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第16章 暗闇の使者


 真夜中の大阪城公園は、普段の喧騒とは打って変わり、静寂が支配していた。満月の光が木々の隙間から差し込み、地面に影を落としている。だが、その静けさは欺瞞だった。


 藤堂はコートの襟を立てながら、背後の物音に神経を尖らせた。数日前の薬物絡みの殺人事件の調査で、彼はこの場所に一人、秘密裏に呼び出されていた。


 「遅いじゃねえか」

 影から現れたのは、顔に深い傷痕を持つ男、通称“黒衣の影”こと佐伯だった。かつては大国組の幹部だったが、組織の内紛で追われる身となっていた。

 「何の用だ、佐伯」藤堂は冷たく言い放つ。

 「話がある。あんたにしかできねえことがある」


 佐伯はポケットから薄い封筒を取り出し、藤堂に手渡した。中には、薬物取引の隠し録音データと、いくつかの写真が入っていた。そこには、萩原クリニックの地下実験室の様子と、拘束された被験者の姿が映っていた。


 「このクリニックは表向きは医療機関だが、裏では人体実験が行われている。使用されているのは、例の“カストリ”だ」

 「知ってる。だが俺一人じゃ手に負えん」

 「だからこそ、協力を頼みたい。お前にはその影響力がある。連中を潰すには、内部から崩すしかない」


 藤堂は黙って頷いた。そこへ突然、携帯が震えた。画面には「美咲」の文字が浮かび上がる。


 「美咲か……」

 藤堂が出ると、彼女の声が切迫していた。

 「今すぐ来て。新たな遺体が見つかった。しかも……」


 声が途切れ、電話が切れた。


 佐伯が低く呟いた。

 「これは、始まったばかりだ」


 その後、藤堂と佐伯は夜の街を走った。到着した現場は、淀川の河川敷。月明かりに照らされ、凍りついた川面が静かに輝いていた。


 遺体は若い女性だった。体にはカストリの摂取痕と複数の性病感染の証拠があり、司法解剖の結果、窒息死と断定された。だが、何よりも異様だったのは、遺体の周囲に意味不明な文字が炭で描かれていたことだ。


 藤堂は屈み込み、慎重に文字を指で撫でた。

 「何かの暗号か……」


 佐伯は眉を寄せ、視線を夜空に向けた。

 「この街の闇は、まだ深い。俺たちが掘り返すほど、底なし沼に足を踏み入れることになる」


 その時、背後からかすかな足音。振り返ると、黒いフードを被った影が川沿いに消えていった。


 「追え!」藤堂が叫ぶ。


 だが影は足早に逃げ去り、闇に溶け込んだ。


 淀川の冷たい風が、二人の背中を刺した。

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