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「ミサイル、再装填開始……っ」
AIへ口頭での指示を飛ばし、ルエイユは一瞬顔を歪めた。やはり移動中は少し話すだけでもままならない物がある。また咳き込みたくない一心で、ありもしない腹筋へと必死に力を込めた。慣れというのは恐ろしいもので、今は多少スピードを落としてはいるものの意識を失う事はない。それでも、少し気を抜くと強い圧迫感と嘔吐感に襲われるのだが。
とは言え不幸中の幸いと言えるだろう。先ほどのミサイルによる一斉撃破で、敵機の注目は彼に集まりつつある。恐らく旗艦が索敵能力に優れていて、司令塔の役割を果たしているのだろう。ルエイユの目から見ても実に合理的な戦術だ。間もなく彼の元には大量の敵VAが多方面からやってくるに違いない。なのに、少し動いたくらいで気を失ってなどいられない。まだ慣れない内に彼らと戦っていたらと思うと、ぞっとするものがあった。
「そうだ……ショットガンと連装砲にロックを」
ふと思い至ってAIへと支持を飛ばす。カルマリーヴァの内蔵武装は多彩の一言で、先程のミサイルの他にも腕にはメーザー砲とアンカーとしての機能も持つ射出可能なランス。更には肩にそれぞれ連なる22門ものレーザーキャノン、そして胸部の収束砲としても扱える大型ショットガンと、まさしく歩く武器庫の様を呈している。全てを用いれば一機とて近づける事無く敵を殲滅する事も可能と言っても過言ではない。だが、これらの兵器を考えなしに使うには問題がある。迂闊に使えば、その特徴的な攻撃方法からこの神体が”邪神”であるとバレかねないのだ。特に、先程ロックした二つは”邪神”の力を象徴するものと言っても過言ではない。また、ミストシールドと記載されているシールド兵器も使わない方が良いだろう。恐らくこれが”邪神”の姿を隠していた黒の正体。使えば確実に”邪神”としての姿を晒す事となる。これらをロックする事は攻防共に著しく戦力を欠く事はルエイユにもよく分かる。しかしそれでも”邪神”の正体を明かすような真似をする勇気など、持てるはずもなかった。
「来た……!」
ロックの作業が終わるのとほぼ同時に、レーダーの端に赤いマーカーが映る。海賊達の先鋒に当たるのだろうか。射程外であるらしく、果敢にも直線的な軌道で接近してくる。相手は気付いていないのだろう。こちらの射程が、必ずしも自分と同じとは限らない事に。
「ターゲット、ロック! 神体を停止させ、制動と同時にメーザー発射!」
射程が勝っているならばわざわざ近づく必要はない。ルエイユが叫ぶとAIは神体の速度を計算、前部に取り付けられた制動用のブースターと、脚部のそれを活かし、正確に推進を殺した。その反動はGとなって容赦なくルエイユに襲い掛かる。気絶こそしないものの、圧迫された胃が消化液を喉に押し上げた。
「ゴフッ……あ、当たったか!?」
なんとか液を胃に押し戻しつつ、レーダーを睨む。最前列にいたはずの一機からは、すでに反応がなくなっていた。どうやら同時に発射していたメーザーは命中していたらしい。これで奇襲と示威の目的は成ったと言えるだろう。現状では力は出し惜しみせず、全て見せた方が良い、と言うのがルエイユの見解だ。武装をオミットした以上、戦力の低下は否めないからその余裕もないし、性能差を見せ付ける事で相手の士気を削ぐ効果も期待できる。案の定、接近していた敵機は動きが極端に遅くなり、警戒の色をありありと示していた。カルマの火力を相手にしてはむしろ逆効果だというのに。
「停滞中のVAに順次砲撃!」
カルマから放たれる紅い閃光が次々と敵機を貫く。シールドなど関係ない、プラッテと同等のサイズしかない彼らのシールドにカルマのメーザーを防ぐ出力があるはずもなく、防御もむなしく宇宙の塵となっていった。
「……いける!」
戦況を見てそんな呟きが漏れる。カルマリーヴァの性能は圧倒的だ。近づく暇すら与えず、防御も許さず、絶対的な破壊をもたらすその火力。既に5機ほどのVAを撃破したが、ボディには傷の一つすら付いていない。最初は気がかりだったエネルギーも未だ衰える事もなく、”邪神”の力を奮わせ続けている。このまま寄せ付けなければ、勝てる。しかし、そんな彼の予感も長くは続かなかった。再びレーダーに映る赤い影。今度は数が多い、20、30、いやもっとか。カルマを囲むようにあらゆる方位から均等な速度で接近してくる。
「母艦からの指示か……それにしても、なんて統率の取れた動きだ」
先の5機を相手にしている間に部隊を展開したのだろう。いち早くこのカルマを点での制圧は不可能と悟り、面での制圧へと切り替えた。どうやら間違いないようだ、敵の指揮官はかなりの切れ者らしい。騎士団のようにただ強い兵器を持った自警団とは違う、きっとこれが本当に戦いを経験した、プロの動きなのだろう。だが、
「こちらは力で……押し通る!」
真に圧倒的な力は知の追随を許さない。寄られずに倒す事ができないのならば、自ら寄って敵の虚を突く。ルエイユは右腕側のブースターを点火し、扇状に近づく敵機群の左端へと向かった。
「急速旋回! メーザーで全周囲攻撃!」
速度は初速だけ出せば十分、残りの移動を慣性だけに任せて、接近と全体への牽制を同時に行う。その威嚇すら、咄嗟に防御した者を容赦なく破壊していった。
「とった、アンカー!」
左端の敵に接近すると同時に、慌てふためくその機体へとアンカーランスを打ち込む。腹部に突き刺さった槍の先端が展開し、完全に固定されたところでルエイユは更に神体の回転を速めた。先端に固定されたVAが、重厚な鈍器となって周囲の敵に襲い掛かる。その回転は、周囲の敵を全て巻き込み、圧し潰すまで止まる事はなかった。
「マルチロック!」
ランスの展開を解除し、虚空へと飛び去っていく残骸を見送りながら、天井から球体状のマニピュレータをずり下ろす。そして全周囲に映るメインカメラの映像を参考に、球を自騎と見立てて敵機がいる方向を指でタッチしていった。AIがそこにいる機体に自動で照準を合わせていく。
「ランチャー発射!」
同時にカルマが背部から白煙を噴いた。次々と赤いマーカーが消滅していく。その中で消えない物を確認し、順次メーザーを撃ち込んでいった。再び、レーダーから赤い光がなくなった。瞬間、安堵で気が緩んだのか今まで抑えていた吐き気が急にぶりかえしてくる。苦しさに悶えながら口元を押さえた。
「さて、問題は皆にどう説明するか……ん?」
レーダーには次々と近づいて来るグリーンのマーカー。戦闘が終了した事で、騎士達がこの神体の正体を突き止めに来たのだろう。だが、彼らより先に通信を送って来ている者がいた。ジギアスだ。
「……なんですか」
もう彼の言葉など聞きたくもないが、既に敵は片付いた。これ以上下らない指示を出される事はないだろうと回線を開く。モニターには眉間に皺を寄せ、ルエイユを睨むジギアスの姿が映った。
『やってくれたな、ルエイユ・ゴード……!』
怨嗟に満ちた声がヘッドホンから流れ出る。そこからは様々な負の感情が感じられた。怒り、侮蔑、そして……焦り。
「心配しなくても”邪神”とバレるような戦いはしていません。僕も皆さんの敵になるのは本意ではありませんからね」
内心首を傾げながら「あとは貴方が好きに隠せば良い」と付け足した。それでもなお変わらないジギアスの表情に疑問が残る。彼が言う救いが遠のいたと言うのなら、自分に対して怒りや侮蔑を抱くのは理解できる。だが、何故焦る必要があるのか。その答えは一つのアラートが示してくれた。カルマの物ではない、通信を介しジギアスの側から聞こえてくる。
『確かに蛮族にしては多少頭を使ったらしい、それは認めてやる。だが、貴様は力を使い過ぎた。呼び寄せたのだ、奴らを』
「一体何を……!?」
尋ねようとした言葉を飲み込む。どうやらその質問をする必要はなくなったらしい。ジギアスのそれとは一拍遅れて、カルマからも同じアラームが音を立てた。同時にレーダーに現れる無数の反応。VAのそれではない、明らかに機械で制御している訳ではない不規則なエネルギー値、即ち生物。これ程大きく、しかも機械を必要とせず宇宙空間で活動する生き物は、彼の知り得る限りひとつしか存在しない。
「”眷属”……どうして!?」
言葉にする頃にはすでに襲い掛かって来ていた。彼らに牽制などという概念はない。ただ、眼前にいるモノを全て喰らうだけ。体毛の代わりに汚水にまみれたようなグロテスクな獣が、うねりながら次々とこの宙域に集まってくる。対してカルマの周囲に集まりつつあった騎士達は、蜘蛛の子を散らすように”眷属”へと向かっていった。他に何があろうと、騎士にとって”邪神”と”眷属”の撃破は最優先事項だ。ヤツらが現れてはルエイユに構っている暇などないだろう。
当のルエイユはというと、その場から動く事ができなくなっていた。”眷属”を恐れたという訳ではない、ヤツらの巣窟とエスキナの間はマーズの駐留部隊が防衛しているとは言え、それでも群れからはぐれた”眷属”が現れる事はあるのだ。当然それを相手にするのも教会騎士団で、ルエイユとてヤツらを相手にした事は何度もある。それらは外見こそグロテスクだが、そう大した相手でもなく、プラッテでも容易く撃退する事ができた。だが、こんな数が一斉に姿を現すのはエスキナ付近の宇域では初めての事だ。それは既に戦力や、勝算などという次元の問題ではない。今まで起こりえなかった事が起きている、ただそれだけの事実が脅威としてそこにはあった。その一因を自分が担っているかもしれないと思えばなおの事。
「僕が……呼び寄せた?」
ジギアスの言葉が頭から離れない。ありえない事が起こるからには相応の理由がある。その理由こそがルエイユなのだと彼は言った。彼が何を指して「貴様」と言ったのかは分からない。このカルマなのか、それとも……プロトグリードとしてのルエイユ・ゴードなのか。だが、もし後者だったとしたら? なぜプロトグリードは”眷属”を呼び寄せる? ヤツらと何か関係があるというのか? プロトグリードは……僕は、ヤツらと同類なのか?
あらゆる未知への疑問と不安が、ルエイユの思考をかき乱す。その混沌とした感情は、カルマへと急速で接近するVAの存在を、彼から隠し続けた。何一つ気付かないまま、メインモニターから星々の光が消え、一色……暗いグレーに埋め尽くされる。それが、目の前にVAが居るのだと理解するのに数秒の時間を要した。
「なっ!? いつの間に……ステル……うあぁぁああっ!?」
悟った時には全て遅かった。全身を電気が走るような、強い痺れを感じる。事実電気だったのだろう。機械部へと物理的に差し込んで高圧の電流を流す、神体の機能停止もしくは騎士の昏倒を目的とした鹵獲兵器、スタンスティック。高度なステルスで接近し、これを用いたのだという事を頭で理解した時には、ルエイユは既に薄れゆく意識に抗う術を持たなかった……。