聞取済み未到達欄は、晩餐会当日責任者へ一括転送できません
『聞取済み未到達欄は、晩餐会当日責任者へ一括転送』
赤い小印の文は、紙束を減らすための言葉だった。
聞取は終わった。未到達の理由も集まった。ならば、晩餐会当日の責任者へまとめて送り、当日責任者が処理すればよい。そうすれば、王宮厨房の棚は軽くなる。
転送先の欄には、リディア・ヴェルナーの名だけが、薄く先刷りされていた。
「これは、返送先ではありません」
リディアは、指先でその薄い名を隠した。
「本人別の未到達欄を、当日責任者の背中へ積むための紙です」
書記は、聞取書の束を抱え直した。
「しかし、聞取済みならば、次の担当者に渡さなければ滞ります。晩餐会当日は責任者が一名必要です」
「一名で受け取れるものと、一名へ移してはいけないものがあります」
リディアは、聞取書を四つに分けた。
ニアの夜薬棚。
カイルの帰宅灯。
エダの賃金袋。
メイの母の匙。
そして、最後に、自分の名が先に刷られた転送票を置く。
「ニアの未到達欄は、私の当日責任ではなく、ニアの喉に戻る欄です」
ニアは小瓶の栓を両手で包んだ。
「聞かれたことは話しました。でも、誰かが受け取ったことにしていいとは言っていません」
リディアは青札を一枚添えた。
『聞取済み――本人服用欄へ差し戻し。責任者一括転送不可』
「カイルの帰宅灯は、責任者名では照りません」
カイルは油皿の縁を見た。昼の光の中でも、芯の先には昨夜の黒が残っていた。
「俺が曲がり角を通るまでは、灯りの欄は終わっていません。責任者が受け取っても、足元は明るくならない」
二枚目の青札。
『聞取済み――帰着確認欄へ差し戻し。転送先は点灯継続理由を消せない』
エダの賃金袋は、まだ本人棚に残っている。
「賃金袋を当日責任者に渡すと、私が受け取ったことになりますか」
エダが静かに聞いた。
「なりません」
リディアは即答した。
「渡る先が変わるだけです。受け取る手は、エダの手でなければならない」
三枚目。
『聞取済み――本人手渡し未了。責任者受領を賃金受領に転記しない』
メイは、布に包んだ母の匙を机の端へ寄せた。
「これを当日責任者が持つと、母の手順も晩餐会の備品になりますか」
「なりません。所在照会だけは渡せます。理由は渡せません」
四枚目。
『聞取済み――所在写しのみ転送可。家族手順欄は本人説明待ち』
書記は、青札が増えるたびに眉を寄せた。
「では、責任者へ何を送ればいいのですか」
「照会写しです」
リディアは、赤い転送票の余白へ線を引いた。
左に、王宮へ送ってよい欄。
聞取番号。聞いた時刻。保管棚番号。返答先。
右に、送ってはいけない欄。
本人服用。本人帰着。本人受領。本人説明。本人未読。
「晩餐会当日責任者が必要なのは、照会先を迷わないためです。本人別の未到達を背負って閉じるためではありません」
リディアは、自分の薄い名の上にも青線を引いた。
『先刷り名――責任受領不可。本人読了まで未到達欄を保持』
その一行を書いたとき、胸の奥が少しだけ痛んだ。
自分の名を消したいわけではない。
けれど、先に刷られた名が、誰かの薬や灯りや賃金や匙をまとめて閉じる鍵になるなら、その名はまだ紙の上で止めなければならない。
「リディア様が責任者になれば、皆さんの欄を守れるのでは」
書記の声は、責めるというより困惑に近かった。
「守るために、受け取りません」
リディアは答えた。
「私が受け取れるのは、探すための写しだけです。本人に返る前の未到達を、私の当日責任として受け取ったら、もう本人の欄へ戻りにくくなります」
ニアが、自分の青札に小さく追記した。
『私の喉へ戻す』
カイルが、帰宅灯の札へ書いた。
『角を通るまで点灯』
エダが、賃金袋の札へ書いた。
『手渡し前は未受領』
メイが、母の匙の札へ書いた。
『備品ではなく家族手順』
四つの本人欄が並ぶと、転送票は軽くなった。
紙束が減ったのではない。責任の重さが、正しい場所へ戻ったのだ。
リディアは赤印の横に、最後の訂正を書いた。
『聞取済み未到達欄は、晩餐会当日責任者へ一括転送不可。照会写しのみ送付。本人別生活欄は原棚保持』
書記はしばらく黙り、やがて転送票の束から一枚を抜いた。
「では、この票はどう扱いますか」
その票には、リディアの名がさらに濃く刷られていた。
『当日責任者リディア・ヴェルナー。本人別未到達欄、到着次第、責任者読了済みへ統合』
リディアは青紐を手に取った。
「次は、その『責任者読了済み』を、本人が読んだことにできないと書きます」




