第15章 裂けた絆
夜の大阪は、時折冷たい雨が降り注ぎ、街灯の光が濡れた路面に反射して揺れていた。藤森は車のハンドルを握りしめ、無言で深く息を吐いた。
萩原クリニックでの邂逅は、彼の中に大きな亀裂を生じさせていた。彼が信じていた裏社会の“掟”とは違う、新たな狂気がこの街を蝕んでいる。
「……どうするんだ?」
助手席で真希が静かに尋ねる。彼女の顔には疲労と決意が交錯していた。
「あの医者を潰す。だけど一人じゃ無理だ」
藤森は視線を前に戻し、拳を固める。
「組の中にも、協力者を見つける必要がある。誰が本当の敵か見極めなきゃ」
真希は頷き、スマホを取り出した。スクリーンには、これまで集めた証拠写真や録音データが表示されている。
「これが全部暴露されたら、組も警察も巻き込まれて大変なことになる。でも、それでも隠し通すことはできない」
藤森はエンジンを切り、しばらく無言で座っていた。
「お前は……俺のことをどう思ってる?」
その問いに、真希は目を逸らさず答えた。
「信じてる。藤森さんが、正義のために動いてるって」
だがその夜、別の場所では別の亀裂が生まれていた。
港区の狭いアパート。高坂は壁にもたれかかり、震える手でスマホを握っていた。彼の胸は激しく波打ち、頭の中は混乱の渦だった。
「……美咲刑事からの連絡か……?」
画面には見知らぬ番号からの着信が残っている。彼は震えながらも折り返した。
電話の向こうから、美咲の声が低く、しかし切実に響いた。
「高坂さん、危険な橋を渡ってる。警察も動き始めてる。あんたのことを疑う声もある。でも、まだ話は終わってない」
高坂は目を閉じ、過去の決断と裏切りの数々が脳裏を駆け巡る。
「……どうすればいい?」
彼の声は震えていた。
「……信じられる相手を探しなさい。誰か、味方は必ずいる」
電話を切った後、高坂は深い孤独の中に沈んでいった。
一方、萩原クリニックの暗い地下室では、萩原が静かに微笑んでいた。新たな患者が連れてこられ、無数の管が彼らの身体に繋がれていく。
「実験は続く……」
その言葉が冷たく響く中、街のどこかで新たな殺意が燃え始めていた。




