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救世主奇誕メサイア・デザイア  作者: きょうげん愉快
第五章「聖邪の相克」
18/35

5-1

「どう言う事ですか、それは!」


 ミルニアは両の掌で力の限りデスクを叩いた。手の甲側からでも分かる程に、掌が赤く腫れ上がる。その痛みはそのまま彼の憤りだ。しかし、無常にも団長が言葉を撤回する事はなかった。


「言葉の通りだ。ルエイユ・ゴードはMIAと認定し、以降の捜索は禁ずるものとする」


 正面のオフィスチェアから立ち上がる事もせず、団長は首を横に振る。無論、そんな言葉でミルニアが納得できようはずもない。

 MIAとは即ちMissing in Action……戦闘中に発生した行方不明者の事を指す。その扱いは実質戦死と等しく、後に教団が捜索を行う事はない。本来は軍隊で使う用語であり、宗教団体で採用される事も甚だ疑問ではあったが、それ以上に「ルエイユが」その扱いを受ける事にミルニアは喰い付いた。


「だから何故、ルエイユがMIA扱いになるんです? アイツは今回の作戦、召集に応じる事ができずに参加しなかったんですよ!?」


 MIAはあくまで作戦行動の中で行方不明になった者の事である。その作戦自体に参加していないはずのルエイユがMIAとして認識されるのは明らかに不自然だ。団長に曰く、召集が掛かった時点で既に作戦は開始しているとの事だが、そんなとってつけたような理由を受け入れられるはずもない。


「しかし……!」


 募る疑問を吐き出そうとミルニアは再び言葉を紡ごうとする。だが、それが叶う事もなかった。かぶせられるような団長の言葉によって遮られてしまったのだ。


「これは既に教祖ジギアスのご意向で決定した事だ。最早私にも覆せん」

「ジギアス様が?」


 創始者直々の言葉とあってはここでいくら団長を問い詰めたところで何も変わりはしない。いや、そもそも従う以外の選択肢など残ってはいないだろう。ジギアスはドゥキナを顕現できる唯一の人物、彼が言ったのならばそれは間違いなくエスキナにとって必要な事なのだ。


「クッ……」


 やはり納得はできない。しかし、ジギアスがそう言った以上は彼に口出しができる事でもないのは明らかだ。ミルニアは少し歯軋りをすると、一礼だけして団長の部屋をあとにした。と、視界の隅に壁へと寄りかかった人影が入る。ラスティだ。


「……妙だな」


 自動扉が閉まるのを確認してからラスティが小さく呟く。その反応にミルニアは思わず「お前っ!」と呟き、彼の後ろ手に結わかれた黒髪を引っ張って団長の部屋から距離をとった。廊下の曲がり角まで着くと、部屋の扉を見て気付かれていない事を確認する。


「いたた……抜けたらどうするんだよ」

「堂々と盗み聞きするヤツがあるか!」


 ミルニアはバレていない事に安堵の一息をつくが、ラスティは悪びれた様子はない。むしろ彼が呆れた様子で「隠すつもりならもっと小声で話せよ」と言っているので、もしかしたら聞き耳を立てなくても筒抜けだったのかもしれない。少々興奮したのだろうと逆にミルニアの方が少しばかりの反省をした。


「で、おかしいって何がだよ」

「決まってるだろ、一司祭の事に口を出す教祖がだよ」


 ラスティは当然のように答えたが、それに対してミルニアは「ああ……」と歯切れの悪い返答をするだけだった。無論、彼にも分かっていない訳ではない。今回の判断は明らかに異常だ。小惑星とは言え、エスキナ教団の信者は多い。その中でも名前を覚えられるような幹部は少なくとも司教以上、大司祭以下では顔の判別すらつかないかもしれない。ルエイユはと言えば、大すらつかない司祭。ジギアスがその名を知っていただけでも不自然と言える。加えて今回は、その理由に心当たりがあった。


「……まさか、本当に隠し格納庫が関係していると思っているんじゃないだろうな?」


 前回の作戦の際、ルエイユは地盤の崩落に巻き込まれて参加できなかった。落ちた先は公式には存在しない事になっている隠し格納庫であると言うのはラスティの談である。なんとも眉唾な話ではあるが、もし本当ならルエイユは図らずも教団の機密を知ってしまった事になる。では、知ってはならない事を知った騎士を最も自然に処分する方法とは。


「馬鹿馬鹿しい。ジギアス様に限ってそんな事、ある訳ないだろう。第一隠し格納庫の事だってお前が勝手にいるだけで……」

「だが、辻褄は合う」


 即座に返される言葉にミルニアは黙り込む。今の彼にとってはそれが最大の不安要素だった。確証がないのはどちらも同じ、ならばより矛盾のない説の方が的を射て見えるものである。客観的に見て、ラスティの言葉を信じたくなるのは自明の理だ。


「……かもしれんが。俺たちは騎士だぞ、自分の組織を疑うような事でどうする」


 これは今のミルニアにとっての支えである。彼はルエイユと同じく、”邪神”による居住区襲撃の被害者だった。故に”邪神”の恐怖を誰よりも知り、それから救ってくれた教団を誰よりも信頼している。何故、そこまで心酔したジギアスを疑う事ができるだろうか。そう考えてミルニアは、必死にラスティの言を否定しようとしていた。その様子を察したのか、ラスティはため息混じりにミルニアを諭す。


「信心深いのは結構だけどな、それで現実から顔を背けるのは良くないと思うぜ」


 ラスティは彼の頭へと手を伸ばす。そのまま癖の強い金髪をわしゃわしゃとなで繰り回した。ミルニアはその手を鬱陶しそうにかわしながら考える。このまま嘘と言い張って現実から目を背けるのは簡単だ。だが、それで何が変わるだろうか。変わらなければどうなるのか。見える物は変わらなかった。先にあるのは懐疑心におびえ続ける絶望だ。なら、同じ絶望なら、真実を知る道の方がまだ希望がある。


「……よし!」


 自分に喝を入れると、ミルニアは両頬を平手で叩いた。


「ありがとう、ラスティ。少し落ち着いた。だが、問題は俺たちに何ができるかって話だよな」


 ミルニアの憑き物が落ちたような顔に一度は安堵するラスティだったが、あとに続いた一言に今度は自分まで考え込む。今回の件は情報通の彼でも全く知りえなかった事が関与している。その上、上層部からは実質の緘口令。一介の騎士にできる事など限られているのが正直なところだった。


「まぁ、別にクーデターを起こそうって訳じゃないんだし、何とかルエイユの安否だけでも確認できれば良いんだがな」

「その気持ち、偽りはありませんか?」


 呟く二人の後ろから不意に声が聞こえる。二人はやや大仰な程の勢いで声の方を向いた。確かについ先程までは人などいなかったはずである。にも関わらず、その人物は彼らのすぐ後ろに立っていた。


「ま、マザー・ハルコ……!」


 どちらともなく彼女の名を口にする。背後の女性……マザー・ハルコはただならぬ雰囲気を放ちながらミルニア達を見る。その眼は鋭く、一切の嘘も通じないだろうと感じさせた。しかし不思議と危機感はない。ただただ真実への追求だけが瞳を通して伝わってきた。


「も、もちろんです! アイツは仲間だ、仲間を見捨てるような真似は騎士としてできません!」


 先に答えたのはミルニアだった。ハルコの雰囲気に呑まれる事なく、騎士としての誇りを口にする。それにラスティも続いた。


「……俺もです。マザーには申し訳ありませんが、今回の件は明らかに異常です。このまま納得して引き下がるってのは、俺の流儀に反します」


 彼もまた、ハルコ本人を前に平然とそう言ってのける。彼の情報に対する真摯さを、ミルニアは改めて実感した。言動も視線も、生半可な事をする人間のそれではない。そしてそれは、確かにハルコにも伝わったらしい。一瞬辛そうな表情を見せたが、すぐに真剣な面持ちに戻り、二人を見る。


「……貴方がたのような人が騎士で良かった。その誠実さを見込んで、お願いしたい事があるのです」


 ハルコのただならぬ様子に、二人は再び息を呑んだ。彼女は自分達が知らない何かを知っている。それを感じさせるには十分すぎる気配。やがて彼女は、ゆっくりと語りだした。


「二人とも、先日の”眷属”を擁した海賊は覚えていますね」


 最初に問われたのはそれだ。無論忘れるはずもない。先日発生した海賊達による突然の襲撃、しかも敵はVAを用い、最後には”眷属”までもがその姿を現した。それも今までには考えられない程の数がだ。とてもはぐれてやってきたとは言えず、偶然ではない事を物語っていた。ミルニア達にとっては全てが異質で、あれほど身の危険を感じた戦いは初めてと言って良いだろう。簡易の量産騎とは言え、プラッテとて現代のあらゆる兵器を凌駕する性能を誇っているのだから。

 ハルコは言う、あれら”眷属”が現れた必然は海賊達が引き起こした物なのだと。むしろ彼らが”眷属”そのものと言っても良い状況であるとの事だ。彼らは”眷属”と同じく”邪神”の瘴気にあてられる事でしもべとなってしまった。そして”邪神”が人間の用いる戦力として最強と言える兵器、即ちVAを与え教団を襲撃させたのだ。”邪神”はこれまで幾度となく教団のVAと戦ってきた。その中で破壊された神体を取り込んでいないとどうして言えるだろうか。それならば不自然な教団への襲撃、海賊がVAを持っていた事、襲撃に合わせるように”眷属”が現れた事全てに説明がつく。


「なるほど、確かにそれなら辻褄が合う……しかし、それとルエイユになんの関係が?」


 納得しながらもラスティは首を傾げた。ルエイユが行方不明になったのは確かに海賊襲来の折だが、彼と”邪神”に関係があるとも思えない。だが、ハルコが口にしたのはその予想を覆す内容だった。


「ルエイユと”邪神”の関係は分かりません。しかし、どうやら”邪神”はルエイユを生きたままさらったようなのです」

「!?」


 ハルコの言葉に二人は衝撃を隠せない。不確定な要素も多い以上、彼女の言葉もどこまでが正確かは言えないだろう。事実だったとして、なぜ”邪神”がそんな事をしたのかも全く理解できない。だが、彼女には人ならざる力がある事は半ば公然の秘密であった。その力を以ってのみわかる何かがそこにあるのだとしたら。そんな考えが彼女の言葉に信憑性を持たせる。


「……事情は分かりました。では、何故その話を俺達に? どうも俺達に何かできるような事には思えません」


 あくまで全て真実と仮定するならば。状況は最悪と言っても過言ではない。事に関与しているのが”邪神”だと言うのだ、一体無力な人間に何ができるというのか。


「もし彼が”邪神”に囚われているのなら、救う方法はヤツを倒すしかありません。そこで……」


 言いながらハルコは二人にカードを手渡す。騎士にとってはあまりにも見慣れた、しかし普段使うソレとは明らかに光沢の違う、VAの起動カードキー。そしてその輝きが示す意味を、二人が知らないはずもなかった……。


「お二人にラグディアンを授けます。それで……私と共に”邪神”と戦ってください」


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