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『ルエイユ・ゴード、威嚇射撃で”邪神”の足を止めろ! その隙に切り込む!』
「は、はいっ!」
突然イヤホンから聞こえてきた団長直々の指名に、赤錆色の髪の少年は慌てて返事をする。手元のマニピュレーターに大急ぎでコードを入力すると、神体が大きく揺れた。彼の乗るヴァルキュリア・アーミー『プラッテ』が射撃を開始したのだ。プラッテはレーダー上の赤いマーカーに対し、一定の距離を保ちつつ周囲を飛び回り、至る所から弾丸の雨を降らせる。
無重力の宇宙空間とは言え、これだけ高機動で動き回るとかなりG負荷が掛かる。しかし、彼にはこれ以外の取り柄がない。戦場で役に立つ為に必然的にこれをやり続け、今ではすっかり慣れてしまった。それでも”邪神”には傷一つ付けられないのが悲しいところだが。
『よし、今だ! 突撃する! 全騎、続けぇ!』
団長の号令に合わせて仲間達が一斉に”邪神”に飛び掛った。ちなみにこの時の「全騎」にルエイユは含まれない。後方支援担当である彼の役目は、仲間の突撃まで足止めするところで終わるのだ。
お陰で戦場において被弾する事は滅多にないが、その分戦果も挙げられない。もっとも、彼ら”教会騎士団”は一度でも戦果を挙げれば戦いは終わりなのだが。彼らの敵は目の前の”邪神”と伝承に記される存在『カルマリーヴァ』しかいないのだから。そう考えると、彼らはこれまでに一度として戦果を挙げたことはないのである。
『こちらミルニア騎! 被弾しました! 中破につき、離脱します!』
『こちらラスティ騎! 同じく離脱です!』
『団長、自軍残存戦力が40%を切りました! 敵戦力、依然変化なし!』
そして今日もまた、いつもとさして変わらない状況が展開されていく。今回も戦果を挙げられないまま戦いが終わる事は、既に誰の目にも明らかだった。やがて団長から全体命令が下る。
『……止むを得ん。周辺住民の避難は既に完了している、撤退だ! 』
なおも暴れ続ける”邪神”に対して、彼らに出来る事はあまりに少なかった。現場に駆けつけても、せいぜい周辺住民の避難まで時間を稼いで逃げるだけ。まがりなりにも神という圧倒的な存在の前に、人は悲しい程無力だ。自治権獲得の折は希望に満ち溢れていたこのエスキナ教団自治惑星『エスキナ』には、今や光明の片鱗すら見えない。エスキナ自治開始より早2年、世界は”救世主”が必要とされていた……。
「……ふぅ」
ルエイユは思わずため息をついた。無機質なコックピットから出ると、そこは同じく無機質な格納庫。いつ見てもまったくもって教会らしくない建物だと思う。この区画に入れるのがVAの操縦をする騎士と整備班だけなのはその所為である、と彼は信じて疑わない。ここに居ると気が滅入って仕方がない、早々に着替えをして部屋に戻ろうかなどと考えながら、彼はふと時計を見た。
「……正午、か」
これは先に昼食だな。そう思い直すとルエイユは売店の方へと足を向けた。すると
「ルエイユ、これからメシか?」
売店に向かう道の途中で声を掛けられる。声の主はルエイユと同く騎士団に所属する同期生、名はラスティと言う。先程の戦いで神体が中破した、と彼は記憶していた。
「ラスティさん、神体の修理しなくて良いんですか?」
「ああ、神体なら整備班に預けてきたよ。思った以上に損傷が激しいみたいでな。修理も兼ねてオーバーホールすることになった」
どうやら随分と酷くやられたらしい。彼は本来ルエイユと同じく後方支援の担当だが、今回は欠員の関係で前線に出たのだという。間近で”邪神”の攻撃を受けたのなら中破で済んだだけでも奇跡と言って良いだろう。もしくは彼の被弾に対する立ち回りの賜物か。
「そんなこんなで手が空いちまったんだよ。メシなら食堂で一緒しようぜ。マザーについてちょっと小耳に挟んだ事もあるんだ」
「ハルコ様について?」
噂好きのラスティはよくこう言った話を持ち込んでくる。そして情報料と称して食事を奢らせる、と言う半ば情報屋の様な人物だ。そしてルエイユを釣る餌には大抵大司教、マザー・ハルコについての話題を持ってくる。なお、彼の購入率は極めて三桁に近い。今回もルエイユは誘惑に抗う事はできそうになかった。
「……分かりました。今回もA定食で良いんですか?」
「いや、今回の話は結構価値があるからな。B定食にデザートも付けてもらうぜ」
彼は決して値段に見合わない情報は寄こさない。ソースのはっきりしない噂話には食事も要求しなかったり、逆に重要な情報なら今の様に普段より高いランチを要求したりと、自分の中に明確な基準があるらしい。今の口ぶりからして、今回は随分自信があるのだろう。多少出費は厳しいが聞く価値はあるのかもしれない、という希望がルエイユの中に生まれる。
「じゃあ、手持ちじゃちょっと足りないので先に行っててください。部屋からお金取って来ます」
「ああ、じゃあ食堂でな」
そういうとラスティは食堂の方に向かい歩いていった。自分もなるべく早く行かなくては。そう思ったルエイユは進行方向からUターンし、ラスティとは逆の方向、自宅のある居住区を目指して歩き出した……。
「よーし、こっちだ! オーライ、オーライ!」
居住区と格納庫の間に位置する商業区。そこでは巨大なクレーンがコンクリートの塊を持ち上げていた。横にあるのは似たような塊が積もった瓦礫の山。この辺りには確か雑居ビルがあったとルエイユは記憶している。
「……そっか、今回の攻撃で壊れたんだ」
今日の”邪神”の攻撃場所はこの商業区の上空。戦闘はそう長くはなかったが、もしかしたらあの時の流れ弾がビルに当たったのかもしれない。”邪神”の放つ光は雨の様に降り注ぎ、無差別に全てを破壊していくのだ。
瓦礫を見ながらルエイユは昔の事を思い出す。そう、無差別。”邪神”の攻撃にはいつも統一感がない。最初に襲われたのは、軍事施設。エスキナ付近の防衛軍が突如攻撃を受け、成す術なく壊滅に追いやられたのは記憶に新しい。平和の神"ドゥキナ"の預言を受けた教団の教祖、ジギアス・イェイスが予め用意したVAがなければ、今頃どうなっていたかも分からない。
次は居住区だったか。こちらの時は既にジギアスの名が広く知れ渡っていたので、VAの介入や住民の非難もスムーズに進んだ。人的被害も最小限に留まり、これを機に教団への信仰を決めた人間も少なくなかったと言われている。
そして、第3の被害は無人の工業区だった。この時の”邪神”は攻撃が激しく、人的被害はないものの経済への影響は甚大だったと言う。しかもここが狙われたという点から「”邪神”は人間を狙っている」という当時の説が完全に否定され、謎が更に深まった。結果今なお”邪神”の目的は全くの不明で「無目的で無差別な破壊行動」と言うのが定説になっている。
だが目的が分からなくとも最終的な結論は一点に集約する。”邪神”を倒さない限り救世はありえない、と言うことである。そこまで分かっていて未だヤツが生きているのは、ふさわしい者が現れないからだとルエイユは信じて疑わない。”邪神”を打ち破る程の力を持ち、人々に祝福されるにふさわしい人物が。”邪神”が現れてから今に至るまで、世界は”救世主”を求め続けている。だが、ルエイユは確信していた。その人物こそがプラディナを駆る大司教、マザー・ハルコであることを……。