いや、同士討ちか……?」


 考え付く可能性を口にしたミルニアだが、そのどれもが的中している気がしなかった。放たれた砲撃の火力は、現存する太陽系の技術では到底発揮できない。かといって、現状では敵に離反者が出る理由もメリットもないのだ。ならば一体誰が。ミルニアは限界まで窓に近づき、光が放たれた方向を見る。半ばガラスに張り付くようにしてやっと見えた光景に、彼は絶句するしかなかった。


『前方の連合軍戦艦、聞こえているなら直ちに後退しなさい』


 そこにいたのは一騎のVA。その機体を彼は知っていた。見た事があるのは一度だけ、しかしただの一度で忘れる事のできない圧倒的な存在感を持っている。あの日あの時、人類の運命を捻じ曲げた存在が、寸分違わぬ姿で君臨していた。


「アイツだ……生きてたんだ……!」


 声が震える。それでも何か言わずにはいられなかった。胸の奥から何とも知れない感情が湧き上がってくるのが分かる。それが何を求めるものかは今のミルニアには分からない。今できる事はただ、悠然と敵中に飛び込む後姿を見ているだけだった……。


『こちらはメサイア・デザイア、救世主です』

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