第15話 帰還の途上
戦場の後始末は、終始どこか重苦しく、単調な空気の中で進められた。
ゲームのように、マウスをクリックすれば一瞬で死体から戦利品を回収できるわけではない。現実での収集作業は、はるかに手間がかかる。
まず、生き残っていたゴブリンの死体から順に左耳を切り取り、専用の袋へ入れていく。
最も価値の高いゴブリン精鋭戦士については、すでに灰となっていたため、証拠として残せるのはあの大剣だけだった。だが、それがチカ町の冒険者ギルドで討伐証明として認められるかは分からない。
続いては細かな捜索だ。
対象はそれほど多くないとはいえ、少しでも利益を増やすため、私は松明を掲げて周囲を丁寧に調べて回った。特に、持ち運びやすく価値のありそうな物に目を向ける。
だが結果は散々だった。
ゴブリン兵たちは驚くほどの貧乏ぶりで、身につけているのは穴だらけの皮鎧だけ。下着すら履いていない。
かつてゲームでは、野原のウサギでさえ銅貨を落としたというのに。
もちろん完全な空振りではない。正体不明の緑色の宝石が二つ、状態のいい革ベルトが一本、そして少量の銅貨。
やや重みのある袋を手に取り、足元の死体を見下ろす。……この個体は、群れの中では比較的“頭の回る方”だったのかもしれない。
一方で、アンデッドプリーストの方は完全に期待外れだった。何かしらの収穫があると思っていたのだが、あのローブ以外にはまともな持ち物すらない。金袋もなければ、魔法装備の類も見当たらない。
ルクとシモンズの武器を回収し終えた頃、隊長カッセも応急処置を終えていた。
「どうだ、全部調べ終わったか?」
彼は壁に手をつきながら立ち上がる。失われた下腿は包帯で簡単に処理され、脇には木の棒を杖代わりにしている。動きはぎこちないが、なんとか歩ける状態だ。
「大体は。見落としはないと思います」
「本当にか? 一番大事なものを見逃している気がするがな」
カッセは顎で遠くを示す。その視線は、アンデッドプリーストの倒れた場所へ向いていた。
私は首をかしげる。
おかしい。
確かに現実とゲームには差があるが、価値のある物を見落とすことはほとんどないはずだ。
あの灰は何度も確認した。装備どころか、紙切れ一枚でも見逃すはずがない。
「そのローブ、見ていないのか?」
カッセはしびれを切らしたように言う。
「コロン。俺の職業は分かっているな。レンジャーにとって必要なのは、木登りの技術でも、体力でも、弓の腕でもない」
「一番重要なのは“警戒心”だ。遠くを見て、音を聞き分ける。それができなければ、命取りになる。……あのメイジが、どうやって俺たちの目の前まで近づけたと思う?」
その言葉を聞いた瞬間、私ははっとした。
森の中で、カッセはすでにその能力を見せていた。遠くのスケルトンアーチャーをいち早く察知し、即座に反撃していたのだ。
それなのに、アンデッドプリーストに対しては、その感覚がまるで働いていなかった。姿が見えて初めて、ようやく全員が気づいた。
――答えは一つしかない。
あの汚れたローブこそが、魔法装備だったのだ!!
実際、カッセの言う通りだった。
ローブを羽織った瞬間、私のステータスに新たな情報が表示される。
【烏の編み羽】
【敏捷+1】
【特殊効果:装備中、移動時の存在感を低減】
……
着てみた第一印象は、とにかく蒸れる、だった。
真夏にこれを着たまま歩けば、間違いなく汗だくになるだろう。
それでも――間違いなく魔法装備だ。
「これだ!」
カッセは私からローブを受け取ると、縫い目を撫でながら目を輝かせた。
その顔には、仲間を失った悲しみも、自身の傷も、すべて消えてしまったかのような興奮が浮かんでいる。
「おそらく一環魔法が付与されている。でなければ、俺たち全員の感覚をすり抜けるはずがない」
私はそこまでの高揚は感じていなかった。
装備として悪いわけではない。ただ――この程度の低位装備では、どうしても心は動かない。
その後、村の西側の空き地に穴を二つ掘り、ルクとシモンズを埋葬した。
すべてを終え、ようやくその場を離れることにする。
だが、出発の直前、カッセの様子にわずかな変化があることに気づいた。
先ほどまでの高揚が、ある瞬間を境に急速に冷えていったのだ。
彼は何度も、自分の失った脚へと視線を落とす。
見つめては逸らし、また見ては逸らす。
そして無理に笑みを作りながら、名残惜しそうに私が再びローブを羽織るのを見ていた。
「……そろそろ行くぞ。チカ町に戻って報告しなければならないし、俺も治療が必要だ」
そう言って、カッセは静かに前を向いた。
……
帰り道は、ひどくゆっくりとしたものになった。
隊長カッセは歩くのもやっとの状態で、私はというと荷物を背負いすぎていた。
それに加えて、私たちはチカ町へ続く大通りを使わず、わざわざ東側の森を迂回して進んでいた。
カッセの話では、その方がゴブリンやアンデッドとの遭遇を避けられるらしい。
そのため、私たちがようやくゼス村外縁の森の端に辿り着いたのは、翌日の夜になってからだった。
ギシ……
落ち葉を踏みしめる革靴の音に、遠くの茂みから鳥が一斉に飛び立つ。
山の下の方には、曲がりくねった川がかすかに見えていた。
月光に照らされた水面は揺らめき、空の星よりも強く輝いている。
「水の匂いが感じられるようになれば、チカ町はもう近い。遅くとも明日の夜には、乾いた柔らかいベッドで眠れるだろう」
カッセは遠くの川を指し、穏やかな笑みを浮かべた。
「それは助かります……チカ町に戻れたら、一日中寝てしまいそうです」
目的地がはっきりしたことで、私もようやく少し肩の力が抜けた。
普通の街道なら、アラレン大陸を横断することにもある程度の自信はある。だが森の中では話が別だ。方向すら見失うかもしれない。
それに、転生してからというもの、張り詰めた状態が続き、野宿続きの生活で心身ともに限界に近かった。今の言葉は本心だった。
「はは、もう遅い。ここで野営にしよう」
やがて焚き火が起こされ、その上に組まれた簡易の台には、へこんだ鉄鍋が据えられる。中では野草のスープがぐつぐつと音を立てていた。
私は隊長と向かい合うように座り、湯気の立つ椀を手に取り、少しずつ口に運ぶ。
「隊長、町に戻った後はどうされるんですか?」
切り分けた黒パンを差し出しながら、包帯に巻かれた右脚へと視線を落とす。
「はは……脚のことが気になるんだろう?」
カッセは軽く手を振り、笑い飛ばした。
「これよりひどい怪我だって何度も経験している。心配するな。町の教会に行けば、どんな傷でもどうにかなる」
私は小さくうなずいたが、それ以上は何も言わなかった。
揺れる炎は次第に熱を失い、代わりに胸の奥から説明のつかない苦しさが込み上げてくる。呼吸が詰まりそうになるほどの重さだった。
――アラレン大陸の教会には、失われた四肢を再生させる力など存在しない。
「さて、一日中歩きっぱなしで、そんなに荷物も背負っているんだ。相当疲れているだろう」
カッセは立ち上がり、尻についた土を軽く払う。
「いつも通り、前半の見張りは俺がやる。周囲に警戒用の罠も仕掛けておくから、お前は先に休め」
私は、夜の闇に溶けていくその背中を見送りながら、深く息を吐いた……
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