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「これも脱出済み、と……ま、部品が集まるのは良い事ですがね」
空洞になっているVAの腹部を見つめながら、アスティルはため息交じりに微笑んだ。微動だにしないそれの背後に自機を回し、軽く突き飛ばす。それだけの動作でプラッテは彼らの母艦、ディス・アークへ向けて漂流していった。艦の近くに待機している彼の仲間が、流れて来る神体を次々と格納庫へと放り込んでいく。慣性が支配する宇宙空間においては、これ程エネルギーを節約できる運搬手段はあるまい。VAの技術がエスキナ以外にない現状では、パーツの入手は強奪が最も手っ取り早い。無論獲物は傷がないに越した事はないのだが、それでもアスティルの笑顔には僅かな曇りが見えた。
「もちっと骨のある騎士さんがいても良くありんせんか?」
ルエイユの追跡を始めてから、アスティルは動いているVAをほとんど見ていない。大量に配備されたVA部隊、その全てがインベーダー……彼らの言う”眷属”との戦いに倒れていた。今回の騎士団は今までにない大編隊ではあったが、”眷属”の規模はそれすらも鼻で笑う程尋常ではなかったのだ。それこそ個の強さを易々と覆す程に。現に今でも周囲には彼らが跳梁跋扈している。それを無駄のない動きで切り裂きながら、アスティルは自らの愛機、ディバンドの歩みを進めていた。
「騎士の皆さんは、インベーダーとの戦いからなんにも学んでなかったんですかね」
ガス推進による緩やかな機動で流れる景色を眺める。大量の”眷属”に群がられた廃棄VAからは、一つの事実が分かった。それこそがエネルギーの過消費。彼らにはエネルギーを捕食して数を増やす習性がある。故に強いエネルギーを持つ物程狙われやすいのだ。それを理解せず大量の敵を倒す為にエネルギーを使い、結果より多くの敵に狙われる事になる。それに気付く事が出来なかった結果がこれなのだろう。
「もっとも、そんな事考えなくても生き残れる人もいんすが……ね」
ふと、ルエイユの事が頭を過ぎる。エネルギーバイパスをオーバーヒートさせかねない膨大な出力を叩き出しながら”眷属”をものともしない圧倒的な力はまさしく”邪神”の名に相応しい。いや、既に”邪神”は越えているだろう。現に前のパイロットはあのバイパスでも不自由していなかったのだから。ただでさえ無茶なコンセプトを力ずくで実現させているカルマリーヴァだ、その分要求されるエネルギーゲインも高い。それを満たしてなお余りある力を発揮するルエイユ、その欲望を言い表すには既に”邪神”という言葉すら足りないように思えた。
「なんて言ったら良いか、ここまで来てるんですが……ん?」
思想にふけるアスティルの視界に、レーダーの光が飛び込む。近くにVAが漂流していると、彼に知らせているのだ。確認しようとレーダーに注目するアスティルだったが、一瞬パネルを操作する手つきが止まる。表示されている情報は熱量、質量共にプラッテのそれとは大幅な違いがあった。かと言ってインベーダーのような有機物でもなければ、味方のマーカーを発している訳でもない。つまりはプラッテ以外の教会所属VA、考えられる物は一つだ。
「ラグディアンまで投入していんしたか。こりゃあ大収穫だ」
確認の為、カメラでVAの様子を窺う。プラッテのそれに比べてがっしりとした四肢に、指先の間接まで再現されたマニピュレーターは、間違いなくラグディアンのものだ。装甲や間接の所々に穴は開いているが、奇跡的に爆発は免れたらしい。脱出装置も機能しかなったのだろう、コックピットは腹部に埋め込まれたままになっていた。
「状態もなかなか、早速回収作業に入りんすか」
言いながらアスティルは手元のダイヤルを軽く捻る。連動したのはディバンドの腕だ。手首より先を残し、ぐるぐると回転していく。60度程の回転を終えると、腕から手元へVAサイズの工具と思しきものが連結した。リボルビングウェポンボックス、アスティルが独自に開発した換装システムである。これによってディバンドは、より多くの装備をその場で付け替える事を可能にしていた。
アスティルは、取り出された工具で器用にコックピットをこじ開ける。救難信号は出ていない、おそらくパイロットは中で死んでしまったのだろう。脱出に使われるコクピット部分は貴重である、状態の確認がてら死体を処理しようとしたのだ。自らもディバンドのコクピットを開けると、腕を伝って開かれたコクピットへと向かう。そして内部へと一歩踏み込んだ瞬間だった。
「動くな」
背後から聞こえる声に軽く両手を上げる。背中には尖った物の当たる感触。影に隠れていた何者かに、刃物か何かを突きつけられたのであろう事は容易に想像がついた。恐らくラグディアンのパイロットだろう。何故、脱出もせずにこんな所に留まっていたのかはアスティルにも分からなかったが。だが、背後の男はそれもすぐに説明してくれた。
「大人しく言う事に従えば、命まではとらない。アンタが乗ってきたあのグレーのVA、アレを俺に明け渡せ」
「海賊相手に強盗ですか、良い度胸していんすね」
男の行動にアスティルはいくばくかの感心を覚える。自らの機体が墜ちてもなお、戦い続けようというのだ。相当の固い意志がなければできない事だろう。流石はラグディアンを与えられた事はあると言ったところか、見上げた行動力である。あくまで行動力は、だが。
「止めた方が無難だと思いんすよ。わっちの機体はピンポイント攻撃専門の軽装備ですから、慣れない内はインベーダー……君らが言うところの”眷族”相手でも歯が立ちんせん。君みたいに重兵装を使ってる人は特にね」
アスティルの脳裏にはラグディアンの全貌が浮かんでいた。腕に取り付けられていたのは幅広な大剣、ディバンドに取り付けられた武器とは勝手がまるで違う。そもそもディバンドは言わば捕縛用のVAだ、それで戦えたのはひとえにアスティルの技量によるもの。他者が使ってはまともに立ち回ることができるかも怪しい。しかし、男はそれでも引き下がらない。
「最悪動けば良い、俺は知り合いを追いかけたいだけなんだ」