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最強ギルドマスターは十年前のゲーム世界に転生した 〜未来知識だけを武器に、見習い傭兵から王座を目指す〜  作者: 窮北の風


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第35話 戦後

 暗闇の中、全身のあちこちから押し寄せてくる痛みは、まるで焼けた鋼の針が何本も、筋肉や骨の一本一本に何度も突き刺さってくるみたいだった。

 目を開けようとしても、まぶたは鉛でも流し込まれたみたいに重く、どれだけ力を込めてもぴくりとも動かない。

 ときおり、まぶたの隙間からわずかな光が入り込み、網膜の上で奇妙に砕け散る。黄ばんで揺れる火の明かり、空を覆い隠すような緑の葉、そしてぼんやりと揺れ続ける人影。耳元では誰かが何か話している気もするのに、内容はさっぱり聞き取れず、まるで分厚い水の膜を隔てているみたいだった。


 どれほど時間が経ったのか分からない。

 やがて、そんな雑多な光景も音も少しずつ遠ざかっていき、すべてが静かになった頃、俺はようやく深い眠りに沈んだ。


 次に目を開けたとき、視界にあったのは帆布の天幕だった。

 灰白色の布地には、濃い色の染みが一つあって、その形がちょうど、丸くなって伏せている猫みたいに見える。


「……はぁ、やっぱり元の世界には戻れてないか」

 俺は心の中で、諦め半分のため息をついた。

 現代の町中に、こんな粗い布の天幕なんてあるはずがない。まして、遠くから馬のいななきが聞こえてくるような場所ならなおさらだ。


 数秒ぼんやりしてから、ようやく首を横へ向けた。

 天幕の入口の布の隙間からは、外で揺れている火の明かりと、その向こうに広がる真っ黒な夜空が見える。

 視線を落とすと、胸から脇腹までぐるぐる巻かれた包帯の上に、まだ黒ずんだ赤い血の跡が残っていた。

 どうやら、あの小さな血瓶一本だけでは、俺の傷を完全に塞ぐには足りなかったらしい。せいぜい死神の手から、無理やり引き戻してくれた程度だ。

 毛布は半分くらい剥ぎ取られていて、胸元に小さな端っこが引っかかっているだけだった。

 俺は目をこすり、その毛布が伸びている先を見て、すぐにトーヴの姿を見つけた。


 彼女はすぐ横で、すぅすぅと小さないびきを立てて眠っている。口は少し開き、きらきら光る涎が口元から垂れて、下に敷かれた藁を小さく濡らしていた。

 小さい頃からずっと一緒に育ってきた幼なじみは、今や完全に無防備な顔で俺のそばに突っ伏し、ぐっすり眠りこけている。

 毛布はほとんど全部あっちが奪っていて、自分の体をしっかり包み込み、頭だけがちょこんと出ていた。

 俺がどれだけ寝込んでいたのかは分からない。

 でも、きっとずっとトーヴが面倒を見てくれていたんだろう。

 あの無防備な寝顔を見ていると、胸の奥にじんわりとした温かさが広がった。

 いちばん弱っているときに、そばで面倒を見てくれる人がいるというのは、それだけでとても幸せなことだ。


 俺は彼女を起こさないように、そっと指を動かし、属性画面を開いた。

 正直、ひどいことになっているだろうとは予想していた。

 だが、実際に目にした情報は、その予想すら軽く超えてきた。


【名前:コロン】

【種族:人間】

【職業:落ちぶれ貴族(Lv5)】

【経験値:132/50】(レベル上昇不可)

【筋力:2(7)】

【知力:1(3+1)】

【敏捷:2(5)】

【耐久:2(7)】

【基礎剣術Max、基礎格闘Lv4(6/40)、応急手当】

【スキルポイント:62】

【スキル:剣気斬】

【天賦:無畏】(生命本源損傷により発動不可)


「生命本源損傷……!?」

 その赤く目立つ文字を見た瞬間、心臓がどくんと跳ねた。

 これには見覚えがありすぎる。


 ゲームの中で、プレイヤーが絶対に見たくない負の状態異常、それがこれだった。

 天賦を肉体の限界以上に使い、生命本源そのものを削ったときに発生する反動。

 もっと分かりやすく言えば、自分の命を燃料にして力を引き出し、そのツケが回ってきたってことだ。

 この状態になると、天賦が使えなくなるだけじゃない。

 全能力値も、自然治癒力も、崖から突き落とされたみたいに激減する。

 実際、今の俺は全ステータスがほぼ六割近く削られていて、実質的にはLv2程度まで逆戻りしていた。

 だが、厄介なのはそれだけじゃない。

 ゲーム内のほとんどの状態異常は、時間経過で薄れたり、対応する錬金薬で消したりできた。

 けれど、“生命本源損傷”だけは別格だ。

 これを治すには、大都市の教会へ行き、司教クラスの聖職者に聖光浄化を施してもらわなければならない。

 しかも費用は馬鹿みたいに高いし、そもそもああいう雲の上の人間に取り次いでもらうだけでも一苦労だ。

 そうでなければ、この状態異常は一生ついて回る。

 一生だ!!


「終わったな……」

 俺はぎゅっと目を閉じた。

 これまでにも散々面倒な状況には巻き込まれてきたが、それでも押し寄せる絶望に呑まれないよう、どうにか自分を抑え込む。


「……トゥー・リバーズ・シティに着いてから考えるしかないか。それまでは、できるだけ大人しくしておこう」

 落ちぶれ貴族で、しかも能力値を六割も削られた今の俺なんて、普通のゴブリン兵にだって胸を張れない。


 俺は深く息を吐き、属性画面の別の項目へ視線を移した。

 今回の戦いは、確かに命を持っていかれかけた。

 だが、何の収穫もなかったわけじゃない。

 大量の経験値、六十二ポイントのスキルポイント、そして戦闘の最中に【基礎剣術】がついに最大まで上がり、専用スキル【剣気斬】が解放された。


【剣気斬】——

 ゲーム序盤の戦士職にとっては、かなり便利な範囲攻撃スキルだ。

 魔力は消費しない。剣さえあれば使える。群れた雑魚を掃除するには、これ以上なく使いやすい。

 火力そのものはそこまで高くないし、クールタイムも一時間と長い。

 だが、こういう非常時には、それだけで命綱になり得る。

 ゴブリン首領を倒したあと、最後の最後に俺が放ったあの白い横薙ぎの一撃――あれがまさに【剣気斬】だった。


 あのとき、たまたま属性画面を一目見て、スキルの解放に気づけたからよかった。

 もし気づいていなかったら、最後に囲んできた十数匹のゴブリン兵に、そのまま“ゲームオーバー”にされていたはずだ。

 とはいえ、この程度の収穫は、“生命本源損傷”で失ったものと比べれば、正直話にならない。

 トゥー・リバーズ・シティでこの問題を解決できなかった場合、その先の職業認定任務は相当厳しいものになるだろう。

「仕方ない。なるようにしかならないか」

 自分でも驚くほどしゃがれた声で、俺はぼそりと呟いた。


「コロン、起きたのぉ!」

 隣で寝ていたトーヴが、俺のため息を聞いた途端、まるで電気でも流されたみたいに飛び起きた。

 そして、天幕の天井をぼんやり見上げている俺を見つけるなり、目を丸くした。


「あ……ごめん、起こしちゃった?」

 俺は反射的に謝ってしまった。


「いや、寝てたわけじゃなくて……その、ちょっとぼーっとしてただけで」

「ふぅん、ぼーっとしてたんだぁ」

 俺はわざとらしく語尾を伸ばす。


 トーヴは、俺の視線の先にある自分の毛布姿へ目をやった。

 次の瞬間、顔がほんのり赤くなる。

 だが、恥ずかしそうにしながらも、すぐに開き直ったみたいに毛布を引っぱり、今度はちゃんと俺のほうへ掛け直してきた。


「だってぇ、けが人さんは、ちゃんとお布団かけなきゃだめだもん……」

 ぶつぶつ言いながら、袖口で口元の涎をぐいっと拭う。

 そのあと、彼女はずいっと身を乗り出してきた。

 両手を俺の頭の両脇へつき、大きな目をぱちぱちさせながら、やたら真剣に俺の顔を覗き込んでくる。


「えっ、えっ……ど、どうしたんです?」

 あまりに距離が近くて、俺は思わずどもった。

 心臓が急に速くなる。

 まさか、自分が中身だけ別人だってことがバレたんじゃ……?


「んー、んー、んー」

 トーヴは意味ありげに鼻を鳴らしながら、じっとこっちを見つめ続ける。


「いや、その『んー』は何なんですか?」

「コロン、前とちょっと違うよねぇ」

 首をこてんと傾け、トーヴは妙に真面目な顔でそう言った。


「え? どこが? 俺は俺のままですけど。たぶん、まだトーヴさんが俺のことをちゃんと分かってないだけじゃ……」

「でもねぇ――」

 トーヴはそこで、ふわっと笑った。

「トーヴ、うれしいよぉ。コロンさん、やっと“安心できる男の人”って感じになったもん」

「安心……? ああ、まあ……それは、うん。俺もそういう感じは、ちょっと……」


 言ってから、俺は内心で頭を抱えた。

 何を自分で自分のこと褒めてるんだ俺は。

 だが、トーヴはそんなことはまるで気にしていない。

 彼女はしばらく俺の顔をじっと見たあと、小さく唇を結び、こくんと頷いた。

 まるで心の中で何か大事なことを決めたみたいな顔だった。

 その表情は、俺の記憶の中にある彼女とは少し違っていた。

 真剣で、静かで、どこか揺るがないものを持っているような顔。


「ちょっと、トーヴさん……今、何か変なこと考えてません?」

 トーヴは首を横に振った。

 だが、質問には一切答えない。

 そのまま、俺のそばから少し離れると、何事もなかったみたいに包帯を手に取り、薬の手当てをしようとし始める。


「そうだ、トーヴさん。俺、何日くらい寝てたんです?」

 俺は慌てて手を伸ばし、彼女の持っていた包帯を奪い取った。

 さすがに、女の子の前で平然と服をはだける趣味はない。

 気を失っている間はどうしようもないにせよ、今は起きてるんだから、自分でやる。


「コロンさん、まるまる七日も眠ってたんだよぉ」

 トーヴは無理に取り返そうとはせず、くるりと後ろを向いて、そのまま背中を見せる形で座った。


「七日!?」

 俺の手が止まる。


「うん。コロンさん、倒れてから、みーんなすっごく心配してたの」

 トーヴの声は、くぐもっていて少しだけ遠い。


「でもね、ケンおじさんは、たぶん大丈夫だって言ってたよぉ。血をいっぱい流したから、時間がかかるだけだって」

「……ああ」

 俺は小さくうなずいた。

 やはり向こうは“生命本源”の件までは知らないらしい。ただの失血と消耗だと思っているんだろう。


「それで、今ここはどこなんです? 七日も経ってるなら……もうトゥー・リバーズ・シティには着いてるはずですよね?」

「それがねぇ」

 トーヴは少しだけ間を置いた。

「まだ山の中なんだよぉ。正確に言うと……隊のみんな、もう四日もここで迷っちゃってて、足止めされてるの」


「は?」

 俺は一瞬、言葉の意味を飲み込めなかった。

「……迷った?」

「うん」

「足止め?」

「うん」

「いや、ちょっと待ってください」

 俺は思わず声を裏返らせた。

「迷った!? 四日も!? しかも立ち往生してるんですか!?」

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