第2話 最初の魔法装備
「だが、ここは一体どこなんだ……?」
長年ギルドを率いてきた経験のおかげか、短い驚きのあと、俺はすぐに我に返った。今は呆然としている場合ではない。まずは自分が置かれている状況を把握することが先決だ。他のことは後からいくらでも考えられる。
屋根の穴から差し込む月明かりを頼りに、俺は室内の様子を注意深く観察した。
建物はすべてオーク材で組み上げられている。少し離れた書き机の上には真鍮製の小さな置物がいくつも並び、壁には色とりどりの石片を貼り合わせた装飾画が掛けられていた。
「そうだ……これはアララン大陸(Alaren Land)最南端にあるロニクス王国(Loniux)の建築様式だ。家自体は古びているが、この手の込んだ調度品を見る限り、この家の元の持ち主は普通の平民ではなさそうだな」
ロニクス? その名前を思い浮かべた瞬間、俺は思わずぼんやりしてしまった。
どれほど昔の記憶だっただろうか。三年前か、それとも五年前か。
常に青々とした山々、国境の小さな町で鳴る風鈴の音、そして、どこか柚子のような爽やかな香りがいつも漂っていたあの空気。それらが、まるで遠い夢の断片のように脳裏へと蘇る。
「……だが、あそこはもうゴブリンの領土になっているはずじゃないのか?」
そうだ。俺の記憶では、ロニクス王国はすでに滅んでいる。第二次シャープピーク戦争(the Second Sharppeak War)の中で。
「どうして俺がここにいるんだ……?」
「待て……」
その瞬間、俺のものではない記憶が、突然頭の奥から溢れ出してきた。
コロン(Coron)。
ロニクス王国に生まれた青年。祖父はかつて王国騎士だったが、父の代になるころにはただの狩人に落ちぶれ、家族は狩った獲物を売って生計を立てていた。
彼の体には四分の一のエルフの血が流れている。しかし外見には伝説のような高貴さはほとんど現れていない。耳は尖っておらず、寿命も数百年には及ばない。ただ普通の人間より少し体格がいい程度だ。
その身体能力のおかげで、コロンは成人すると無事に見習い傭兵として登録することができた。
彼の所属する小隊は、二日前にEランク任務を受けていた。
目的地はゼス村。村が町との連絡を絶った原因を調査すること。
当初はただの豪雨で道路が崩れ、通信が途絶えただけだろうと思われていた。そのため、誰も大して気にしておらず、ほとんど小旅行のような気分だった。
新人だったコロンは当然のように村の調査役に回され、先輩たちは村の西にある鉱洞へ向かった。そこでは時折、鍛冶材料になる猫目石が採れるという噂があったからだ。
「いや……おかしい……」
記憶が流れ込むにつれて、俺の呼吸は次第に荒くなっていった。なぜなら、俺は思い出してしまったからだ。
自分の――いや、正確にはコロンの死因を。
「記憶によれば、俺は村で一番立派な屋敷に入って調査を始めた。しかし奇妙なことに村人の姿は一人も見当たらなかった。まるで全員が忽然と消えたかのようだった……」
疑問を抱えたまま二階へ上がったその時。本棚の裏に潜んでいたゴブリンに襲われた。最終的にはそいつを殺したものの、俺自身も致命傷を負い、そこで息絶えた。
……だが、それでも誰か説明してくれ。なぜ俺がゲームの世界にいるんだ?
荒唐無稽にもほどがある。
俺は自分の手を見つめた。拳を強く握りすぎたせいで、指の関節が白くなっている。二つの魂が体の中で混ざり合っていくような感覚に、どうしていいのか分からなかった。
なぜなら俺は、コロンという青年の思考をはっきり感じ取れるようになっていたからだ。
理想。信念。愛するもの。嫌うもの。
そのすべてが、やがて全身を包み込むような強い脱力感へと変わっていった。
「……まあいい」
「どうせ変えられないなら、受け入れるしかないだろう」
その考えに至ったとき、不思議と少しだけ心が軽くなった。あの世界から離れられたのも、ある意味では救いなのかもしれない。
前世の俺は現実から逃げ、ゲームの中に閉じこもって生きていた。だが今回は違う、この“未来を知る第二の人生”を、どう生きればいいのか。
「……とはいえ、この程度の体で傭兵登録とはな……」
自嘲気味に笑った瞬間、胸の痛みが稲妻のように走った。その痛みが、俺に別のことを思い出させる。
ロニクス王国。
ゲームの中ではすでに存在しない国だ。だが俺がこのゲームを始めた頃、この国はまだゴブリン軍の侵攻を受けていなかった。
つまり――今この世界で、これから起こる出来事を最もよく知っているのは、俺ということになる。
戦争の幕開けは、ロニクス王国の一方的な敗北から始まった。その後、同盟国の騎士団が到着することで、ようやく戦況は持ち直した。
隣国出身のプレイヤーだった俺は、その戦争の記憶を鮮明に覚えている。かつて地方騎士団と共に行動したこともあり、人類が敗北した後の悲惨な光景は今でも忘れられない。
「……もしかしたら、これが運命なのかもしれないな」
俺をこの世界に蘇らせた理由。
それは――この世界を救うため。
「ロニクス……」
「俺は、また戻ってきたぞ」
……
古びた木造の家だったが、室内の様子を見る限り、かつての住人は丁寧に暮らしていたらしい。
床には色石を組み合わせた額縁が落ちていた。石片のいくつかが外れており、その裏から小さな宝石箱が顔をのぞかせている。
「待て……これって、まさか『ゼスの絵画』じゃないか?」
俺は驚きながら壁を支えに近づき、周囲の物音に注意を払った。
さっきの、ぼろ布の前掛けだけを身につけたゴブリンは、おそらく軍勢の中でも最下級の斥候に過ぎない。倒すのは難しくないが、こいつがここにいるということは――ゴブリン軍はすぐ近くまで来ている可能性が高い。ゼス村の住民が消えたのも、きっと奴らの仕業だ。
ゲームではスキルを使えば簡単に倒せるモンスターだが、現実の戦闘力は普通の成人男性とほぼ同じだ。コロンが不意打ちで殺されたのも、無理はない。
俺は額縁の中から宝石箱を取り出し、ゆっくりと蓋を開けた。すると、中から青い金属光沢を放つ指輪が転がり出た。
その瞬間、俺は思わず息を呑む。このデザインには見覚えがあった。
ミスリル製の指輪が暗闇の中で淡く光り、中央の透明な宝石には“目”の形が刻まれている、さらに指輪の内側には、エルフ文字でこう刻まれていた——
「叡智の眼、すべてを見通す」
俺は親指でそっと指輪を拭いた。
まさか復活したばかりで、「ゼスの絵画」クエストの報酬を手に入れるとは。
この指輪――『洞察の指輪』、ゲーム初期バージョンでは非常に有名な魔法装備だった。古代エルフの墓から盗賊が持ち出したという伝説があるが、後のアップデートでゲームから完全に消滅した装備だ。最終的にこのクエストを完了し、報酬を得たプレイヤーはごくわずかだった。
俺自身は入手したことがない。ただフォーラムで背景設定を読んだだけだ。
だが、この指輪が存在するという事実だけで分かる、ここは確かに、俺が知っているあのゲーム世界なのだ。
少し迷ったあと、俺はゆっくりと指輪を人差し指にはめた。
その瞬間、視界がぱっと明るくなり、目の前に半透明の画面が浮かび上がった。
【洞察の指輪】
【知力+1】
【特殊効果:エネルギーを消費して灼熱の光線を発射し、正面の敵に30ダメージを与える(貫通効果あり)】
……
「な、なんだこれは……?」
「ステータス画面……なのか?!」




