6-1
『見事なものね、まさか砲身を炸裂弾代わりにするなんて……』
口元から紅い筋を流しながら、通信画面の向こうからハルコは語りかける。集中しなければ気付けないような僅かな口の動きだったが、ルエイユにはやけにハッキリと声が聞こえた。あるいは彼女の能力が、無意識に言葉を彼に送りつけているのかも知れない。
『……いいえ、貴方は初めて戦った時からそうだったわね。最終的な勝利の為なら、どんな危険も犠牲もいとわない』
弱々しく首を横に振る。流れ落ちる血が数滴宙に浮いた。
「貴女はいつもと違った。いつもなら、爆発は無理でもその後の攻撃は避けられたはずだ。それなのに……何がおかしい!?」
ルエイユは怒鳴りながらパネルに拳を叩きつける。彼には見えていた、最後の一撃の瞬間、ハルコが小さく笑みを浮かべながらレバーから手を離す姿が。無論避けられた程度では戦況を覆される事はあるまい。たが、わざとらしく負けに向かう姿が、彼にはどうにも不可解だった。無論、その瞬間に見せた満たされた表情 も。
『うれしいのよ……貴方のお陰で、やっと私の願いが果たされる』
ハルコの顔からは刻一刻と生気が失われている。おそらく今から治療をしたところで助かりはしないだろう。先には死あるのみ、それでも彼女の瞳から希望が絶える様子はない。
『ジギアス様……この命、貴方の為に使い尽くしました』
「それが、貴女のデサイア……」
うわ言のように天を仰ぎながら呟くハルコを見てルエイユは悟った。彼女は最初からいずれは死ぬつもりだったのだろう。ジギアスが彼女の力を求めなくなったその時に。だからこそそれまでは、愛を以て死力を尽くし続ける。盲信とでも言うべきか、それこそが彼女の欲望の形だったのだ。
『貴方を倒す力を失った時点で、ハルコ・オリハラはあの方の求めるモノでは無くなった、あとは殉じるだけ……』
「何故だ!? 何故あの男の為にそこまでする!? あの男が貴女の献身に、一度でも報いた事があったか!?」
ルエイユは思わず声を荒げる。彼とてジギアスと言う人物をよく知っている訳ではない。その中ですら、ハルコが僅かでも彼に想われているとようには見えなかった。いや、間違いないと確信すらしている。しかし、ハルコはその言葉に顔を背けるだけだった。もう、首を振るう力もないらしい。
『愛は、見返りを求める物ではないわ』
背けた顔は動かせないまま、ハルコは言葉を続ける。
『地球では異端とされた私の力をあの方が必要としてくれた時から、私の心は決まっていた。何があってもあの方を信じ、付き従おうと』
「しかし、ヤツは……!?」
反論しようとしたルエイユは、言葉を途中で押し留めた。画面のハルコが、制止をかけている。もう僅かな動きすらままならない状態だと言うのに。その決意が、人を顧みる事を忘れつつあるルエイユすら、黙らせた。
『分かっているわ』
強すぎる意思を放つルエイユの意図を、ハルコに限って取り違える事はない。彼女は全て……ジギアスが正しくないとすら知った上でここまで尽くしていたのだ。愚行と思いながらも、ルエイユはその欲望の強さを改めて思い知った。そして、
『だから、貴方が行きなさい。あそこには、貴方に必要な物がある』
彼女のしたたかさも。ルエイユはその言葉に従う気はなかった。最早救世主とは言えない彼女は、既に興味の対象外だ。そして、彼は確信している。ジギアスが彼を脅かす事はないだろう。最早彼に戦う理由はない、そのはずだった。だが、ハルコの言葉が彼をエスキナへと向かわせる事となる。
『戦いを通じて、私には伝わったわ、貴方の本当の願いは……』
「本当、の……!?」
かすれてもはや聞き取る事もままならないような声。唇も震える程度の動きしかしない。それだけでも彼女にはもう限界だったのだろう。全てを語り尽くした彼女の首が、糸が切れた人形のようにうな垂れる。虚ろに開かれた瞳には、生気の痕跡は残っていなかった。
ルエイユは無言のまま通信の回線を切る。既にハルコは事切れた、彼女の為に消費する時間はない。特別感慨も湧きはしなかった。彼女はプロトグリードとしての本能に従い、弱肉強食の摂理に散った、それだけのことだ。
「行こう、ジギアスの所へ」
そして自分もまた欲望を満たす為、彼女の思惑に従う。そこに何の疑問も感じる事はない。いや、疑問を感じる心すらなくなったのかもしれない。ルエイユの瞳に先ほどまでの荒々しい感情はなく、しかし欲望だけが研ぎ澄まされていた……。