第3章 堂島組の幹部殺害
堂島組の幹部、坂東義隆が殺された——その報せが入ったのは、美咲の失踪から三日後の夜だった。
坂東は五十代半ば。組の中では古参で、薬物と風俗のルートを握っていた男だ。死因は刺殺。場所は北加賀屋の倉庫街。だが、警察が現場に着いたとき、遺体は跡形もなく消えていた。
「処理屋が動いた」
谷村がそう言ったとき、俺はようやく、その存在がただの噂ではないと悟った。
夜十時過ぎ、俺は谷村に呼び出され、港区弁天町の裏通りへ向かった。
そこには人気のない車庫があり、中には黒いワンボックスが停まっていた。周囲には見張りの姿もない。不自然なほど静かだった。
谷村は中を覗き込みながら、低い声で言った。
「今から見せたる。二度と忘れられへん光景や」
車庫のシャッターがゆっくりと上がる。中には、無機質な金属製のテーブル。その上には、黒いビニールシートに包まれた人型の膨らみ。
隅には二つのドラム缶と、工業用のプラスチック容器が並んでいた。容器のラベルには「NaOH——水酸化ナトリウム」。強アルカリ性の薬品だ。
ビニールを剥がすと、そこには坂東の遺体があった。顔は殴打で変形し、胸元には深い刺し傷が三つ。
処理屋と呼ばれる男は、黙々と作業を進めていた。背は高く、黒いコートに黒手袋。谷村が「黒コートの男」と言っていたのは間違いない。
まず、処理屋は遺体の衣服を鋏で切り裂き、ゴミ袋に詰める。次に関節ごとに大型の解体バサミで四肢を切断していく。
骨と筋肉を断つ鈍い音が、車庫の中に響く。生臭さが鼻を刺すが、処理屋は一切顔を歪めない。
切断した部位はドラム缶へと放り込まれ、水酸化ナトリウムの粉末を計量カップで投入。そこへゆっくりと湯を注ぐ。
ジューッ、と油を焼くような音。白い煙が立ち上がり、腐敗臭とも焦げ臭ともつかない匂いが広がる。
肉と脂肪が化学反応で溶け、骨すら脆く崩れていくのを俺は凝視していた。
谷村が小声で囁く。
「これで二時間もすりゃ、骨も全部溶ける。残った液は下水に流すんや」
「環境はどうなる」
「環境? そんなもん、こっちは考えへん」
処理屋は最後に坂東の頭部を缶に沈め、蓋を閉めた。作業は一言も発することなく、正確で、恐ろしいほど無感情だった。
その目には怒りも悲しみもない。人を“物”としてしか見ていない空虚さだけがあった。
作業が終わると、谷村が外に出て煙草を吸った。
「これで坂東の死体は、この世から消えた。警察も何もできん」
「誰が殺したんや」
「それはまだ言えん。けど……坂東は、上に黙って裏ルートでKASTORIを動かしとったらしい」
「KASTORI……」
その名を聞いた瞬間、俺の脳裏に警察時代の記録が蘇る。世界初の合成麻薬——一粒で依存症を作る強烈な薬物だ。
「処理屋は、KASTORI絡みの死体を専門にやっとる。あんたが探しとる嬢らも、同じルートに巻き込まれた可能性が高い」
谷村の声には、警告の色が混じっていた。
「つまり、美咲はもう……」
「……すまんが、生きとる可能性は薄いわな」
処理屋はすでにワンボックスに乗り込み、何事もなかったように車庫を後にしていた。黒い車はゆっくりと夜の闇に溶け、完全に姿を消した。
幻聴がまた囁く。
“あれは終わりじゃない。始まりや”
俺はその声を振り払うように、冷え切った夜気を吸い込んだ。だが、胸の奥底には、確実に何かが膨らみ始めていた——美咲の失踪、処理屋、そしてKASTORI。
すべての線が、ゆっくりと一本に収束しつつあるのを感じながら。