01 エレット会(プロローグ)
「だから!お姉さまは、ヒロインで主人公ですの!!」
私ことリリエットがそう叫ぶのは、この転生に気づいてから定例で行っている、姉妹での近況報告お茶会、――通称、エレット会でのことだ。
一方の、姉であるエレノアは、いつものように、のほほんとした表情で、それでありながら貴族らしく優雅な所作でカップを口元へと運ぶ。やがて広がる紅茶の余韻までも十分に楽しんだのだろう後に、小さく息を吐き、頬に手を添え小首を傾げては、不満げに言うこの言葉もいつも通り。
「リリちゃんが悪役令嬢って言うのが納得いかないわ。こんなに可愛らしいのに。」
「私のことはいいんですの!!」
この世界が物語の中であることはすんなり受け止めたのに、妹が悪役令嬢であることには、何度言っても納得してくれないエレノア。
物語の中の私の悪役令嬢ぶりは度を越えている。なんなら、転生に気づく時点まででも相当なものである。その悪濁卑劣さも本来ならこれからドンドンと真価を発揮されるのだが、そんな未来であっても、まるで揺るがない姉の特大なシスコンぶりに頭を抱える。
「セレスティン様とのお茶会には、ぜぇーーったいに!参加してくださいましね!!」
――セレスティン様。この国の王太子殿下であり、物語の中心へと立つヒーロー。そして、私の「破滅フラグ」の引き金となる人物である…。
「でも、殿下はリリちゃんの婚約者でしょう?私、嫌よ、リリちゃんを1番に考えられない人なんて。」
プリプリ頬を膨らますシスコンエレノア、略してシスノア。転生に気づいた私が、慌てて何もかも明け透けに話してしまったのが不味かった。
「だから、それには理由が...。」
殿下と私の婚約は権力にものを言わせた強引なものであった。その後、姉の屋敷内での冷遇が発覚し、怒った殿下の手により、瞬く間に母は罪人となり、父は僻地へ送られ、婚約が異母姉妹である姉へと結び直されたのだ。その手際の良さたるや、本当に一瞬の、一夜か二夜かの出来事で、何が起こったのか分からなかった。
それまで両親に溺愛され、純粋培養な悪役令嬢らしい活躍をしまくっていた私も、ついでとばかりに、そのまま断罪されそうになっていたところを、シスノアの鶴の一声で、何とか殿下の怒りの包囲網から抜け出せることとなった。
ここまではよかったのだが、
気づいていなかったのだ………、
姉はリリエットの殿下への恋心を、リリエットは殿下の恐ろしさを…。
失恋の傷を受けたリリエットは姉に辛く当たり、ちょっと大きめないつもの癇癪と解釈した姉がのらりくらりとしている内に、殿下の堪忍袋の緒が切れるのだ。
殿下に一刀両断されるた時の体が一瞬にして冷たくなる感覚と、それを庇おうと前へと飛び出した姉から与えられた温かな安らぎを、まるで経験したかのように肌に感じた。
「今回の殿下とのお茶会は、運命の分岐点ですのよ!」
このまま姉妹でハッピーエンドに辿り着くには、シナリオはあまり変えないまま、殿下に姉を好きになってもらいつつ、私への悪感情はなるべく取り除く方向で動かなければならない。
まあ、私の悪役度合いを程々に抑えようとも、ちょっとのきっかけで、お姉さまの美しさと優しさと、誰をも包み込むような微笑みがあれば、殿下だって、きっと――
「失恋の痛みからは立ち直りましたわ!!物語の中の殿下は、私の恋心など露ほども知りませんでしたの!!私がひた隠しにしていましたから!!」
これは嘘、私の恋心なんて、殿下は無論、鈍感なお姉さま以外、隣国の犬までもが知る周知の事実。なのに殺したのだ、ただの煩わしい虫を一匹仕留めるように。嫌なヤツ!嫌なヤツ!嫌なヤツ!
…でも、お姉さまへの愛は本物だった。お姉さまのことを思えば、あんなのでも、万能なよく働く駒だわ!
エレノアは困ったように微笑み、
「どちらにしろ、リリちゃんのドレスが見られるのは楽しみね。」
根負けしたという表情の、お姉さまのお茶会への参加の返事に、私は胸を撫で下ろす。
「エレノアお姉さま!!」
相変わらずニコニコと微笑むばかりのお姉さまに、
私はそっと佇まいを戻し、カップを手に取った。
「では、作戦会議を始めますわよ、お姉さま。」
お姉さまがくすりと笑う。
「ええ、楽しそうね。」
この広い庭園内で、2人の会話に応えるように、風がそっと花びらを舞い上げる。まるで、これから始まる新しい物語を祝福するように。




