3-1
『アスティル、そっちの様子はどうだ』
アスティルと呼ばれた青年は耳元のスピーカーから聞こえてくる呼びかけにヘッドセットのマイクをずり下げた。
「はいこちら現場のアスティル・イーゼン、格納庫からちらほらとVAが出て来んすよ」
言いながらモニターを確認する。惑星の壁面に空いた大きな穴、その中から次々と騎士達が姿を現す光景が、かなりの高画質で表示されていた。しかしそれだけの解像度で写せる程に近くにいるはずなのだが、一騎とて彼の存在に気付く者は居ない。全員が真っ直ぐに彼の通信相手の方へと歩みを進めていた。
「こりゃこりゃ、見事にステルスに引っ掛かっていんす。今なら一網打尽にできんすね」
薄く笑みを浮かべながら訛り交じりにそう報告するアスティル。通信機からは粗野な口調で、それでいて威厳のある低い声で返事が返ってくる。
『アホか。やる事やる前に姿を晒してどうするよ』
「って言われてずっと隠れてたら、この前の仕事はコンテナ切るしか残りんせんしたね?」
アスティルは不機嫌そうにそう答えた。通信相手は一瞬言葉を失ったらしく、僅かな沈黙が二人の間を包む。しばらくすると先程の威厳は何処へやら、取り繕うような焦りの混じる声色が、再びスピーカーから流れ始めた。
『いや、あれはオレが悪かったって。アイツら思った以上に根性がねぇもんだからよ、まさかあんな牽制が当たるとは思わなかったんだよ』
「おかげさまでわっち、欲求が溜まってしまいんしたよ」
畳み掛ける様に付け加えるアスティル。彼としては不本意極まりないのだ、好き放題する為に加わった海賊団で、なお我慢を強いられるのが。こうなった彼はあまり人の話を聞かない。よって説得が難しくなるのだが、通信相手の男はそれも見越している様だった。
『分かってる! だから今はオレを信じてそいつらは無視しろ! お宝がこの星にあるのは分かってんだ、探せば絶対に見つかる。オメェさんだって雑魚の相手するよか、その方がいいだろ?』
謝罪から指示へと男の言葉が移行する。恐らく彼も本気なのだろう。だからこちらの納得云々の前に、目の前の目標だけは完遂させようとしている。男の様子からアスティルはなんとなくそれを感じ取った。
「……その情報、ほんっとに間違いはありんせんね?」
本気は伝わってもやはり素直に指示に従う気にはなれない。アスティルは最後に釘を刺すつもりでそう問い掛ける。その返答は十分過ぎる、予想以上のものだった。
『ああ、なんだったらネオグリード海賊団船長、アッドマン・タイトの名を賭けてもいいぜ』
不敵に答える通信相手こと、アッドマン。アスティルは知っていた、ネオグリードという存在が、彼にとってどれだけの”宝”であるかを。そして彼にとって”宝”を賭ける事が何を意味するかを。彼の言葉に先に折れたのはアスティルだった。
「……よござんす、今回は貸しイチで水に流しんしょ?」
通信機越しにアッドマンのため息が聞こえたところで、レバーを引くアスティル。彼の乗るグレーで統一されたVAが、音も光もなくその機体を傾けた。機体はそのまま人知れずにカタパルトへと進入していく。全身が入り込み、ハッチが閉まったところでアスティルは思いついたように呟いた。
「あ、そういえば船長が探してるお宝ってなんなんです?」
言われて初めて思い出したのだろう。アッドマンは『あー』と間延びした声で答える。その後もなかなか返事がないのは、名前を忘れたからだと言う事はアスティルにも容易に想像がついた。物の価値には人一倍敏感なのに、名前や来歴には全く興味を示さない。アッドマンはそういう男なのだ。しかし例えそうであっても、今回ばかりはアスティルも呆れを隠せなかった……。
『……あーアレだ、カルマリーヴァ。世間で”邪神”だなんだってぇ騒がれてる』