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「二人とも、無事だったのか……」
ルエイユが最後に二人の声を聞いたのは海賊の襲撃があった時。その後はすぐにカルマごと連れ去られ、生死を確認する事もできなかった。小さな安堵感が冷水の雫となって、欲望に煮えたぎる心へと滴り落ちる。そんな感覚がルエイユに走った。
『マザー、お待たせしました! これより援護します!』
『今日こそ”邪神”を倒し、ルエイユを助けてやってください』
「……」
小さく、舌打ちが漏れる。所詮は焼け石に落ちた水、燃え盛るルエイユの欲望を消し止めるものにはなりえない。次の瞬間には苛立ちと言う新たな起爆剤を得て、更なる炎が立ち上った。ハルコに何を言われたかは知る由もないルエイユだが、一点だけはっきりしている事がある。今の彼にとって、二人は邪魔者でしかないと言う事だ。自然と、マイクを出力する。
「僕がそのルエイユですよ!」
『『!?』』
ルエイユの咆哮に、二人分の息をのむ声が続いた。スピーカー越しに両者の動揺が伝わってくる。
「ラスティさんミルニアさん、僕は今忙しいんです。邪魔するなら消えてください!!」
二人の様子を余所に、ルエイユは更に畳み掛けるが如く言葉を続けた。それにミルニアが何事か応えようとしている様子は見られたが、もはやルエイユは聞く耳も持たなかった。手元のパネルをいじりながら力の限りにペダルを踏み込む。
『……っ!? ラスティ、ミルニア、下がりなさい!!』
彼の狙いに気付いたのだろう、ハルコが半ば怒鳴るように二人に語りかけた。しかし、それすらも既に遅い。彼女の声を二人が理解する前に、カルマリーヴァはその軌道すら見せずに並び立つ二人の間に位置していた。本来ならば挟撃の的となる非常に危険な位置。しかしルエイユにとっては二人を同時に攻撃できる都合の良い位置だ。相手は構えてすらいないのだ、即座に攻撃などできるはずもない。対して、ルエイユはこの位置に来る"前から"既に照準を合わせていた。この差は決して小さいものではない。特に、手練れと相対した時などは致命的となるだろう。それを知っている二人も咄嗟に、現れた巨体に対応しようとする。ラスティは攻撃に、ミルニアは防御に。双方の反応は十分機敏、それでも光輝く砲身には一歩及ばなかった。
「連装砲、発射」
呟くような命令と共に、カルマの双肩から光が雨と降り注いだ。数にして44、その一本一本が二騎の四肢を容赦なく機能停止させる。ミルニアのワイドディフェンダーですら防げたのはわずか数本だった。やがて破損による小爆発を推進力に、達磨とかわりない可動箇所となった二騎はゆっくりと宇宙を漂い始める。
『慣性を覆す急加速と、その推進を寸分の違いもなく相殺する逆噴射。それをこうもたやすく……』
流れ行く二騎を眺め直立するカルマを見て、ハルコは思わず声を漏らした。神体は完全に静止している。移動の後に一切の慣性を殺したのだ。神体を逆さまにしたのも、真逆にブースターを用いる為だろう。カルマに背部の戦艦用ブースター以上の出力を持つブースターはない。AIの演算能力が発達した昨今では、その計算も可能だろう。もっとも、実行すれば内部に相当のGがかかるが。
『プロトグリードの力が、元々あった騎士の才能を飛躍的に伸ばしているのね……ルエイユ、貴方強くなったわ』
ラスティもミルニアも騎士団の中で、いや火星の駐屯部隊と比較しても引けを取らない実力を持っている。それだけの成績を先の試験で見せていた。そんな二人を、不意討ちとは言え一瞬で倒したのだ。ただでさえ動く棺桶といわれたカルマを使いこなしての戦果、それは聖女とて侮る事のできないものだった。
『それに意識も荒々しくなってる……自覚したのね、欲望を』
「見つけましたとも」
ルエイユは薄くにやつきながら頷いた。しかしすぐに笑みは消え、睨み付けながら通信画面に映るハルコへと指を突き付ける。
「貴女を救世主にする事だ、ハルコ・オリハラ!」
カメラ越しでなお衰えない程の威圧感がルエイユから放たれる。対するハルコも動じる事なく彼の目を見据えていた。
『……私は、救世主にはなれません』
「何故? 貴女には力がある。人望も、そして何より祝福されるべき高潔さがある。資質は十分あるはずだ」
ルエイユの問いかけにハルコが答える事はなかった。無言のまま、プラディナにレイピアを正眼に据えさせる。説得の余地なし。ルエイユがそう判断するには十 分な行動である。
「それが答えですか……」
言葉も終わらぬ内に、カルマの肩から砲身がプラディナを捉える。
「ならば死ね!」
閃光が、今度は前方へ集中して放たれる。その光は眩く、ルエイユの視界すら遮った。それでも構わない。当たる瞬間など彼にはとうに"視えて"いる。
「貴女自身がならないのならば、その存在は間違いなく新たな救世主の障害となる。早急に排除させて貰います」
光に向けて蔑みにも似た表情を浮かべながらルエイユは呟いた。離脱した機影はない。今の一撃で消失したのだろうと彼は確信していた。その一瞬に限っては、彼も無防備だっただろう。離脱せず、光線の中を突っ切って来る影があるなど夢にも思うまい。故に、直前にビジョンが浮かんで来ても反応が一歩遅れた。
「なっ……緊急退避!」
咄嗟の叫びがカルマに脚を前へと付き出させ、回避運動が行われる。気付いてからの動きは正に最速、それでも完全回避は叶わなかった。激しい揺れと共に神体のバランスが崩れる。
「やられた……! 被害状況は!?」
『左脚部損失、ブースター使用不能』
急制動を行いながらの問いに、AIが端的に答える。行動の推奨はない、この神体を駆る者に撤退は許されないと言うことか。もっとも、ルエイユにも逃げるつもりなど毛頭なかったが。
そんな些末事よりも、眼前に未だ屹立する機影が気がかりだった。プラディナの外見からは損傷は見られない。ビジョンで見えた以上、攻撃は確実に当たっていた、にもかかわらずである。神体の輝きはくすむ様子もなく、むしろより一層眩さを増しているようにすら見える。真新しい塗装とは言え、あまりにも不自然な程だ。それに気付いたルエイユは一つの仮説に至る。
「あれだけの急作りで塗装だけは欠かしていないんだ、きっと何か仕掛けがある……対光学反射コーティングか!?」
彼が思い出したのは開発中の、レーザーなどの兵器を反射する新兵器だ。カルマに搭載されたミストシールドとは違い、相殺ではなく純粋な反射をする事で攻防の一体化する事を目的とした物だと彼は聞いていた。ただしその技術は未だ不完全。レーザーを弾けるようになるも照準は定められず、現状は防御のみの役割しか果たす事ができない。またエネルギー効率が極めて劣悪で、実装には程遠いものだったという。しかしそれは逆に言えば、エネルギー問題さえ解決できれば防御兵装としては十分実用に耐えうるという事である。
「彼女もプロトグリードなんだ、エネルギーなんて関係あるものか」
元々カルマの設計を行ったのはジギアスだ。彼に作れないはずがない、欲望を糧とする永久機関デザイアン・ドライヴを。そして彼女の神体は今、カルマを打ち倒す為の決戦仕様となっているのだ。どうして主武装であるビームへの対策をしていないと言えようか。そのためにDドライヴを搭載していないと言えようか。
『ルエイユ……貴方の攻撃は通用しない。おとなしく降りなさい、今なら私からジギアス様に口添えできるわ』
分析をするルエイユに再び通信が送られてくる。降伏勧告、完全に上位に立った者にのみ許されたその言葉を、ハルコは迷いなく選びとっていた。彼女は既に勝利を確信しているのだ。だが、同時に理解できていなかった。その言葉が今のルエイユには逆効果でしか無いことを。
「もはやこの欲望……止める事などできない!」
言葉と共に再び肩の砲門を起動させる。今度は広域に、視界全てを埋め尽くすように。その隙に神体をプラディ ナから離し、脚部損失によるブースター出力を修正した。いずれも流れるような速業である。これで、カルマは再び戦いの体勢となった。
『そう、降る気はないのね……』
「止めたいなら殺せば良い。交わらないなら用はない筈だ」
そう言うとルエイユはカルマに両手を突き出させる。両の掌が、 緋い光を纏った。プラディナも応えるように剣を構え直した。二騎の力の歯車は噛み合わぬまま激しく回り始め、もはや止まる事はない。今、二つの欲望が激しく火花を散らした……。