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「これが、地球……」
ディス・アークを出立してからどの程度の時間を使っただろうか。少なくとも、ルエイユが気にかける程の時間ではあるまい。Dサーキュレーターの力は惑星間航行すらものともしない。彼は既に、眼前に地球を捉えていた。しかし、初めて目にする生命発祥の惑星にルエイユが感動をおぼえる事はない。いや、ソレを見て感動する人間など今や存在しないかもしれない。
地球は青かった、とは誰の言葉であっただろうか。人類が宇宙に飛び出して間もない頃、地球を見た人間は皆そう感じたと言う。今の地球を色で表すなら黒だ。存在していた命と言う命は徹底的に食い尽くされ、養分となる土気色すら残っていない。いや、そもそも惑星自体がよく見えないのだ。惑星全域を覆うように漂っている黒い物体のせいで。一見すればスペースデプリにも見えなくもないソレだが、凝視すれば蠢いている事も確認できた。
「流石はインベーダーの巣窟、数が多いな。それに大きい」
ルエイユは未だ漂う彼ら……インベーダーからある程度の距離を取っている。それでも生物と分かるだけのスケール、察するにあの周囲にいるモノは30〜40M。騎士団で通常"眷属"は8〜11Mと言われていた事を考えれば、破格の大きさと言えるだろう。捕食したエネルギーのことごとくを繁殖に用いる彼らが、如何にして成長を遂げたのかは定かでないが。
「倒してしまえば同じ事。全砲門、前へ」
ルエイユが軽く手を前に差し出す。それを合図として、肩の砲門が動きを見せた。と言っても、おおよそ機械的な動きではない。棘のごとく連なる砲の根元部分から、植物の蔦のようなものが生えてくる。それらが砲身と肩を繋ぎ、全方位に向けられているはずの射角を全て前面に向き直らせていた。前後合わせ、44に及ぶ砲が眼前の敵に狙いを定める。さらに、腹部では昆虫のような複眼が文字どおり目を光らせていた。僅かとは言え動きを見せたからか、インベーダー達が一斉にメサイア・デザイアへと目を向けたが、今さら止まりはしない。
「全門、一斉照射。薙ぎ払え」
数匹のインベーダーが動き始めるのを追うように、メサイア・デザイアが無数の破壊を降らせた。蔦を頼りに光の帯が蠱惑的にうごめきインベーダーの胴を次々と引き裂いて行く。結果、彼らを寄せ付けぬまま100程度を始末しただろうか。ルエイユは初手としては上々と受け取った。
「なるほど。多少手数は減ったが、威力と柔軟性は桁違いか」
出力を絞りながらカメラアイを右掌に向ける。メサイア・デザイアはカルマリーヴァとは似て非なる神体、その兵装にも所々差異がある。知識としては既に"視て"いたルエイユだったが、改めてそれを実感した。
「これで感覚は掴めた。あとは残さず駆逐するだけだ」
言いながら神体を前に傾ける。先制攻撃は今ので十分、気付かれた以上は表面から斬りつけたところで致命傷にはならないだろう。折角の完全武装なのだ、殲滅は内側から行うに限る。思い付いた時にはルエイユは既に何の躊躇いもなく、隙間すら見えない敵群へと突撃していた。砲撃を前面に集中し、無理矢理に侵入経路を確保する。眼前にいた大型のインベーダーに風穴が空いた。
「……12門か、相当の硬度がある」
インベーダーの体内を突き抜けながらルエイユは考える。大型の物は比例して身体が硬質化しているらしい、とてもレーザー1門で穿てる物ではなかった。
「それを踏まえての"コレ"か、周到な事ですね……アーム延長! 目標、敵30M級!」
片手でコンソールを叩きながら、ルエイユは掌を正眼に伸ばす。肩のレーザーが迫る敵を迎撃しているメサイア・デザイアが、大型のインベーダーを見つけ出して空いている腕を突き出した。と、同時に二の腕に当たる部分が凄まじい伸縮を見せ、200Mは離れているであろう相手に、その爪を食い込ませる。とは言え、刺さったとは言えサイズを踏まえれば決定だとは言い難い物だっただろう。その瞬間までは。
「ヒット、フィールド展開!」
突き出した掌を握りしめるような動作が、神体に連動する。メサイア・デザイアの拳を中心に、空間が歪んだ。歪みはインベーダーを悠々と巻き込み、その身をひしゃげさせていく。硬質化した身体が、湾曲に耐えられるはずもなかった。
「空間歪曲システム……重装甲はコレで破れと言う事か。しかし……っ!」
ひしゃげたインベーダーから爪を引き剥がし、伸びた腕を戻そうとした時にビジョンが脳裏に映る。伸びきった二の腕に、小型のインベーダーが食い付いてきたのだ。レーザーは自身の防衛に徹していて、自分から離れてしまった部分まではカバーしきれない。対応する間もなく、予知は現実となってメサイア・デザイアの腕を食いちぎった。同時に食った個体の身体が膨れ始める。
「っ! 複眼砲、増殖する前に仕止めろ!」
すかさずルエイユはその個体を神体の前に据え、拡散する光の槍で対応する。広範囲に渡る攻撃は、分裂したばかりの個体も巻き込み落とした。死骸にまた何匹かが群がっていくのが見えたが、今はそれを相手にしている余力はない。先端の引きちぎられた二の腕を回収し、エネルギーを集中させる。作業行程はほんの一瞬、その間に新たな腕が、切り口からまるで早回しのビデオのような速度で生え変わった。
「使うたびに腕を持っていかれたらキリがない。ヤツらに余計なエサを与えないように、使用には細心の注意が必要だな」
エサ、その一言を呟いた時点でふとルエイユの頭の中に疑問が浮かぶ。インベーダーが死した同胞をも捕食対象とするのなら、これだけの数を始末したのだ、それらを食らってもっと増殖してもおかしくないはずなのだ。しかし、居ない。倒したのだから当たり前と言えば当たり前だが、周囲のインベーダーは確実に数を減らしている。では周囲の死骸は、その残留エネルギーは何処へ行ったのか。
「……いや、今考えている暇はない。今は少しでも多くを倒さないと……っ!?」
思考を見えざる脅威から眼前の脅威へ。ルエイユの切り替えは、しかしまるで同じ方向へと向かっていた。彼の脳裏に映ったのは、30M級はあると思われるインベーダーの群れだ。メサイア・デザイアの周囲を取り囲むようにして接近している。とてもレーダーが見落とす大きさではない。となれば、彼らは。
「共食いでは増殖しない? 強大な敵と相対した時の対策か」
インベーダーの強さは数だ。だが、雑兵をものの数としない類の戦力、例えばメサイア・デザイアのような存在が現れないとは限らない。そういった敵が現れた時の予防線がないと、どうして言い切れるだろう。失われた死骸の行方はそこにあった。
巨体から、爪牙がメサイア・デザイアへと向けられる。未来を先んじて視る事は、未来を変える事には直結しない。見えたところで、変える事ができない現実は確かに存在するのだ。今彼らに貫かれる事は、ルエイユにも避けられぬ道だった。できる事があるとすれば、致命傷を避けるだけ。一斉に伸ばされる鉤爪を、瞬きすらせずに凝視するルエイユ。
「うっ……」
その瞳は、メサイア・デザイアの装甲ごと自身が刺し穿たれても、離される事はなかった……。