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控え鍵による到達補助は、本人の鍵音を後日有効化できません

『控え鍵による到達補助、後日有効化可』


リディアは、その追記を二度読んだ。


鍵箱の底に残っていた薄い貸出簿は、紙の端だけが妙に新しい。古い伯爵家の火印の上から、王宮厨房の整理番号が貼られている。原本鍵と控え鍵を照合すれば、昨日までの開閉も、本人の到達も、あとから有効にできる。そういう形に見える紙だった。


「控え鍵は、原本と同じ形です」


書記が説明する。


「伯爵家側で保管されていた控えと一致すれば、台所鍵が使える状態だったことを補助確認できます。ですから、未確認だった到達欄も、後日有効化――」


「鍵の形が同じでも、鳴った場所は同じになりません」


リディアは遮った。


小竈横には、まだ四つの生活欄が残っている。ニアの夜薬棚。カイルの帰宅灯。エダの賃金袋。メイの母の匙。


さっき一つずつ守ったばかりなのに、紙はすぐ別の入口を探してくる。本人の声を消せなければ、鍵の音を本人の音にしてしまえばいい。原本が鳴らなかった夜を、控え鍵であとから鳴ったことにすればいい。


「控え鍵で、ニアの薬棚を昨日開けたことにできますか」


「記録上は、開閉可能状態を――」


「飲んだ時刻にはなりません」


リディアは夜薬棚の前に青い札を置いた。


『開閉可能状態――服用到達ではない』


ニアが、その札を読んで小瓶を両手で包む。


「控え鍵で、カイルが暗い角を通ったあとに灯りを足せますか」


カイルは油皿を見た。火は今も細いが、消えてはいない。


「後日、鍵があったとわかっても」


リディアは続けた。


「昨夜の足元は明るくなりません。だから帰宅灯の欄は、控え鍵照合では閉じません」


二枚目の札を置く。


『照合時刻――帰宅時刻を代替しない』


エダは賃金袋の紐を握り直した。彼女の指は、まだ袋を受け取ったばかりの固さを残している。


「控え鍵で棚を開けられたとしても、エダが昨日賃金を受け取ったことにはなりません」


三枚目。


『開けられる棚――受け取った手ではない』


メイは母の匙を胸元に寄せた。匙の柄には、古い焦げ跡がある。伯爵家の控え鍵がどれほど正確でも、その焦げ跡を誰の記憶として扱うかまでは決められない。


「控え鍵で箱が開くことは、メイの母の匙を備品へ戻す理由にもなりません」


四枚目。


『保管可能――家族手順の返却完了ではない』


書記は困った顔で貸出簿を見た。


「ですが、伯爵家の控え鍵は、紛失や不正開閉を確かめる大事な資料です。無効にしてしまうと」


「無効にはしません」


リディアは貸出簿を破らなかった。


「控え鍵は、控え鍵として読めば大事です。どこで作られたか。誰が持っていたか。いつ照合したか。どの棚を開けられる形か。それは、不正な開閉を追うために必要です」


彼女は新しい欄を引いた。


『控え鍵照合欄――形状、保管者、照合時刻、開閉可能棚を記録』


その隣に、もう一つ欄を引く。


『本人鍵音欄――本人がその場で聞いた音、開けた棚、受け取った物、異議の有無を別記。後日有効化不可』


「同じ鍵穴に入ることと、同じ夜を通ったことは違います」


リディアの声は小さかったが、机の上の札ははっきりしていた。


「控え鍵は、昨日のニアの喉に戻れません。カイルの足元に戻れません。エダの手に戻れません。メイの母の匙の意味に戻れません。だから、到達補助を後日有効化するのではなく、未到達だった理由を守る資料にします」


ニアは自分の名を札に書いた。


『夜薬、本人服用済み。本日確認。昨日分を後日有効化しない』


カイルは油皿の横に書く。


『帰宅灯、点灯継続。本日帰路確認。昨夜の暗さを消さない』


エダは賃金袋に手を置いたまま、ゆっくり書いた。


『賃金、本人受領。本日手渡し。昨日支払済みに戻さない』


メイは母の匙の横へ、小さな字を添えた。


『母の匙、家族手順として保持。備品箱へ後日有効化しない』


リディアは四人の字を見てから、伯爵家控え鍵の貸出簿に青い線を引いた。


『控え鍵による到達補助――不可。控え鍵による未到達理由の照合――可』


紙の意味が、少しだけ反転した。


伯爵家が「あとから有効にする」ために残した控え鍵は、今は「あとから有効にしてはいけない」理由を示す証拠になっている。


そのとき、貸出簿の最後の頁から、さらに細い紙片が落ちた。


『本人鍵音欠落時、厨房管理者の聞取書をもって代替可』


署名欄には、リディアの名を書くための空白が、先に用意されていた。

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