第19話 冒険者ギルド
ドン――
酔いつぶれた中年男が酒場の用心棒に放り出され、私の足元に転がってきた。男は悪態をつきながらふらついて立ち上がり、手にした酒瓶を再びあおる。
酒場の脇の通りでは、派手な服装の女が貝殻のネックレスを握りしめ、目の前の商人と激しく言い争っていた。その傍らでは、小さな男の子が母親の手を引かれながら、通りの向かいにある鍛冶屋を食い入るように見つめている。汗だくの職人たちが鉄を打つ光景に、興味津々といった様子だ。
ここがチカ町。
正確には、冒険者ギルドのある繁華街だ。外から来た旅人も、この町の住人も、ほとんどがここで金を落とす。
「ねえ、お兄さん。うちでオートビールでもどう?」
甘ったるい声が耳元で響いた。
振り向くと、壁にもたれかかった二人の女が、こちらに向かってしきりに手招きしている。どちらも挑発的な格好で、片方はわざと腰を落として胸元を強調してみせた。
だが、私は特に動じない。もう昔のような青臭い少年ではないのだ。軽く笑って手を振り返し、そのまま足を止めずに前へ進む。
視線の先には、目的の建物があった。
ゴシック様式の石造建築。壁一面に精緻な彫刻が施され、荘厳でありながらどこか威圧的な雰囲気を漂わせている。
中に入る前から、思わず姿勢を正したくなるような空気だ。
看板はない。
だが、出入りする冒険者たちを見れば、誰でも分かる。
――冒険者ギルド(チカ町支部)。
「やっと戻ってきた……」
私は大きく息を吐き、扉を押し開けた。
中は広々としたホールになっており、外観と同じくゴシック調の内装で統一されている。様々な装備を身に着けた冒険者たちが行き交い、誰もが忙しそうに歩いていた。
記憶を頼りに、私は奥のカウンターへ向かう。
高いカウンターの向こうには、短髪の受付嬢が一人。整った顔立ちだが、どこか気だるそうに座っている。
私は近づき、用意していた袋をカウンターの上に置いた。中には今回の戦利品――ゴブリンの耳が詰まっている。
「すみません、依頼の報告に来ました。」
彼女は重そうなまぶたを持ち上げ、私を一瞥したが、袋には手を触れない。
「依頼書。」
「あ、はい、こちらです。」
「所属パーティの印章。」
「どうぞ。」
私は懐から羊皮紙と小さな印章を取り出し、差し出した。
どちらもカッセの荷物から見つけたものだ。依頼内容とパーティ番号が一致していなければ、報告は受理されない。
持ってきて正解だった。これを忘れていれば、完全に無駄足だっただろう。
「“矢の刃”?」
「え?……ああ、はい。」
一瞬何のことか分からなかったが、すぐに理解した。
それが、あの小隊の正式名称だ。
荷物運びの私に、隊長がわざわざ教えるはずもない。
受付嬢も特に気にした様子はなく、それ以上は何も聞いてこなかった。
だが、隣のカウンターにいた大柄な男が、こちらを振り向いた。
「おい坊主、お前“矢の刃”の連中か?」
振り返ると、戦士風の中年男だった。筋肉の塊のような体つきで、背には二本の片手剣。顔に走る大きな刀傷が、いかにも荒くれ者といった印象を与えている。
無遠慮な口調に、わずかに眉をひそめつつも、私は簡単に答えた。
「まあ、そんなところです。まだ正式なメンバーではありませんが。」
「なんだ、ただの雑用係か。つまんねえな。」
ドン――
そのとき、短髪の受付嬢が金袋を一つ、私の前のカウンターへ放り投げた。続いて依頼書に目を落とし、小声で読み上げる。
「ゴブリン兵十一体、報酬は合計で銀貨十一枚。それから……ゼス村との連絡が途絶えた原因は――」
「えっ?!ゼス村でゴブリンの軍勢を確認、さらに住民は捕虜、もしくは殺害された可能性がある?!」
彼女は目を大きく見開き、さっきまでの気だるさは完全に消えていた。明らかに、記載内容に衝撃を受けている。
「この内容、本当に事実なんですか?」
「認めたくはありませんが、すべて私たちが実際に遭遇したものです。」
「分かっていますか?これは重大な案件です。虚偽報告であれば、王国法に基づいて処罰されますよ。」
「ご安心ください。国境の安全に関わることです。嘘をつく理由がありません。疑うなら、巡回隊を派遣して確認していただいて構いません。」
私の真剣な様子を見て、受付嬢はしばし言葉を失った。やがて「ここでお待ちください」とだけ言い残し、カウンター奥の部屋へ慌ただしく駆け込んでいった。
……
そのやり取りを聞いていたギルド内の冒険者たちが、一斉にこちらへ集まってくる。
「今の話、本当なんですか?」
「ゼス村で何を見たんです?本当にゴブリンの軍勢が?」
「ありえねえだろ、ゴブリンごときが軍なんて。話を盛ってるだけだ。」
「でも、こいつ確かに耳を十一個提出してるぞ……」
「たまたま運が良かっただけだろ……」
質問、疑念、ざわめき。だが、それらはすべて私の耳には、ただの雑音にしか聞こえなかった。
……うるさい。
内心でそう思い始めた、そのとき。先ほどの受付嬢が、一人の老人を連れて戻ってきた。
白髪をきっちりと整えた老人だった。鋭い眼光はまるで鷹のようで、その場に立った瞬間――騒がしかったホールが、一気に静まり返る。
「若者よ、こんにちは。私はこの冒険者ギルドの責任者、ケンだ。」
老人はゆっくりと名乗り、真剣な表情で私を見据えた。
「事が事だ。もう一度確認させてほしい。先ほどの十一体のゴブリン兵以外に、証拠となるものはあるかね?」
その問いに答えようとした――その瞬間。
横から、先ほどの強面の男が大声で笑い出した。
「はははは!ケンよ、嬢ちゃんが見抜けねえのはまだしも、お前までこのガキの戯言を信じるのか?」
男は鼻で笑いながら、こちらを指さす。
「どうせこいつ、依頼のランクを吊り上げて、報酬を増やしたいだけだろ。」
「俺の予想じゃあな……こいつの所属してる“矢の刃”って小隊、もうこいつ一人しか残ってねえんじゃねえか?」
男はにやりと口元を歪めた。
「……違うか?坊主。」




