第1話 目覚め
「警告! HPが10%未満です……」
「警告! 敵から致命的な一撃を受けました。即死効果を発動……」
「……キャラクター死亡……」
再び目を開けたとき、頭の中はまだぼんやりとしていた。耳の奥では、さっきまで鳴り響いていたあの不快な警告音が、まだ消えずに残っている気がする。
記憶に残っている最後の光景は、ゲームの仲間たちと共にダークフレイム・ドラゴン (Darkflame Dragon)の侵攻を食い止めようとしていた、あの激しい戦闘の場面だった。
焼けるように赤く染まった空、崩れ落ちた街の建物、地平線の果てまで続く魔族の軍勢。そして、恐怖に耐えきれず敗走していくホワイトストーン・シティ(Whitestone City)の近衛兵たち。
「くそったれのダークフレイム・ドラゴン ……! それにあの役立たずの近衛隊ども!」
思い出すだけで、奥歯を噛みしめたくなる。
もしあの腰抜けどもが逃げ出さなければ、俺たちが背後から奇襲を受けることもなかったはずだ。ただでさえ崩壊寸前だった戦線は、あの瞬間に完全に瓦解してしまった。
だが、腹が立っているのは、自分のキャラクターが殺されたことではない。キャラクターは死んでも、市政庁で復活できる。
本当に受け入れがたいのは――半年もの準備をかけた大型イベント「ホワイトストーン・シティ防衛戦」が、おそらく完全な失敗に終わったという事実だった。
俺はこの大型VRオンラインゲーム、**『栄光の玉座(スローン・オブ・グローリー / Throne of Glory)』**において最大ギルドのギルドマスターを務めている。このエピック級クエストのために、半年もの時間をかけて準備を整え、投入した資金も莫大なものだった。
それなのに、すべてが台無しになった。
「三百人が昼夜を問わず頑張ってきた努力が……これで全部水の泡かよ……」
仲間たちと共に戦い抜いた日々を思い出すと、胸の奥から深い自責と鬱屈が込み上げてくる。そして同時に、今回の敗北がギルドの終焉を意味するかもしれないことも、俺は嫌というほど理解していた。なにしろ、ギルドの資金はほとんどこの作戦に注ぎ込んでしまったのだから。
「いや、諦めるわけにはいかない。戦場に戻らないと……まだ挽回できるかもしれない!」
ギルドマスターである俺が諦めてどうする。こんな時こそ前に出て、仲間と共に戦うべきだ。たとえ勝ち目がほとんど残っていないとしても。
そう思って体を起こそうとした、その瞬間だった。胸の奥を、鋭い痛みが突き刺した。
「ぐっ……!」
思わず低い声が漏れる。眉をしかめながら視線を落とすと、そこには信じられない光景が広がっていた。
本来なら身に着けているはずの最上級装備――「女神カミスの輝鋼鎧」は消えていた。代わりに体に貼りついているのは、血で汚れた半袖の麻シャツだ。
しかも胸元は鋭利なもので切り裂かれており、その下には手のひらほどの長さの傷が走っている。傷口からは、まだ赤い血がにじみ出ていた。
「どういうことだ……?」
復活した直後なら、普通は無傷のはずだ。それに装備だって落ちない。まして俺の装備は全部ソウルバインドだ。
だが今は、その疑問をゆっくり考えている余裕はない。傷ならポーションやプリーストの回復スキルで治せる、装備も倉庫から取り戻せる。だが前線の戦闘は、俺を待ってはくれない。
そう思いながら体を起こしたとき、俺は初めて自分の脚が何かに押さえつけられていることに気づいた。
見れば、頭に短剣が突き刺さったゴブリンの死体が、俺の脚にのしかかっていた。
身長はせいぜい一メートルほど。醜い緑色の肌をした小型モンスターだ。驚異的な繁殖力と野外適応能力を持ち、ゲームマップの至る所に出現する。だが戦闘力は低く、食物連鎖の最下層。プレイヤーたちからは「アララン大陸( Alaren Land)に張り付いた野生のフジツボ」とまで言われている存在だ。
鼻の奥に、腐った草のような匂いが入り込んでくる。ゴブリンの黄色い血の臭いだ。
俺は顔をしかめながら死体を押しのけようとしたが、アリのように弱いはずの低級モンスターの死体が、なぜか妙に重く感じられる。
「重傷で虚弱状態にでも入ってるのか……?」
ようやく死体を横にどかすと、俺は腰のぽしぇっとへ手を伸ばした。そこには普段、応急薬品や小道具を入れている。
しかし指先には何も触れなかった。そこにあるはずのポーチが、ぽしぇっとく消えていた。
「この緑皮の泥棒どもめ……」
考えるまでもない。復活を待っている間に、他のゴブリンに装備を漁られたのだろう。奴らは男の死体自体には興味がないが、身に着けている物は容赦なく奪っていく。
小さく愚痴をこぼしたが、胸の痛みが今の最優先事項を思い出させた。まずは止血しなければならない。
本来ならポーションが最善だ。俺は外出するとき、万一に備えて常に二本です持ち歩いている。飲めば即効性があり、痛みを抑え、傷も回復してくれる。
このゲームは神経接続型システムを採用しているため、プレイヤーは痛みや匂い、触感まで現実のように感じることができる。まるで本当にその世界にいるかのように。
だが今の状況で回復薬を見つけるのは難しそうだ。仕方なく、代わりに治療用の包帯を探すしかない。
包帯なら戦場にはいくらでも落ちているし、普通のモンスターからドロップすることもある。今回の任務の前にも、ギルドの新人背負い袋いっぱいに詰め込んでいるのを見たばかりだ。
新人は新人だ。包帯が多ければ死なないとでも思っているのか。
俺は立ち上がろうとして体を返したが、その瞬間、思わず動きを止めた。
「……待て。ここ、本当に白岩城なのか?」
巨大な白い花崗岩の城壁もない、戦旗も煙もない、戦場の叫び声も聞こえない。
目の前にあるのは、屋根に大きな穴の空いた静かな古びた木造小屋だけだった。月光が腐りかけたオーク材の床板に降り注ぎ、赤黒い血痕が俺の足元まで伸びている。
ふと視線を横に向けると、ゴブリンの死体の手には錆びた短剣が握られていた。
その瞬間、俺はある事実に気づく。
胸の傷は、このゴブリンにつけられたものだ。
あり得ない。
俺はこのゲームで世界戦闘力ランキングトップ10に入るプレイヤーだ。レベルはとっくにカンストし、五度の職業昇格を終え、「黄金の肉体(ゴールデン・ボディ / Golden Body)」と呼ばれる、物理ダメージの九割を無効化する能力だ。
小さなゴブリンなど論外だ。たとえ幼竜でも、素手で俺の体に傷を残すのは難しいはずだ。
それなのに今、俺は錆びたナイフで切りつけられている。
信じられない。
「まさか……ゲームのバグか?」
中央サーバーのデータエラーでレベルが初期化されていたらどうなる? そんなことになったら、俺にとっては死刑宣告と同じだ。
慌てて頭の中でゲームメニューを呼び出す。まずは運営に連絡して状況を確認しなければならない。最悪の場合、一度ログアウトして対応を考える。
何度試しても、あの見慣れた光のウィンドウは現れない。
それどころか、メニューがないということは――ゲームからログアウトすることもできないということだ。
「……まさか、ゲームに閉じ込められたのか……? もし長時間ゲームポッドから出られなければ、俺は現実世界で餓死するかもしれない。」
俺はその場に立ち尽くし、必死にメニューを呼び続けた。しかし胸の痛みが強くなるばかりで、何も起こらない。
どれほど時間が経ったのか分からない、そのとき、突然、見覚えのない記憶が頭の中へ流れ込んできた。
そして俺の不安は、最悪の形で証明される。
俺は本当に、このゲームの世界に転生していた。
しかも魂は、コロン(Coron)という青年の体に宿っていたのだ。
「……まずい」
「これは、本当にまずいぞ……」




