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ゴブリンを甘く見るな!――元最強ギルドマスターの俺がゲーム序盤に転生、未来知識を武器に見習い傭兵から成り上がって王になるまで  作者: 窮北の風


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第21話 貴族と勘違いされた

 冒険者ギルドの中で、すべての視線が、片手で頭上に掲げられたあの大剣へと集まっていた。


 静寂。


 死んだような静けさだった。


 数秒が過ぎ、ようやく誰かが息を吹き返したかのように、あちこちで息を呑む音と驚きの声が一斉に上がる。


「なっ……!?」

「片手であの大剣を持ち上げたぞ……あの若造、もしかして認証済みの“戦士”なのか?」

「いや、ありえねえだろ。あんなに筋肉もないのに」

「おい、分からねえなら黙ってろ。誰が力のある奴はみんなでかいって決めた?」

「違うのか?」

「お前みたいな馬鹿に説明するのも面倒だな……」


 ざわめきはみるみる広がっていった。


 だが、レシオだけは一言も発しなかった。


 ただひたすら、私が大剣を持ち上げたその姿を見つめ、口を半開きにしたまま立ち尽くしている。


 彼自身も、あの大剣を片手で持ち上げること自体はできる。三十キロ程度の重量なら、“鉄級”の戦士にとっては決して限界ではない。


 だが彼はよく分かっていた。自分には、あそこまで自然に、あそこまで安定して持ち上げることはできない。


 剣身は一切ぶれず、柄はまるで手の中に根を張っているかのようだ。筋肉の隆起すらほとんど見えない。


 そして何より、レシオが気にしたのは私の体格だった。


 彼は自分の力に自信を持っている。大柄で、筋肉も厚く、いかにも力で食ってきた男だ。


 だが目の前の若者は違う。体つきは均整が取れ、無駄がない。どう見ても“力押し”のタイプではない。それなのに、その平凡に見える身体の内側には、自分と同等以上の力が秘められている。


 ――それが意味するもの。


 レシオは粗暴で横柄だが、決して愚かではない。辺境で長く生き延びてこられたのは、その目があったからだ。


 だからこそ、真っ先にこう考えた。


 目の前のこの若者は、幼い頃から徹底した訓練を受けてきた貴族の子弟なのではないか、と。


 平民に喧嘩を売るのは構わない。だが、王都や大都市から“修行”や“見聞”のために出てきた貴族の子息に手を出すのは話が別だ。そういう連中は、その気になれば指一本で自分を潰せる。


 そこまで考えた瞬間、レシオの顔色は何度も変わった。さっきまでの威圧的な態度は、すでに跡形もない。唇を何度か動かし、何か言おうとはした。

 

 だが結局、捨て台詞一つ吐けないまま、そそくさと踵を返し、そのまま早足で冒険者ギルドを出ていった。


 人々は自然と道を開け、先ほどまで威張り散らしていた“鉄級”の戦士が、無言で去っていく背中を見送った。


 ……


 カウンターの奥から、その一部始終をケンは黙って見ていた。


 しかも彼は、レシオよりさらに深く考えていた。


 かつて民兵教官を務めていた彼は、さっき自らあの大剣を調べたばかりだ。その重さがどれほどのものか、この場の誰よりも理解している。


 あれは、彼自身が両手でようやく安定して持ち上げられるほどの重剣だ。


 それを、この若者は片手で、しかもまるで木の棒でも持つかのように軽々と掲げてみせた。


 一つの考えが、彼の脳裏をよぎる。

 ――この若者、どこかの名家の子弟ではないのか?


 その推測は、レシオのものとほとんど同じだった。


 ケンは、先ほどまで抱いていたわずかな軽視を胸の奥に押し込み、表情を改める。

 口調にも、自然と慎重さが混じった。


「君、名前は何という?」


「コロンです」


 私は大剣を下ろし、簡潔に答えた。


「コロン……か」


 ケンは頭の中で、知っている貴族の家名や子弟の名を一通り思い浮かべた。ロニクス王国には貴族が多く、南部の有力家門の噂もいくつか耳にしている。

 だが、“コロン”という名に心当たりはなかった。何度思い返しても、どの家とも結びつかない。


 それでも、彼の判断は揺るがない。


 三十キロの重剣を片手で軽々と持ち上げる若者。ゴブリンの軍勢に包囲されながら生還し、報告に戻った冒険者。“鉄級”戦士の威圧を前にしても顔色一つ変えなかった少年。

 そんな人物を、軽んじていいはずがない。


「この件は私の方で重く受け止め、すぐ上へ報告する」


 ケンは静かに頷いた。その口調には、もはや年下に向ける軽い扱いはなかった。


「君はここで休んでいてくれ。何か必要なものがあれば、彼女に言えばいい」


 そう言って、カウンターの奥にいた短髪の受付嬢を指し示し、ケンはそのまま踵を返した。


「少し、お待ちください。」


 私は彼を呼び止めた。


 ケンは足を止め、振り返る。その目には、何か言いたいことがあるのかと問うような色が浮かんでいた。


「いくつか考えがあります。もしかしたら、役に立つかもしれません。」


 私は頭の中を整理し、先ほどから考えていた提案を一つずつ口にした。


「第一に、今回ゼス村を襲ったゴブリンの軍勢は、統率も取れていて、動きにも無駄がありませんでした。小規模な敵が偶然現れたというより、最初から何かを狙って動いているように見えます。もし目標がチカ町だとすれば、こちらに残された時間はあまり多くありません。」


 ケンの表情が少しずつ引き締まっていく。何も言わず、先を促すように視線だけで続きを求めた。


「第二に、休暇中の巡回隊員をできるだけ早く呼び戻し、町の防備を強化すべきです。第三に、この件は町の住民にも伝えるべきです。何も知らずに混乱するより、前もって備えておいた方がましです。」


 そこで一度言葉を切り、最後の提案を口にする。


「第四に、双流城へ伝令を出すべきです。もし本当にゴブリンがチカ町を襲うつもりなら、最も近い援軍はあそこになります。一日でも早く知らせれば、その分だけ向こうも準備ができます。」


 話し終えると、ケンはしばらく黙ったままだった。


 私を見る目が変わっていた。さっきまで若い冒険者を見るような目ではなく、値踏みするような視線に、驚きと、わずかな緊張が混じっている。


 防衛、動員、救援。

 思いつく限りの対策を、順を追って整理して提示した。


 二十にも満たない若者がその場で口にしたとは、にわかには信じがたい内容だったはずだ。百戦錬磨の老兵でも、ここまで筋道立てて考えられるとは限らない。


 ――やはり、この少年はただ者ではない。

 ケンは内心で、改めてそう確信したのだろう。


「分かった。」


 それ以上は何も聞かず、ただ重くうなずく。その顔にはすでに、軽い好奇心ではなく、真剣な責任感が宿っていた。


 そしてそのまま、足早に奥へと去っていった。私はその背中を見送りながら、そっと胸の中で息を吐いた。


 今口にしたことは、どれも昔ゲームの中でギルド戦を指揮していた頃の癖のようなものだ。もちろん、そんな話をそのまま口に出せるわけがない。


 向こうが勝手に貴族の子弟か何かだと思ってくれるのなら、それはそれで都合がいい。

 少なくとも、この先いろいろと動きやすくなる。


「失礼します、コロン様。パーティの登録は抹消なさいますか?」


 ぼんやりしていた私に、横から短髪の受付嬢が遠慮がちに声をかけてきた。先ほどまでの気だるげな様子はもうない。背筋はぴんと伸び、口調も妙に丁寧だ。


「え? 抹消しないと何か問題があるんですか?」


 思わず聞き返した。ゲームではそんな仕組みはなかった。パーティなんて、その場で組んで、その場で解散するものだったからだ。


「隊長登録のままですと、毎年十枚の金貨を登録料として納めていただく必要があります。」


「じゅ、十枚の金貨!?」


「はい。」


「抹消します! お願いします! できれば今日中に!」


 私は即座に抹消書類に記入した。


 その瞬間、ようやく分かった。なぜカッセが、あれほどまでに金を欲していたのか。


 生活するだけでも金がかかる。冒険者パーティを維持するなら、なおさらだ。底辺の冒険者にとって、それは想像以上の負担だったのだろう。


 その後、私は手持ちの武器や使わない装備をギルドの買い取り窓口で処分した。手元に残したのは【洞察の指輪】と【カラスの編み羽】、この二つの魔法装備だけだ。


 任務達成時の追加報酬も合わせて、最終的に残ったのは金貨五枚にも届かない程度。


 さらに、「矢の刃」小隊の三人の家族へ、それぞれ金貨一枚ずつを弔慰金として送った結果、手元に残ったのは金貨一枚と銀貨三十二枚だけになった。


 この“大金”を懐に入れた私は、スズメ亭へ向かい、自分へのささやかなご褒美として少し豪勢な食事を取ることにした。


 炭火で焼いたネズミ肉の串と、バター入りのビールを二杯。


 ……これが、思いのほかうまい。


 表面はこんがりと焼け、香ばしく、噛んだ感触は皮つきの鶏胸肉にどこか似ている。少なくとも、この世界に来てから味わった食事の中では、間違いなく一番幸せな味だった。


 腹が満たされ、酒も回った私は、ふらつく足で冒険者ギルド裏手の簡易宿舎へ戻った。


 そして、そのまま柔らかな寝台へ倒れ込むと、あっという間に深い眠りに落ちた。


 ……どうして、ちゃんとした宿に泊まって、風呂に入ってから休まなかったのか。


 理由は単純だ。


 高すぎる。

 そんな贅沢に使う金が、どうしても惜しかったのだ。

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