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「ラスティ、今だっ!」
『よしきたっ!』
ミルニアは展開したシールドを解除し、神体を大きく左へ逸らす。それから間髪入れずに、青白い閃光が彼のいた位置を通り過ぎた。閃光はそのまま直進し、ミルニアを攻撃していた二機のVAを飲み込む。二つの爆発が、光に加わった。
『うしっ、命中!』
「馬鹿っ、気を抜くな! 次が来てるぞ!」
その場に留まり、放熱を開始するラスティに怒鳴りつけるミルニア。エンジンを吹かし、彼の方へと突進する。ラスティは急接近する彼にたじろぎを見せたが、ミルニア騎は接触直前にバレルロールを加えつつラスティ騎の上方へ移動、向きを変えて神体に接近していた敵に狙いを定めた。
「調整B! 撃ち抜けぇっ!」
トリガーに合わせて光線が暗闇を分かつ。光は敵の機関部を通り抜け、爆発を伴って虚空に消えた。すかさずレーダーを確認するミルニア。周囲に残っている機影は、彼とラスティの物だけだった。
『す、すまねぇミルニア。助かったぜ……』
「だから戦闘中は常に周りに気を配れといつも言ってるんだ、この馬鹿!」
礼を言ってくるラスティにミルニアはやや強めの叱咤で返す。腕は悪くないのだが、どうにもお調子者で油断が多い。それがラスティの弱点だと彼は知っていた。しかし、今回は皆あまり経験のない射撃によるVA戦。一瞬の油断もならない状況に、その弱点は致命傷になりかねない。ただでさえ、先程から最前線を抜けてくる敵が増えている。最前線ではマザーと隊長が戦っているにも関わらず、である。
「最前線で何かあったのか……?」
マザーや隊長が負けるとは考えにくい。しかし、万が一という事もある。だからこそ、ラスティには一層気を引き締めて欲しかった。これからますます戦況が厳しくなる可能性は十分にあるのだから。
「こんな時にルエイユはなにをやってるんだ、こういう敵にこそアイツの腕が役に立つのに……」
『ああ、ルエイユは多分来れないぜ』
ミルニアがぼやくと、横からラスティがそう返してきた。彼によればルエイユは移動中に崩落に巻き込まれ、脱出困難な状況にあるのだという。隠し格納庫やらなにやら眉唾の情報も入っていたが、それを飛ばして要約するとそのようになった。
『さっきはその辺にあるVAに乗って来いって言ったけど、よく考えたら未登録VAに乗れるわけないもんなぁ』
まず、秘匿VAという物がイマイチ信じられなかったミルニアだが、ラスティには嘘をついている様子はない。仮にその胡散臭い格納庫ではなかったにしても、ルエイユが出られなくなっている事は間違いないのだろう。
「アイツもつくづく運がないな……って事は、早く助けに行かないとならない訳か」
『まぁ、まずはこの状況を何とかしないとだけど……な!』
通信を返しながら何か操作をするラスティ。それを受けたラスティ騎が何処かに砲撃を行うと、少し離れた所で爆発が見えた。どうやら索敵範囲を拡大して、長距離の敵に先制攻撃を仕掛けたらしい。
「この距離で良く当たるモンだな」
『プラッテのレーダーは操作の簡易化を重視して性能をオミットされてるからな、それを解除すれば……ちょっと待て、なんだこれは!?』
自慢げに語るラスティの声色が突然変わる。なんだ、と問う前に答えは彼の方から送られてきた。転送されてきたのはラスティ騎の物と思われるレーダー情報。そこには、こちらへと接近しつつある多数の機影が映し出されていた。その数はミルニア達のおよそ10倍、20に近い。
「そんな、なんでいきなりこんな……待てよ?」
機影はラスティ騎から見て10時の方角。そちらは確か防衛網が薄く、それを新規参入の神体が一騎でカバーしていたはずである。無論、通常では考えられない配置。しかしその神体ならばそれが可能と判断されたのだ。マザー・ハルコの駆る、プラディナならば。
「やはり、マザーの身になにか……? ラスティ、そっちに何か連絡は入ってないか?」
『いや、こっちにはなんにも……駄目だな、こんな事してたらエネルギーが保たん』
答えながらも正確な狙撃を続けるラスティだったが、元々C調整はエネルギー効率を度外視した砲戦仕様、そう何度も撃てる物ではない。2、3機を撃ち落した時点でミルニアが制止をかけた。
「その辺にしておけ、寄られてからの対応ができなくなるぞ」
本来なら白兵戦の方がエネルギー効率は良い。が、相手がこれだけ大量にいるとなると話は違ってくる。多方面からの銃撃を回避しきる為の大回りな移動、避けきれない時やチャンスメイクの為にはシールドも必要になるし、レーザーを展開しないブレードユニットは切断に存外エネルギーを使うものである。距離が詰まる前に数を減らすのも重要だが、それでいざ接近戦になった時にエネルギー切れになっては意味がない。しかし、
『つったって、あの数じゃあエネルギーがあっても何も出来ないぞ』
無論、それら全て対応できればの話であって、圧倒的な数の前には相当な技量がない限りはエネルギーが尽きる前に撃墜される事の方が多い。更に現在周囲にいる味方騎は自分とラスティ騎のみ、乱戦というには数が少なすぎる。まともな勝負にすらならない事は火を見るより明らかだった。
「だが、だからって退く訳にもいかないだろう。これ以上進ませればエスキナにも被害が出るんだからな」
ミルニアは背面を映す画面を見る。そこには、肉眼でも確認できる程の位置にエスキナが浮かんでいた。ラスティの希望で二人が配備された位置は言わば最終防衛ライン。狙撃と補給を重視して星に近すぎる位置を選んだのが仇となった。せめてルエイユがいれば、という考えが一瞬過ぎる。彼の高機動射撃戦闘技術が、あるいはこういった戦況では役に立つのかもしれない。しかしミルニアもまた騎士である。その誇りに賭けて、人に頼りきりになる訳にはいかない。それが今いない人物なら尚更の事だ。
「ここは俺が囮になって防戦しつつ、ラスティが砲撃で各個撃破するのが最善か」
『それはさすがにお前の負担が……』
「構わん!」
情けない自分を振り切る意味でもあるのか、無意識に危険を伴う作戦を立てるミルニア。しかしながら、考えなしという訳でもない。この作戦ならば、時間は掛かる確実に敵の数を減らす事が可能である。また、その間に援軍が来る事も期待できる。
「今ここを何とかできるのは俺達だけなんだ、無茶でもなんでもやるしか……」
『……!? おい待て! 4時の方向から何か接近してるぞ!』
再びラスティから送られてくるレーダーの情報。そこには自分達の背後辺りから急速接近するエネルギー反応があった。それも一つや二つではない、質量や熱量は小さいものの前方の敵機をも越える数が、一気に近づいている。
『個数は……さ、35!? なんて数だ、それにこの速さ……』
「……誘導弾だ!」
その様子からミルニアはそう判断した。現在の主流はレーザーなどの光学兵器だが、ミサイルなどの誘導兵器がなくなった訳ではない。弾速や貫通能力で劣りはするが、不規則な軌道による多方面からの全包囲攻撃など未だその用途は多く、根強い人気を持っている。恐らくかなり大型のミサイルランチャーで一斉発射を行ったのだろう。もっとも、彼もそれを可能とする機動兵器など知りはしなかったが。
しかし、ミサイルの主は少なくとも自分達の敵ではない事はすぐに分かった。ミサイル群はミルニア達の神体を大きく迂回し、彼らの前方にいたVAへと襲い掛かったのだ。周囲を水平にミサイルが通過し、モニターが白煙で埋め尽くされる。電波が阻害されているのか、レーダーの映りも悪い。それでも、現在の戦況を把握できない者はいなかっただろう。画面の中で起こっていたのは、熱源の衝突と消滅という至極単純な出来事ばかりだったのだから。
『全機ロスト。すげぇ……』
「あれだけのVAを一瞬でか……ラスティ! 攻撃した機体はまだ映ってないのか!?」
先程ラスティが送ったデータには不自然な部分があった。ミサイルは大量に移されているのに、それだけ大型のランチャーを持っているはずの本体の機影が見当たらないのである。つまり、発射地点はリミットを解除したラスティ騎のレーダーですら索敵範囲外となる程の距離。プラッテではない完全に未知の機体であると判断するには十分過ぎる要素だった。
『……! 今映った! とんでもない速度でこっちに向かってる!』
「なっ!? 馬鹿な、プラッテなら軽くオーバーウェイトになる程の重装備だぞ、そんな速度が……!?」
出るはずがない、という言葉をミルニアは飲み込んだ。映ってしまったのだ、彼のレーーダーにも。そのありえない機体が。しかしそれも一瞬の事で、しっかりと確認する間もなく機影はミルニア騎の横を通り過ぎ、反対側のレーダー索敵範囲外へと消えていった。ミルニアは息を飲むしかなかった。自分の真横を風のようにすり抜ける、プラッテの倍程もある「何か」を目視で確認してしまったのだ。
『おい、ミルニア! 大丈夫か!?』
「なんなんだ、あの機体は……」
すかさずラスティは神体をミルニア騎に寄せ、安否を確認する。衝撃覚めやらず、ミルニアは彼の言葉には答えずにただ、うわごとのように呟くしかできなかった。
『神体、だろ。俺達を助けてくれたんだ、多分教団の所属騎だろう。俺は、見た事も聞いた事もないけどな……!』
落ち着いた様子ながら、ラスティは小さく歯軋りしている。自分ですら情報を持っていないVAの登場に苛立っているのだろう。彼ほどの情報網を持っていても知りえなかった、プラッテやラグディアンとはまるで違う外見のVA。その存在に、ミルニアは一抹の不安を感じずにはいられない。
「……俺たちを助けたからって教団の神体とは限らない。あいつを追うぞ、ラスティ!」
『あ、おい! ちょっと待てよ、補給は!?』
ラスティの制止も聞かずに、ミルニアはあの漆黒のVAを追い始める。その瞳は僅かであるはずの不安に完全に捉われていた。無駄だと悟ったのか、ため息をつきながらラスティも彼に続く。
あるいは彼は心の奥底で分かっていたのかもしれない。塗りつぶしたような漆黒の巨体、初めて見るはずのそれに覚えた憎悪にも似た既視感の正体を……。