第13話 悔恨
食物連鎖の底辺にいる冒険者にとって、多くの場合、人の実力は見た目だけでもある程度判断できる。
華奢な体つきの者は、大抵近接戦闘能力も高くはない。逆に、筋肉が盛り上がり体格の大きな戦士であれば、その見た目に見合った力を持っていることが多い。
ゴブリンの精鋭戦士はおよそ190センチほどの身長を持つが、ゾンビと化した今、その骨格も筋肉もさらに強化されていた。遠目には、まるで直立した熊のように見える。
それに比べてルクは、わずかな獣人の血を引いているとはいえ、体格はせいぜい一般的な成人男性より少し大きい程度だ。狂化状態に入っても、ようやく相手の肩に届くかどうか。
並べば、大人と中学生ほどの差がある。
先ほどまで私は四体のゴブリン兵との戦闘に集中しており、もう一方の戦場の状況にはまったく注意を払っていなかった。
振り返ったとき、目に入ったのは――空中に静止するルクの姿だった。
あの耳をつんざくような咆哮も聞こえない。動きもない。いつも握っていた両手斧も、力なく地面に斜めに突き立っている。
――すでに、声を発することすらできなくなっていた。
折れた骨が皮膚を突き破り、右肩から突き出している。胸は深く陥没し、全身はぼろ布の人形のように歪んでいた。
その身体を、ゴブリン精鋭のゾンビが髪を掴んで宙に持ち上げている。
次の瞬間、視界が白く弾けた。
ブシャッ。
温かい液体が顔に飛び散る。
前方では、ルクの身体が振り子のように揺れ、数秒後、上半身だけが地面に落ちた。
「うああああっ!くたばれえええっ!」
長年の仲間が目の前で惨殺された光景を見て、カッセは悲痛な怒号を上げた。
太腿を押さえていた手を離し、溢れる血をそのままに、地面に落ちていた弓を掴み取る。
力任せに引き絞る。弦は極限まで張り詰め、弓は今にも折れそうなほどにしなる。
冷たい光を放つ鉄の矢が、震える指に挟まれ、ゴブリンの頭部へと向けられる。
呼吸を整える余裕も、狙いを定める余裕もない。
失血と激痛による眩暈が、波のように彼の意識を揺さぶる。腕は震え、もはや矢を安定させることすらできない。
バンッ!
ヒュッ――
放たれた矢は一直線に飛び、瞬時にゴブリンの目前へと到達する。
だが、放つ瞬間のわずかな震えにより、軌道はわずかに下へ逸れた。矢は深く、ゴブリンの首に突き刺さる。
もし相手がまだ生者であれば、この一撃でも致命傷になり得た。
だが今のそれはゾンビだ。頭蓋の中にある魂火を砕かない限り、どれほどの損傷も意味を持たない。
矢を受けても、ゴブリンはただ首をわずかに傾けただけだった。そしてゆっくりと、地面に倒れたカッセへ視線を向ける。その口元には、嘲るような歪んだ笑みが浮かんでいた。
「く……くそ……!」
カッセは力なく腕を下ろし、蒼白な顔で前を見つめる。
強すぎる。
まるで勝負にならない。
隊の中で最も強いはずのルクですら、十秒と持たずに殺された。他の誰であろうと、剣を抜く間もなく拳だけで叩き潰されるだろう。奇襲がなかったとしても、正面から戦って勝てる相手ではない。
――ここで終わりか。
ゴブリン精鋭は首に刺さった矢など意にも介さず、同情の欠片も見せない。
重剣を持ち上げる。
次の瞬間、その巨体はすでにカッセの目の前に迫っていた。
死の影が覆いかぶさる。
振り下ろされる刃。
「Zako!」
ブン――
赤い光が一閃する。
ゴブリンの耳元から侵入した光線は、反対側のこめかみを貫いた。
巨体はその場で硬直し、掲げた剣ごと静止する。
眼窩の奥で揺れていた蒼い炎が一度だけ強く瞬き、そして完全に消えた。亀裂が傷口から全身へと走り、あっという間に身体を覆い尽くす。
二秒後、その身体は砂の城のように崩れ落ち、灰となって消えた。
ガラン――
重剣が地面に落ち、土埃が舞い上がる。
「コ……コロン!?」
赤い光の飛んできた方向を見て、カッセは言葉を失う。
そこには片腕を掲げたまま立つ私の姿があった。
「お前……メイジだったのか!?」
私はその問いに答えず、ただ静かに首を横に振った。
距離がありすぎた。間に合わなかった。だからこそ《洞察の環》を使うしかなかったのだ。
本来なら、アンデッドプリーストとの戦いまで温存するつもりだった。あの手の相手は、何かしらの奥の手を隠している可能性が高い。そして今の自分の魔力では、一度しか使えない。
だが後悔はない。
もう一度同じ状況になっても、私はきっと同じ選択をする。隊長を見殺しにすることなど、できるはずがない。
今、最優先すべきは――アンデッドプリーストの排除だ。
「隊長、まずはアンデッドプリーストを!」
追及を遮り、私はすぐさま振り返って駆け出した。
まだ癒えきっていない傷に加え、立て続けの戦闘。肺が焼けるように苦しい。
昨日まで魚一匹さえ捌いたことのなかった自分にとって、すでに限界に近い。
長距離の移動、刃による致命傷寸前の負傷、そして何度も込み上げてきた嘔吐を必死に堪えてきた。
足が重い。
まるで自分のものではないようだ。
帰りたい。
風呂に入りたい。
柔軟剤の匂いがするあのベッドで眠りたい。
……それにしても、あのアンデッドプリースト、ゲームよりずっと醜いな。
……
十数メートル先、ローブの下でアンデッドプリーストがゆっくりと手を持ち上げる。
開いた掌の中に、緑の光が集まり始める。
……
「間に合わないか……」
「これで、帰れるのかな……」




