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7話 次から次へと騒ぎが起きる(呪われてるの?)

 外は阿鼻叫喚の地獄絵図だった。


 近くの店を一、二軒ぶっ潰したらしい。光魔法に照らされた大通りには崩れた白壁の山が出来ている。


 その傍らに佇むのは、ファンタジーものの漫画からそのまま抜け出してきたみたいな姿のデュラハンだ。


 元の世界でいう西洋甲冑――全身鎧(フルプレート)を着て、首がなく、顔に当たる部分に漂う闇の上から兜を被っている。


 下ろした面頬の奥には一対の小さな光が浮かんでいるが、通常の青白い光ではなく、血のように赤い光だった。街道で遭遇した熊と同じ症状だ。


 デュラハンは抜き身の剣を下げ、ふらふらと上体を揺らしながらその場に佇んでいる。


 周囲には棒や杖を持った自警団や市民らしき集団がいるものの、相手が魔属性に取り憑かれていると知って、手を出しあぐねているようだった。


「警備隊はまだ来ねぇのか!」

「こいつが逃げてくる途中で火魔法を使ったみたいで、消火に手こずってる!」


 薄暗い闇の中に騒々しく声が飛び交っている。目を凝らすと、山の麓にいくつか赤い炎が見えた。


 逃げ場のない小島では山火事は死活問題だ。警備隊がいくら公の機関でも、人員には限りがある。そちらの対処を優先しているのだろう。

 

「デュラハンって、色々いる種族の中でも一番パワーがあるんだっけ」

「そう。魔力も多いし驚くほどタフ。あの全身鎧を着て普通に生活できるぐらいだからね」

 

 酒場の入り口からこっそり観察している私に、同じく観察していたシエルが頷く。


 気づけばロイやドワーフも薬で暴れていた男を放置したまま、他の客と一緒に外を覗き込んでいた。


「おい! 誰か聖属性持ちはいねぇか⁉︎ いたら手を貸してくれ!」

「ご指名だよ、サーラ」

「やめてよ。慈善事業じゃないんだから。私、そこまでお人好しじゃないの」

「さっきはドワーフ助けたじゃん」

「あれは、暴れた奴がムカつく奴に似てたから……」


 私の言葉を遮るように、一際大きい悲鳴が上がった。


 視線をシエルから外に戻すと、デュラハンが逃げ遅れたらしいヒト種の女性を腕の中に抱え込んでいた。


 その手前には複数の男から羽交い締めにされている小柄な少年がいる。女性の身内だろうか。闇の中でも映える炉の炎のような赤茶色の髪が印象的だった。


「やめろ! アルマを放せ!」

「落ち着け! ダメだって! ヒト種が突っ込んでも一瞬で捻り潰されちまうよ!」


 まさに修羅場を前にして、シエルがちらりと私を見る。

 

「助けてくれたら賞与出すよ。ロイもつけるし」

「……ああ、もう、わかったわよっ!」


 雇用主にここまで言われたら仕方ない。髪を後ろで一つに結び、長杖を握りしめて店の外に出る。


 デュラハンに抱えられた女性は恐怖で声も出せない様子だった。ロイが相手との距離を測りつつ、私に問う。


「魔属性を浄化するのって具体的にどうやるんだ?」

「あの熊みたいに、相手の体に聖属性の力を叩き込むの。デュラハンは全身が鎧に包まれているから、なんとか肌を露出させないとダメね。どう懐に潜り込むのかも考えないと。不用意に近づいたら、あの女の人の二の舞になっちゃう」


 私たちの後ろをついてきたドワーフが口を挟んだ。

 

「なら、足を狙え。鉄靴はダンゴムシみたいな構造になっとってな。隙間に楔でも打ち込めば動きが鈍くなる。その隙に兜を落とせばいい」

「そうだね。デュラハンの闇は可視化した魔力だから、肌に触れるより効き目があるんじゃないかな」


 同じくついてきたシエルもアドバイスをくれる。黙って頷いたロイが魔法で生んだ闇の中から楔を取り出した。野営でテントを張るときに使うやつだ。

 

「それなら出来そうだ。俺は火属性持ちだからあいつの魔法は効かないし、夜は闇属性の威力が高まる。魔属性に他属性は効かないけど、鎧越しなら少しは拘束できるだろ。俺が兜を落としたら、あとは頼むよ」

「あっ、ちょっと待っ……!」


 言うだけ言ってさっさと駆け出して行ってしまった。こういうときだけ口数が多い。


 ロイは巧みに群衆を掻き分けてデュラハンの前に躍り出た。


 雄叫びと共に振り下ろされた剣を僅かな動きで躱し、大きく開いた両足の間をスライディングでくぐり抜け様に、鉄靴に楔を打ち込む。


 途端に大きくよろめいた隙をついて、闇から伸びた漆黒の鞭がデュラハンの全身を捉え、兜を弾き飛ばした。


「サーラ!」


 名を呼ばれたのを合図に、風魔法で一足飛びにデュラハンに近づく。


 空を飛ぶ魔法は上級魔法。大量に魔力を使うのでヒト種ではなかなか難しいが、私は聖属性の力で少ない魔力でも効果を底上げ出来る。


 周りからざわめきが上がったのと、闇を切り裂く白光が走ったのは同時だった。


 私の右手の下でデュラハンは動きを止め、そのまま地面に膝をついた。


 腕から解放された女性をすかさずロイが抱き止める。デュラハンは兜を脱ぐと目の光が消えるというから、色が元に戻ったのかはわからないが、周囲に漂う不穏な気配は確かに消えていた。


「アルマ!」

「ナクト!」


 女性と赤茶色の髪の少年がひしと抱き合う。女性は震えているものの、怪我はどこにもなさそうだ。


 道の向こうからようやく警備隊も駆けつけて来たみたいだし、とりあえずは一件落着だろう。

  

「あ、あ、ありがとうございます! あなたたちは命の恩人だ!」


 赤茶色の髪の少年に泣きながら何度も頭を下げられて、居た堪れなくなる。さっき見捨てようとしたとはとても言えない。

 

「あー……。そんな大したことしたわけじゃ……」

「いや、すごいよあんたら! ヒト種で空を飛ぶのもびっくりだし、兄ちゃんの身のこなしもタダもんじゃなかった。もしかして、名のある探索者なのかい?」


 わっと近寄って来た群衆たちに、思わずたじたじとなる。

 

「た、ただの通りすがりです。ねえ、ロイ」 

「俺、別にすごくない。すごいのはサーラ。――警備隊の人、酒場の中にも薬で暴れた奴がいるから一緒に持っていってくれ」


 助けを求めた私をすげなく置いて、ロイが警備隊を先導していく。必然的に周りの興味は全て私に集中した。口々に労われたり、感謝の言葉を述べられたりで頭がぐるぐるする。

 

「あ、あの、その」

「いやあ、お騒がせいたしました。彼女は僕の護衛なんです。つい最近、雇ったばかりで」


 混乱する私を見兼ねたのか、シエルが私と群衆の間に割り込んできた。アリステラで見せた笑顔を浮かべて。


「へえ、そんな腕利き雇えるなんて、まだ若いのにすごいねあんたも。もしかして、どこかのお貴族様だったりするのかい?」

「いえいえ、そんな。僕はシエル・グランディール。対岸のグランディール領を治めているものです」


 一瞬で周りに沈黙が降りた。


 赤茶色の少年も、少年の腕の中にいる女性も目を丸くしている。ドワーフだけは少し離れたところで、地面に残されたデュラハンの兜を眺めていたが。

 

「えっ、グランディールって……。ずっと放置されてた、あの?」


 恐る恐る訪ねてきた市民らしきおっちゃんに、シエルがにこやかに頷く。

 

「はい。母から辺境伯位を継ぎまして、今日から着任しました。それでですねえ。こんな場でお願いするのも恐縮ですが、領主館の修理を受け持ってくださる職人さんを探していまして。どなたかご紹介いただけないでしょうか」


 え? こんなところで営業かける?


 言葉もなく凝視する私を無視し、シエルが上目遣いでおっちゃんを見上げる。貴族でありながら腰を低く見せているのは、ここがラスタだからだ。


 郷に入れば郷に従え。うわー、これ、前の職場で営業がよくやってた。


「なら、こいつがいいぜ、ご領主さんよ。まだ若ぇけど、こいつの建てた家はドラゴンが踏んでも壊れねぇって評判なんだ」


 おっちゃんの近くにいた竜人が赤茶色の髪の少年の背中を叩く。その勢いで少年は数歩たたらを踏んだが、なんとか踏みとどまって、女性と共にシエルに頭を下げた。


「先ほどは助けていただいてありがとうございました。俺はラスタ王国アクシス領ルビ村の大工、ナクト・ジャーノです。こっちは妻のアルマ・ジャーノ。新婚旅行でアマルディに来たんですけど、騒ぎに巻き込まれてしまって」

「ついでに生活費も稼ぎたいんだってよ。結婚てなあ、何かと物入りだからな」


 竜人の言葉にナクトくんが頷く。

 

「実は俺たち駆け落ちで……。ほとぼりが冷めるまで、ここで出稼ぎするつもりなんです。職人組合にもいくつか仕事を斡旋してもらって、さっき終わらせたところです」

「こいつが棟梁なら他の職人も手を貸してくれると思うぜ。ナクトの現場は今まで事故もないし、何より楽しいしな! 嫁さんも腕のいい服裁師だから、服はもちろん、シーツとかカーテンとか、そういう必要なもん縫ってくれるぜ」


 竜人の周りにいた職人らしき男たちが頷く。みんな目尻を下げてナクト夫婦を見つめている。


 どうもナクトくんは人たらしらしい。ここまで信頼を得ているなら、私たちにとっては渡りに船かもしれない。


 横目でシエルを見ると、同じことを考えていたのか満面の笑みを浮かべていた。目が「仲介料浮いた」と言っている。


「ありがとうございます。ぜひお願いします。長期の契約になるかもしれませんが、大丈夫ですか?」

「故郷の仕事は同じ大工の親父がいますから、問題ないです。恩人に恩を返さずに戻ったら金槌でぶん殴られると思うし」


 そう言うとナクトくんは煉瓦色の目を細めて笑った。まるで真夏の太陽のように明るく、邪気のない笑顔だった。


 




「よかったね、職人さん見つかって」

「ありがたいねえ、棚ボタ棚ボタ。サーラ様様だよ」


 頭を下げつつ去っていくナクト夫婦に手を振りつつ、シエルが上機嫌に笑う。夜も更けてきたので、詳しい話は明日することにしたのだ。


 警備隊が酒場で暴れていた男とデュラハンを連行して、街も落ち着きを取り戻した。


 集まっていた市民たちはめいめい家に戻ったり、酒場で飲み直したりしている。ロイもだ。道の端に積まれた白壁の瓦礫だけが、事件が起きたことを物語っている。

 

「フリーの鍛冶職人もいればよかったのにね」

「そう上手くはいかないよ。――そろそろ僕たちも酒場に戻ろうか。ご飯途中だったしね」

「そうね。明日も忙しくなりそうだし、今日は早く寝て……ん?」


 踵を返そうとしたとき、闇の中に浮かぶ背中に気づいた。さっきのドワーフだ。デュラハンの兜を眺めていたと思ったら、まだ居たのか。


 ドワーフは手の中の兜を睨みつけるように観察していたが、おもむろに腰のベルトから金槌を抜いて振り上げた。


「えっ、ちょ、ちょっと待って!」


 咄嗟に近寄って制止する私を、ドワーフが訝しげに見上げる。その顔をしたいのはこっちなんだって。


「それ、さっきのデュラハンの兜ですよね。壊すつもりですか?」

「逆だ。直すんだよ。ここ、落ちた弾みで凹んでるだろうが」

 

 無骨な指が差した先には確かに凹みがあった。でも、本当に小さな凹みだ。よく気づいたな。


「ひょっとして、鍛冶職人だったりします?」

 

 私を追って近寄ってきたシエルが、期待に目を輝かせて言った。

 

 一瞬の沈黙のあと、ドワーフが「そうだ」とあっさり返す。


「俺はクリフ・シュトライザー。ラスタ王国の首都グリムバルドで工房を持つデュラハンの防具職人だ」

これにて1章は終了です。

次話にここまでの登場人物&用語をまとめましたので、よろしければご覧ください。

2章からは領地開拓が始まります。

引き続きよろしくお願いいたします!

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