6-3
「ほー、その為にわざわざ強盗を。本当に度胸はありんすね」
皮肉ではなく、アスティルは素直にそう思った。外はインベーダーが跋扈する危険地帯、その中にロクに戦えない状況となっても追いかけたい人間がいると言うのだ。それを欲望と呼ばずなんと呼ぶか。彼もまた強い欲望と、それを行使する為の力を持とうとしている。それはネオグリードにとっては喜ばしい兆候だった。彼にとっての無念は、今の所男に伴っているのは度胸だけであるという事だろうか。
「や、でも残念ですけどわっち、奪うのは大好きでも奪われるのは嫌なんですよ……ねっ!」
「っ!? うわっ!」
アスティルは語気を強めながら、膝の動きだけで男のまたを蹴り上げる。無論そんな姿勢では威力は期待できず、急所も狙えない。しかし、それだけでも十分だった。男の身体は、風船か何かのようにふわりと宙を舞う。一瞬慌てたもののすぐさま壁に手を付き、体制を立て直す男。しかし、そこから動く事は叶わなかった。アスティルが懐から銃を取り出し構えるのを見てしまったのである。
「やっぱり、お兄さんゼロG戦闘の経験がありんせんね? その上こんなものしか持ってないのに強盗って……流石に無謀過ぎんすよ」
ホールドアップの姿勢を取った男から得物を取り上げる。もっとも、それは武器と呼ぶには程遠い代物だったが。男が持っていたのはカードキーだった。確かにそこそこ硬質で、背後から押し付けられればあるいは刃物と勘違いするかもしれない。
「ほうほう、ミルニア君ね……行動力は認めんすが、伴った実力も付けた方がよござんすよ」
奪ったカードキーに書かれた名前を確認する。その間もアスティルの銃口は、ミルニアと呼ばれた男から寸分もずれる事はない。例え目を逸らしていても、動けば確実に処理できる。そんな威圧感がミルニアの動きを封じ込めていた。
「……今動かなくちゃ意味がないんだよ。今じゃなくていつ”邪神”を倒せる?」
ミルニアが鋭く睨む。距離がありすぎてアスティルは感知できなかったが、彼の様子では”邪神”、いやカルマに何かがあったのだろう。そして今のカルマをどうにかできる人間がどれだけいるか。彼の考えうる限りではハルコ・オリハラ以外には存在しない。そこまで分かれば答えは自ずと見えてくる。
「ははぁ、ハルコ・オリハラはやられんしたね? でも手傷くらいは負ったから、追いかけてとどめを刺したい訳だ」
思いつく上では最もそれらしい仮説を、ミルニアの目を見ながら言ってみる。反応は案の定、彼は無言のまま目を背けた。その行為が口ほどに物を言っている事に、彼はまだ気付かない。自分が追いつけぬ間の出来事を確認し、アスティルは唸り声と共に数回頷いた。だが、それが全てだとも思わない。ミルニアの言葉には不可解な点あるし、何より彼の眼に宿る欲望がまだ燻ぶっているのが気がかりだった。ネオグリードとしての性だろうか、アッドマンやリール程ではないものの、他者の欲望が気になってしまう。
「名誉欲って面構えにも見えんせんがねぇ。なんでそんなに”邪神”にこだわるんです」
ミルニアは答えようとしない。だが、その抵抗が如何に無意味かと言う事は、アスティルが手元の銃をちらつかせるだけですぐに伝わった。バツが悪そうな表情でブツブツと喋り始める。
「……友達が”邪神”に取り込まれてるんだ。だんだん言動もおかしくなってる。早く助けないとどうなる事か」
「あー、ルエイユ君のお友達でありんしたか」
合点がいった、といった様子でアスティルが両手を叩く。具体的に何が起こったのかは知るべくもないが、ミルニアの発言に該当する人間など現状ルエイユ程度のものだろう。だが、余韻に浸るいとまはなかった。突然、ミルニアに掴みかかられたのだ。
「あんた、ルエイユを知っているのか!?」
恐らくミルニアにとっても無意識の行動だったのだろう。アスティルには全く察知ができなかった。もし隙をついて武器を奪おうとしようものなら、相手が動くよりも先に引き金を引く準備があったにも関わらず、である。
「……ははぁ、そういう事でしたか」
一瞬動揺したアスティルだったが、直ぐに事を察して軽く吹き出した。あまりに行動が素直で、最早彼の意図など聞くまでもない。だが、その上でアスティルは考え込む。ミルニアは現状を他者よりは詳しく、しかし歪められて聞かされているらしい。彼をこのまま帰すと状況を必要以上にややこしくするのではないか。状況の説明か、隠蔽。いずれかの行為が必要だろうとアスティルは判断した。しばし沈黙が続いただろうか、やがて彼は不機嫌そうな表情をして、銃を振り上げた。
「……面倒くさい!」
言葉とほぼ同時にミルニアの首筋へと一撃が突き刺さる。一瞬目が見開かれたが、程なく彼は力なく宙へとうな垂れた。既に意識はない。
「わっち、グダグダした説明とか苦手なんですよねぇ」
だらりと垂れるミルニアの腕を、アスティルは自らの首に回させる。そのまま軽々と持ち上げると、ディバンドのコックピットへとミルニアを放り込んだ。一旦ラグディアンに戻り、コックピット内の確認をそこそこに済ませ、自らもディバンドへ戻る。ツナギのポケットから細いロープを取り出すと、それでミルニアの手足を拘束した。
「まぁ、戻ればMS,リールが説明でもなんでもしんしょう」
最後に仕上げと言わんばかりにコックピット内にあった救急箱から湿布を取り出し、患部……グリップを叩き付けられ、赤く腫れ上がった首筋へと貼り付ける。全ての工程を終えると、アスティルは気絶したままのミルニアを少し奥へ追いやりながらシートに戻った。彼の操作に従い、今度はディバンドがラグディアンを抱える。
「ま、今ルエイユ君を下手に刺激したくはありんせんからね」
報復。そんな陳腐だが、あながちありえないとも言えない言葉がアスティルの頭を過ぎる。中に人がいないかのように、弾丸の如く飛び去っていったカルマリーヴァの姿は今でも頭を離れない。ディバンドを操りながら、冗談めかして呟いていたが、彼を思い出す度にレバーを握る手が小さく震えているのを、アスティルは実感していた……。
「戦えんせんよ……あの化け物とは」