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救世主奇誕メサイア・デザイア  作者: きょうげん愉快
最終章「救世主の欲望」
31/35

7-3

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「行ったか」

「ええ、まぁ……」


 問い掛けるアッドマンに、アスティルは気のない返事で返した。視線は未だに呆然としたまま中空に向けられている。そこにあるのは出撃用のハッチだ。先ほどまではカルマ……いや、メサイア・デザイアが立っていた。もっとも、そこに居たのは飛び立つまでの一瞬だったのだが、彼にとっては最後にその神体を見た場所である。彼が飛び立ってから、アスティルはそこから目を離す事ができなくなっていた。


「しかしルエイユのヤツ、カルマはオレのだっつってんのに随分勝手に……いや、アレは置物なんかにしてちゃあ価値にならねぇお宝だな。それはルエイユも同じか」

「宝、ねぇ……」


 アスティルにはため息が交じる。今の彼にはアッドマンの言葉すら異質なものにしか聞こえない。疑心暗鬼、アスティルはその言葉の意味を、身をもって感じた。


「……船長は今でも、彼を価値あるモノだと思いんすか?」


 口を突いて出た問いに、アッドマンは一瞬訝しげな表情をする。しかし、直ぐに何かを察したらしい。声のトーンが僅かに下がる。


「ああ、代えがたいお宝さ。アイツは一種、欲望の集大成だ。自分の救世主になるってぇ欲望の為に感情を捨て、淡々と世界を救うだけの存在。さしずめ"救世種"ってところか。それは、価値がある事だろう?」


 確かに、と頷くアスティルだったが、まるで納得した表情ではなかった。何かを突き詰める事は難しい。それは未だに欲望だけを求められないアスティルにとっては眩しい程の物だ。だが、それでも。


「……わっちは恐くなりんした。最初に見たときは内気な子だなって思ってたのに、少し目を離すと短気になったり、かと思ったら無表情になって。わっちもその内ああなるんじゃないかと」


 抑える事ができなかった。アッドマンが欲望にどれだけの可能性を感じているかはアスティルも分かっているつもりだ。自分もまたそれを肯定してきた。だが、ルエイユへの嫌悪感は拭えず、今最もそれを望んでいるはずのアッドマンへとその不安をぶつける事になる。


「あり得なくはねぇ。まぁ、アイツは例外中の例外だと思うがな」


 アスティルは「でしょうね……」とだけ応え、近くのコンテナに座り込んだ。言外に込められた「でも」は、アッドマンにも察して余りある。実際彼が感じているのは、自分がルエイユのようになる事だけへの恐怖だけではないのだろう。欲望とは感情故に生まれ、感情の為に衝動を与える。アスティルはそのように認識してきた。しかしルエイユは、欲望を遂行するために感情を捨てた。彼の認識からすれば完全なる矛盾だ。悦びと言う見返り無しに、ルエイユが如何にしてそ力を維持しているのか、アスティルにはもう検討もつかない。全身の毛が逆立つのを感じた。彼が恐れているのは自分が変わることなどではない、未知の存在への不安だ。


「わっちは……分からなくなってきんしたよ。欲望とはなんなのか、このまま欲望に従って良いのか」

「そいつぁ良い、迷いを持つのは答えを見つける第一歩だぜ?」


 不安げなアスティルに、アッドマンは豪快な笑みを浮かべる。その表情には余裕があった。迷いなど感じない、いや迷いすら楽しもうと考えられる顔だ。


「オメェさんはまだ若い。ネオグリードとしての進行度もオレやMS.リール程じゃねぇだろう。オレ達とは違う、新しい価値観を見出だしたってオレは咎めやしねぇよ」


 そう語るアッドマンに、アスティルは先程とはまた違う不安げな目を見せる。それを見たアッドマンは「勿論、オレと同じ結論を出してくれりゃあ嬉しいが」と付け加えた。当然本心ではないだろう。アスティルに気を使っての発言だと、彼にもすぐに分かった。不器用だが、薄情ではないのがアッドマン・タイトと言う男なのだ。だが、いやだからこそ中途半端な返答はできないとアスティルは思った。アッドマンはともすれば、自分の元を離れるかも知れない部下のためにここまで考えてくれている。だのにアスティル自身が不誠実な受け答えなどどうしてできようか。

 彼は考える。これからどうするべきかではない、自分はどうしたいのか。その思考は間違いなくアッドマンから譲り受けた物だ。これから彼らは袂を別つかもしれない。それでも彼等と共にあった事は決して無駄ではなかった、そう信じて。アッドマン、リール、ミルニア、そしてルエイユ……今までのアスティル・イーゼンと言う人間を形作る全てを思い浮かべた。やがて見えてきた答えは、果して正しいのか。その自信は全くなかったが、不思議とアスティルは胸を張ってアッドマンへと向き直っていた……。


「わっちは……」


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