5-5
「ミサイル包囲展開! メーザー照射開始!」
カルマの背から無数のミサイルが白煙を巻き上げる。それを切り裂くように、両腕から赤黒い波動が伸びた。波は挟み込むように左右からプラディナに襲いかかる。しかし、二本が交差するよりも速くプラディナは上方へと跳ね上がった。そこにはミサイル群が待ち構えている。しかし、一切速度を落とす気配のない挙動は、ルエイユに「無駄」と語りかけるようだった。プラディナが剣を振りかぶる。そこから放たれる斬撃は、ミサイルを舞うように落として行った。
「やはり駄目か……出力上げ!」
ミサイルに気を取られるプラディナに、ルエイユは胸の眼光を向ける。飛び散るレーザーは、今までより更に強い光を以て眼前の敵に迫った。だが命中の直前、それすらも上回る光がプラディナの身を包み、これを掻き消す。
「また!? 一体どうなってる……!」
最後のミサイル破壊から振り抜いて放たれるロングレンジ斬撃、それをかわしながらルエイユは悪態をつく。この短時間で、彼は似たような光景を3度は見ていた。
コーティングにより生半可な光学兵器が通用しなくなったルエイユに残された攻撃方法は3つだ。ミサイルや手首のアンカーランスによる物理攻撃。掌に搭載された光学とは違う原理を備える兵器、メーザー砲。そして超高出力による光学兵器。単純にコーティングの限界出力を上回れば良いのだ、そのためルエイユは度々、隙を見ては出力を上昇させて突破 を目論んだ。しかし、何故かいつも見計らったようにハルコも出力を上げ、これを阻止する。まるで、自分と同じく未来を見ているように。
「いや……違う」
そこまで考えてルエイユは首を横に振る。ハルコの力を彼は一度、直接見たことがあった。初めてカルマに乗った時、制御をジャックしてみせた彼女にジギアスは「穢れた力も」と言っていたはずだ。彼がそう表現するものを、ルエイユはプロトグリード以外に知らない。
「彼女の力は少なくとも遠隔操作に関連してる。予知の類ではかけ離れ過ぎだ」
とは言え、分かるのはそこまでだ。その正体を掴むにはまだまだ情報が足りない。そう判断したルエイユは、意識を別の方向に向けた。心の中で欲望を更に強く、大きく燃え上がらせる。同時に頭の中にはイメージを。炎が回転する歯車をあおり、加速させていくイメージ。それが神体のDドライヴへと干渉して出力を跳ね上がらせる。読まれてしまうなら、読んでも防ぎ切れない力を撃ち出すのみである。
『まだ上がると言うの!? 本当に天井知らずの力だわ……でも負ける訳にはいかないのよ、ドゥキナの救いの為に!』
ハルコの叫びが引き金となり、プラディナも出力を上げたらしい。神体の輝きだけでなく、レイピアもよりレーザー刃を鋭くぎらつかせる。その刃をもって一閃、まさしく神速の剣がカルマを襲う。とは言え、いくら速くとも最初から分かっていればいくらでも対処できるのだが。
「言わせておけばドゥキナ、ドゥキナと……」
ブースターがうなりを上げ、剣撃を避けながら一気に間合いから離れるカルマ。すかさずメーザーを放つが、十分な距離のある位置からの攻撃などプラディナに届くはずもない。先程からこのような戦いが延々と続いている。模擬戦の時と変わらないジリ貧の戦い。唯一違うのは、エネルギー切れという決着が存在しない事だけだ。
「作り物の神に何の意味がある……ッ!?」
ハルコの言葉に苛立ちを隠せないルエイユだったが、言葉の途中でただならぬ気配を感じて声帯が止まる。膠着状態に思われた戦い、それを傾ける大きな要因となるかも知れない物だ。彼の脳裏に映ったのは星々の瞬きすら覆い隠す程大量の黒。3対の複眼が貼り付けられたヘドロのような肉質と、口元から漏れる唾液に感じるはずのない臭気をおぼえる。混じり気のない殺意は敵以外に形容する事ができない。
『必要なのよ……ヤツらを倒す為に』
異形の地球外生命体、通称”眷属”。ぶつかり合う二騎のエネルギーにつられて現れたか。まもなく視認出来る範囲まで接近したソレらは、立ち並ぶ二騎に群れながら襲い掛かって来た。ハルコは剣を軽く振ると、返す刃の逆袈裟で眼前の五体を切り裂いて見せる。ルエイユは両腕を広げ、えびらを背面に向けると一斉発射で背後から寄ってくる敵を一掃した。一時休戦、という訳ではない。ルエイユは直後にメーザーをハルコに放っていた。ハルコも承知の上だったらしく、バックラーでそれを防ぐ。二人はこれらを相手にしながら雌雄を決する事を選んだのだ。
「こんなもの……貴女がやれば良い。それだけの力が貴女にはあるはずだ!」
間髪入れずに砲門を広げながらルエイユ。周囲の”眷属”を一斉に消し飛ばし、再びプラディナに攻撃を集中させる。レーザーの光が、ルエイユの怒りを乗せてプラディナへと突き進む。救世主として相応しい力を持っているにも関わらず、それを否定して使おうとしない。彼にとっては許しがたい愚行である。ハルコの力を知るが故に、ルエイユに残る僅かな憧れも憎さへと姿を変えていった。
『私には出来ないわ……あの方がそれを望まない』
怒気と殺意の猛襲をことごとくかわしながら、ハルコは答える。その間にも”眷属”をなで斬りにする事を忘れない。確実に周囲の敵を減らしながら、カルマとの距離を急速に縮めて行く。迫り来る光線のあるものは避け、あるものは防ぎながら。その動きは正確そのもので、迷いを持ってはとてもできない物である。カルマの間合いに入るのにもそう時間は掛からなかった。
『この力は、ジギアス様の為にあるのだから!』
彼女の叫びに呼応してか、ルエイユには一瞬プラディナの速度が上がったように見えた。一瞬驚きを隠す事ができなかったが、すぐさま反応して回避行動に移ろうとする。ここまでは今までと全く同じ流れ、しかし今回は違った。ドスン、と後ろに動いたルエイユは、背面に何かがぶつかったような衝撃を感じる。レーダーを確認すると、そこには確かに障害物があった。背後から接近していた”眷属”、カルマの背部戦艦用ブースターにへばりついている。ルエイユはヤツらが現れてからも、最初の一撃以外は全てをプラディナに向けていた。そのツケが今、回って来たのだ。咄嗟に防御しようとするが、カルマの細腕では既になにをしても意味はない。無造作に突き出した左腕が、切り飛ばされた。




