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救世主奇誕メサイア・デザイア  作者: きょうげん愉快
第一章「聖女の帰還」
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1-2

「お待たせしました……あれ?」

「よう、ルエイユ。遅かったな」


 部屋に戻って数枚の紙幣を財布に忍ばせたルエイユは、食堂の席を見回す。窓際の日の当たる良い位置に陣取っていたラスティの周りには、数名の同席者が頭を並べていた。


「コイツらも話が聞きたいんだってさ。一人で四人前も食えないから、皆で割り勘して払ってくれ」

「はぁ……」


 ルエイユは席に着きながら間の抜けた返事をするしかなかった。目の前に居る人間はラスティも含めて四人。つまり彼を除いた三人と割り勘をする訳だが、そうなるとルエイユの支払い分は予想の四分の一になる。


「それなら別に部屋に戻らなくても払えたのに……」


 出費が思ったより少なくて済んだのは喜ばしいが、無駄に歩かされた分の損がその喜びを掻き消していた。こういう時、人間という生き物はマイナスの方にばかり気が行ってしまうのである。


「いやぁ、俺も驚いたよ。思ったより皆、食い付きが良くてさ」


 ラスティの言葉にルエイユは少し驚いた。マザー・ハルコの知名度は実際のところさして高くはない。最強のVAの騎士である事は周知の事実だが、注目されるのはもっぱらVAの方だからだ。皆、彼女の事など精々生体コア程度にしか考えていない、とルエイユは思っていた。

 もしかしたら、この人達もハルコのファンなのだろうか。その答えは、情報を買った仲間の発言ですぐに分かった。


「そんなことよりラスティ、早く教えてくれよ。俺達が『ラグディアン』に乗れるかも知れないってどういう事だ?」

「え? ハルコ様についての情報じゃないんですか?」


 周りの仲間から出た言葉に、ルエイユは疑問の声をあげる。ラグディアンとはプラッテより上位に当たるVAで、司教クラスの騎士が扱う神体、と聞いている。少なくとも彼にはハルコと関係がある話には全く思えなかった。口々に問い詰めるルエイユ達に「まぁまぁ」などと声を掛けながら、ラスティは周囲を両手でなだめる。


「落ち着けって。どっちにも関係してる話だからさ……ルエイユ、今マザーが何をしているかは知ってるよな?」

「ええ、確か今はマーズで対”眷属”の最終防衛ラインを護ってるはずです」


 騎士団の敵は”邪神”だけではない。世界には他にもう一つ、恐ろしい化け物が存在する。彼らは”邪神”とは違い、ただひたすらに破壊をし続ける。この世で最も純粋な悪意の塊だ。撤退も保身も行わない、恐らく理性といった物が一切ないのだろうと言われている。”邪神”の瘴気に当てられて生まれたとされる彼らを、一般に”眷属”と呼んでいる。地球から発生していると思われるそれらに対して、エスキナと地球の間に位置するマーズへと設置されたのがVA特務騎士団。マザー・ハルコ率いる、VAのプロフェッショナルを集めた精鋭部隊である。


「そうだ。あそこが突破されると、エスキナを始めとする多くの人が住む惑星に”眷属”が来ちまうからな、基本マザーはあそこを動けなかった。それがな、最近やっとあそこの防衛部隊もラグディアンの操縦に慣れて来たらしいんだ。マザーが戦わなくても、ある程度他の連中だけで”眷属”を抑えられるレベルまで戦力が増強してる」

「へぇー、やっぱお偉いさん方は違うなぁ」


 ラスティの情報を聞いて周りの者達は口々にそう部隊を褒め称えた。だが、ルエイユにはそれが逆に疑問とすら思える。マーズに配備された防衛部隊と言えば、エスキナでの戦闘で優秀な成績を収めたエリートのはず。最新鋭とは言え、ラグディアンもプラッテと同じ機動神像。それが慣れるのにごく最近までかかったという。それ程までに操作感が変わる程、劇的に違う神体だとでも言うのか。


「で、だ。損傷が少なくなればその分パーツの余剰も増える。そのままパーツが集まれば……」

「……新しい神体が造れる?」


 ルエイユの呟きにラスティは指を突きつけながら「それだ」と言った。そして今度は他のメンバーの方に向き直る。


「お前らの知りたい情報はここから。その新しく製造したラグディアンなんだけどな、ごく少数ではあるんだが今度、俺達の部隊に回されるらしい」


 そう言って彼らにもルエイユに対してと同じように指を突き出した。それと同時に話を聞いていたメンバーがどっと沸く。まるで既に自分が乗る事が決まったかの様だ。


「あの、それでラスティさん。それとハルコ様に何か関係が?」


 すっかり盛り上がってしまった周りを他所に、ルエイユはラスティに話の続きを促す。今のままでは彼からしてみると、ここに来た意味が全くない。全員分配備されるならともかく、ごく少数なら恐らく騎士は優秀な数名の中から選ばれるのだろう。万年後方支援の彼にはなんら関わりのない話である。それよりも防衛部隊の戦力増強で戦わなくともすむようになったハルコがどうなるのか、そちらの方が余程気になった。


「ああ、ちゃんと続きがあるって、ルエイユ向きのヤツがな。戦わなくなったマザーの今後……だろ? 顔に書いてあるぜ」


 流石ラスティと言うべきか、人が求める情報が良く分かっている。つくづく商売上手な人だとルエイユは尊敬の念をおぼえた。自分にもなんでも良いからこの位の才能が欲しいとすら思う。


「マザーはな、今このエスキナに向かってる……ラグディアンのパイロットをご自分で選定したいんだそうだ」

「! それって……」


 一瞬思考が混乱してしまうルエイユ。いや、本当は答えなどすぐに出ていたのだろう。だが、そんなはずはないと一度は無意識に否定する。それでも、新たに情報を組み直してもなお、導き出される結論は変わらなかった。今尚まさかと思いながら、彼はラスティの方を見る。彼は余裕を感じさせる微笑んだ表情のまま、頷いた……。


「選定されるのは俺達”教会騎士団”……つまり、俺達はマザーと手合わせ出来るかもしれないってことだ」






「一週間、か……」


 少し湿った掛け布団の上に横たわりながら、ルエイユはうわ言のように呟いた。マーズからエスキナまで移動するのに大体そのくらい掛かる。ラスティはそう言っていた。この情報を彼が手に入れたのがいつかは分からない。仮に2、3日前にハルコ様がマーズを発ったのなら、彼女の到着はおよそ5日程先という事になる。


「待ち遠しいなぁ」


 ルエイユは今から胸が躍り始めていた。思い浮かべる期待が頭の中を次々と過ぎって行く。あと5日、それだけ待てば憧れのハルコに会える。ハルコと手合わせ出来る。ハルコの選定が出来る……


「いや、違う違う!」


 想像の途中でルエイユはブンブンと頭を振った。どうやら浮かれ過ぎて頭が混乱しているらしい。選定されるのは自分達の方ではないか。それに、実際は戦うかどうかも分からない。選定の方法はまだ決まっていないのだからと思い直す。


「少し落ち着こう……」


 気持ちを切り替えるべく、ベッドから起き上がってデスクに向かう。その上に設置されたパソコンを起動させ、データバンクを開いた。ラグディアンの情報を調べておこうと思ったのだ。教会騎士団を逄かに凌ぐ防衛部隊すらも困惑させる程の神体……一体どんな物なのかが気になった。程なくして情報を発見した検索エンジンが、その詳細を画面に映し出す。


「これは……!」


 それはさながら物語に出てくる勇者の様だった。全身に鎧を纏った、守護者の名に相応しいその出で立ちに、ルエイユは感嘆の声を上げる。鎧の継ぎ目は全て関節なのだろうか。だとしたら、プラッテと比べて段違いに稼動部分が多いという事になる。

 そもそもプラッテはそういった部分を極力廃して作られている。稼動部分が多くなればその分操作も多くなり、騎士の操縦が複雑になるからである。その為、プラッテには最低限の稼動部分しかなく、何処かブリキの人形のような動きになってしまうのだ。だが、このラグディアンは違う。ほとんど人間と変わらない程の稼動部分を備え、機械とは思えない程の柔軟性を持っている。これでは量産が出来ない事も納得できる。必要なパーツが多すぎてとてもコストに釣り合わない。しかも、見ればこの神体は換装騎である。騎士の好みに応じて武器の付け替えが出来るのだ。逆に言えば、自分の得意分野に合わせて神体をカスタマイズしなければならない。


「エリートの騎士が手こずる訳だ……」


 VAに通常取り付けられる白兵戦用の武装もさることながら、遠距離用の銃器もかなりの種類がある。また、武装の代わりに機動性を高める補助ブースターを取り付ける事も可能らしい。騎士の力に応じて千差万別の戦術を生み出す事が出来る。このレベルの神体が増産されたのなら、うまくすれば部隊の戦力は跳ね上がるだろう。だが……


「これだけの戦力、どうして防衛に留めるんだ?」


 もっと早い段階からこの神体の増産を進め、操縦に慣れた騎士を集めれば”眷族”を駆逐する事も出来たのではないだろうか、とルエイユは思う。“眷属”は単体ではさして大きな力は持たない。そこそこの腕があればプラッテでも十分応戦可能だ。それこそルエイユでも倒す事が出来る。彼らの武器は数なのだ。だが、逆に言えばこちらも数さえ揃えれば奴らを一掃する事も不可能ではない……少なくとも、彼はそう思っていた。


「いくら複雑な機構でもラインを大量に作れば量産だって出来る。なのにそれをしないのは、何か理由がある……っ!」


 思考をかき乱すように彼のポケットに振動が流れる。騎士に支給される通信器、その呼び出しだ。有事にはこれで召集がかけられる。ルエイユは急ぎ通信器を取り出し、器のような受信機に耳を当てた。


「こちらルエイユ・ゴード司祭」

「ゴード司祭、急ぎ格納庫に集合せよ。”邪神”が出現した」

「またですか!?」


 ルエイユは思わず大声で聞き返す。”邪神”がこれ程絶え間なく出現するのは前代未聞の事だった。普段は多い時でも週一度程だと言うのに。


「原因は不明だが事実だ。先程の戦闘で破損した神体が多い、今回はお前にも前線に出てもらうぞ」

「……! 分かりました。すぐにそちらへ向かいます」


 ルエイユは通信器のスイッチを切ると、パソコンを閉じて部屋を飛び出した。彼に前線へ出ろとの命令が下ったのは初めてだ。訓練で周知の事実となっている事だが、ルエイユは白兵戦の才能がゼロに等しい。兎に角武器を振るうと言うセンスに欠けているらしい。本来白兵戦を主とする騎士団にはあるまじき話だが、今までは対G訓練や射撃で高い成績を残していた為なんとか後方支援として残っていた。団長は当然その事を知っている。それでもルエイユにこんな命令をしたという事は。


「本当に危険な状況なんだ。それこそ、騎士が全滅しかねない程……」


 彼らにとって唯一の救いは、今エスキナにはハルコが向かっているという事だった。例え全滅したとしてもあと5日、その間だけ耐える事ができれば、エスキナの安全は確保される。


「なんとか、それまで保たせないと……」


 マザー・ハルコが待ち遠しい理由をもうひとつ増やしながら、ルエイユは居住区の路地を駆け抜けて行った……。


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