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「レーザー照射」
眼前に立ちはだかる隔壁を、カルマはその一言に従い溶断した。残った右肩から放たれた、レーザーを神体ごと回転させて一個の巨大な穴を穿つ。ルエイユはできた道に、まるでねじ込むようにカルマを侵入させていった。端から見れば曲芸と言っても過言ではない動きだが、その軌道には一切の恐れがない。空気洩れと敵の侵入を阻む為に下ろされる隔壁も、彼の前では障害物にすらならなかった。
ジギアスを目指して移動を始めたルエイユの行動は早かった。周囲に群がる"眷属"を砲撃で一掃しつつ、エスキナへと進路を取る。他の場所にいる可能性など考慮もしない。彼には既にジギアスの元にたどり着いた自分が見えているのだ。
ハルコとの戦いを、いや対話を経てルエイユの欲望は既に完全なものになっていた。今の彼にはさらなる先の未来が、さらに確実に見える。他者の思考のような不確定要素が無ければ、どこまででも見通せるように感じられた。ジギアスがいるのはエスキナのほぼ中心部。隔壁の数にして14枚先、そこに格納庫に匹敵 する巨大な空間が存在している。そこまで行けば戦闘も可能だろう。エスキナ内部に入るまでは煩わしかった"眷属"も、今や隔壁に阻まれ侵入はかなわない。 既にジギアスの元に辿り着くのは時間の問題だった。
「残り3枚、2、1……」
最後の壁を踏み潰し、部屋へと押し入るルエイユ。脳裏にだけある景色を、確かめるように見回した。
その場所を一言で表すなら祭壇が一番近いだろう。クリーム色に塗られた壁と絨毯を思わせる赤い床。最奥には神器を模したのであろうか、カルマすら包み込 めそうな器状のオブジェがある。ただそれら全てエスキナ居住区にあるような教会のそれではない。どことなく伝わる無機質さが、隠しきれない光沢が、それら が金属で作られた機械の一部であることを示していた。やはりここは格納庫なのだろう。ジギアスと言う男にとって特別なVAを保管するための。作り物の神を 祭るには相応しい場所だ、とルエイユは思った。
『やはり来たか、ルエイユ・ゴード』
スピーカーが外部の音を拾う。祭壇の前だ、目視では難しかったがカメラをズームにすると確かに小さな影があった。老人を思わせる白髪に、神妙な眼光はもはや見間違う事もない。
「……ジギアス・イェイス」
彼の姿は変わらない。メディアや礼拝堂で演説する時と表情も格好も皆同じだった。宇宙服の類いも着ていない。ルエイユも確認していなかったが、どうやらこのエリアには空気があるようだ。
『予想よりも幾らか早いな。オリハラめ、足止めにすらならなかったと見える』
呆れと落胆の入り交じった、否定的な声が紡がれる。隠すつもりのない本気の声色は、心からハルコを見下していた事を理解させるに十分だった。だが苛立った表情も一瞬の事で、うって変わって今度は口元に歪みを見せる。
『……いや、僅かな足止めでも意味はあったか。こうして救いまでの時間を稼げたのだからな』
ジギアスは笑った。声を上げた大笑いには程遠い、しかし彼が他人に向けて喜色を見せたことなどあっただろうか。どんなメディアに対しても無表情を貫いてきた彼が。少なくとも、ルエイユの記憶にはない。そんなジギアスが隠す事もなく笑っている。ルエイユでなくとも容易く察しがついただろう、彼の目的は既に果たされたのだろうと。それは、すなわち。
『これは宿命かも知れんな。"救い"の始まりに怨敵たるカルマリーヴァを……討てるのだからなぁっ!』
ジギアスが興奮ぎみに右手を掲げる。そこにはやや大型のリモコンが握られていた。並べられたボタンの中でも中央近くに添えられた、一際豪奢なものに指をかける。力が込められると同時に、彼の背後にある祭壇が真二つに別れた。
『光栄に思うが良い、ルエイユ・ゴード。貴様は歴史の立会人となる。これこそが私の求めた最高の神体……ドゥキナだ!』
ジギアスの芝居がかった口調に合わせるかの如く、祭壇の奥から一騎の神体が姿を現す。いや、それが神体なのかどうか、ルエイユの判断の外にソレはあった。
それを形容しようとすれば、女神と言う単語が最も近い。これまでの神体のような機械的な部分が少なく、より人間らしいなめらかなフォルムが特徴的だった。関節らしい継ぎ目もほとんど見られない。ただ、全身に絹のようにしなやかな何かを纏い、全身の丸みを帯びた曲線や、胸部の膨らみが女性型であることを主張している。右手に持った杖は兵装か。先端の透明な球体が、一瞬輝いたように見えた。
『やっとだ。やっとここまで来た……これでついにあの化け物共を駆逐し、世界に救いをもたらせる!』
「御託は結構」
恍惚の表情で目から涙をこぼすジギアスをルエイユは一蹴する。既に如何なる情も彼には届かない。彼が求めるのは一つ、欲望への標のみ。
「そのドゥキナで貴方は何を成し、何をもって救世とする。それで"眷属"を一掃するとでも?」
『その通りだ』
挑発的とも取れるルエイユの問いに、ジギアスもまた挑発的に返した。
『貴様も分かっているだろう。あの"眷属"共を退ける手は殲滅をおいて他に存在しない。人は選択を誤っていたのだ、終わりの始まりし地、地球にヤツらを産み落とされた時から!』
怒気の混じる声に煩わしさを感じながらルエイユは考える。ジギアスが持ち出した、人類にとってはすでにあまり馴染みのない単語について。
太陽系第三惑星、地球。人類が初めて誕生した地であり、地球圏で初めて"眷属"が確認された場所でもある。VAすら存在しなかったその時代に彼らに対抗する手段など存在するはずもなく、当時の文明は容易く蹂躙され滅んでいった。各種発電技術、地下資源、マントル……未だ潤沢なエネルギーを持ったその星は彼らの温床となり、現在でも世界に誕生する"眷属"の8割は地球を巣窟としていると言われている。地球からやってくる"眷族"をエスキナとの間に位置する火星で食い止める為に、ハルコが所属していたVA特務騎士団が創設された程だ。なるほどかの場所を制圧出来れば、世界に居るほぼ全ての"眷属"を打ち破る事になるだろう。しかし納得すると同時に、ルエイユには一つ不可解に思う点もあった。
「産み落とされた?」
それは彼が持っている情報とは違っている。元々"眷属"とは外宇宙からの侵略者ではなかったか。それが地球に「産まれ落ちる」とはどういう事か。それを問おうとした時、ルエイユの頭にもう一つの疑問が浮かんだ。彼らが何故周囲の惑星を経る事なく「突如として」地球に現れたのか。それも、周囲に優れたエネルギーを持つ星などない地球に、である。他にも突き詰めれば突き詰める程、偶然では片付けられない歪さが見え隠れする。
『少しでも考える頭があれば分かるはずだ。エネルギーを無尽蔵に喰らい、細胞分裂によって際限なく増殖していく……そんな不調和な生物が、たまたま地球にだけ現れるなどと、都合の良い偶然がどれだけの確率でおこると言う』
語るジギアスの拳が小さく震える。ルエイユはそれを見ながら彼の意図を模索していた。偶然では起こり得ないならば、それは人為的に引き起こされた事になる。もし"眷属"のような生物を人工的に創る事ができれば、それを生まれる前段階で地球に持ち込む事ができれば。もっとも、地球圏にそれだけの技術があったとは考えにくい。ルエイユはジギアスの言った通りだと感心した。考えれば自ずと答えが見えてくる。
『”眷属”だけではない、その”飼い主”の存在にも兆しはあった。それを国家へと警告した数も一度や二度ではない。だが奴らは妄想癖のある科学者の戯言と耳を貸さなかった、その結果がこれだ!』
ジギアスが教団を立ち上げる前はいずこかの国家機関で科学者をしていたのは、メディアの取材などでも語られた有名な話である。なぜ一見真逆とも言うべき職に就いたのかは終ぞ語られる事はなかったが、真相を知れば無理のない話とルエイユには思えた。憎悪の根源、と言っても差し支えはあるまい。
『人類は愚かだ。だが、だから滅ぶべきだとは言わん。その自らの愚かさを赦す為に神を生み出すのもまた人間なのだからな』
怒りを吐き出して余裕が生まれたのだろう。ジギアスは再び笑みに戻りながらドゥキナへと近付く。コックピットワイヤーへと手をかけ、ゆっくりとその身を上昇させて行った。
『貴様らにくれてやったデザイアンドライヴ。アレは言わば製作過程の出来損ないだ。このドゥキナに搭載されたデザイアンサーキュレーターは地球圏、いや全宇宙より人の意思をかき集めて力とする完成品。出力も精々火の粉程度の貴様らとは比較にならん、全ての敵を焼き尽くし、未来を照らす灯火となる! もっとも、同時に抽出するには意思を統一する必要があるのだがな』
人心掌握を手早く行う手段は二つある。一つは共通の敵を作ること、もう一つが恐怖心を煽ることだ。人類共通の敵”邪神”を生み出し、それに唯一対抗し得るドゥキナの存在を示唆する。エスキナ教団を設立した目的はここにあったのである。彼の行動は最初からドゥキナの起動だけに集約していた。目論みはおおよそ成功していたと言って良いだろう。ルエイユも確実に感じていた。ドゥキナに秘められた、強大な力を。やがて搭乗が終わり、ジギアスの声が集音マイクから通信へと切り替わった。
『物量で挑んだ所で捕食と増殖を同時進行で行う”眷族”に敵うはずがない。数を増やす事なく確実に滅する最強の1……それがドゥキナだっ!』
「……フッ!」
光が、ルエイユの脳内を埋め尽くす。その眩い光の中に、爆発でも破壊でもなく消滅するカルマの姿を見た彼は、咄嗟に神体を光が届かないと思われる位置に移した。次の瞬間、脳内と同じ光景が視界に広がる。いるはずだったカルマを素通りした光は、背後にあった隔壁の残骸にヴィジョンのカルマと同じ末路を辿らせた。強力な熱による溶解である。その光景を見て、ルエイユは初めて今起こった事を理解した。
「指向性可視電流……」
それは昨今まで研究がなされていた軍の新兵器である。発信源から指定した方向に殺傷力を持つほど強力な電流を流す送電装置。まるで空気を電線のように電流が駆け抜け、起動とほぼ同時に雷にも似た光を発する事からその名が付けられた。単純な熱による攻撃故に有機、無機を問わず効果が望め、加えて高い破壊力と文字通り光速の弾速を持つ。さらに特定の銃口を必要とせず放射や射角調整が容易となるため有用な兵器として開発が進んだが、エネルギー問題が解決できずに製造が見送りとなっていた。しかし、ドゥキナにはあえてそれが実装されていたのだろう。先程杖が輝いて見えたのは、決して見間違いではなかったのである。
ルエイユは感心していた。プラディナの時といい、ジギアスの武器選定は質量のアドバンテージを最大限に活かす物ばかりだ。特に今回の指向性可視電流発生装置は起動自体に膨大なエネルギーが必要となり、Dドライヴを用いたとしても起動できたか危うい。新たな装置の優位をより確実な物にしていっている。それだけではない、確実に”眷属”を倒す戦略を見つける判断力、それを実現する技術、そして胆力。ジギアス・イェイスという男の力、確かに認めなければならないだろう。だが、
『電流射出前に軸がずれたか、運の良い』
「それが貴方と僕の差だ」
ルエイユがため息交じりに呟いたのはそれだけだった。ジギアスは訝しげに『……なんだと?』と問い返したが答えない。今の一瞬の攻防、それだけでルエイユは全てを悟ったのだ。既に彼の中で、ジギアスは敵対者から獲物へと認識が変えられていた。もう問うべき事はない、後は実力行使のみ。ルエイユはゆっくりと姿勢を正し、レバーへと手を掛けた。
「もう良い、後は戦った方が早いでしょう。貴方が世界を救えるのなら、ここで負けるはずがない。救世の力、存分に発揮すれば良い」
『……』
ジギアスは未だ得心の行かない様子だったが、ルエイユが構えるのに合わせて自らも戦闘態勢に入った。彼の意図がどうあれ、ここでの戦闘は必然で、自らの勝ちは揺るがないと互いに思っているのだ。拒否する理由はない。ジギアスの取るべき道もまた一つだった。
「……できる物ならね!」
ジギアスが構えるのを見てから、ルエイユが一気にドゥキナへと近付く。”偽神”と”邪神”の戦いが、今始まろうとしていた……。