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5話 助けた相手はやり手の営業マンでした(契約内容はきちんと確認しよう)

「は? えっ」

「宿を取ったら正式に雇用契約書を交わしましょうね。もちろん必要経費は僕が負担します。ご希望の雇用条件があれば検討しますので、なんでも仰ってください」

「ちょ、ちょっと待って。なんでいきなりそんな話に……!」

「え? さっき頷いたじゃないですか。まさか、話を聞いてなかったとか……? いい大人が……?」


 まさか、を強調されて喉が詰まる。


 出生証明書によると、目の前のシエルは十八歳。この国の成人年齢は二十歳だから、彼はまだ子供だ。大人のプライドにかけて、生返事してましたなんて言えない。


「あ、あの、私、実は移民で。公用語がイマイチわからなくて……」

「あなた魔法紋師ですよね。魔法紋は比較的新しい技術だから、世に流通している魔法書は魔語か公用語のどちらかですよ。理解せずに書けるわけないじゃないですか。そもそも、今、公用語バリバリ話してますよね。訛りもないし」


 さすが魔法に詳しいブリュンヒルデ家。下手な嘘は通用しない。訛りがないのはルビィに徹底的に直されたからだ。その方が素性がわからないからと言われて。それが今は逆に作用している。


 助けてルビィ。想定外だよこんなの。


「いや、ほら、移民っていうのは本当なのよ。身分証明書も組合証しかないし。領地を継ぐならもっと身元がしっかりした人を雇った方がいいんじゃない?」


 素に戻って必死に説得する。しかし、シエルは「待ってました」と言わんばかりに口の端を吊り上げた。


「ご謙遜を。聖属性という以上に身元を証明する方法がありますか?」


 くっそう。いい笑顔しやがって。内心歯噛みする。


 ルクセンでは「塔の聖女」への崇拝が根強い。聖属性の人間は清らかな心の持ち主とされているのだ。だからコミュ障でも人の信用を得やすいし、今まで何度もその恩恵にあずかってきた。


 ただ、これは一部の人間しか知らない事実だが、聖属性と魔属性の力の元は精神力ではなく、属性魔法と同じ魔素なのだ。魔の魔素は血が多く流れたところに、聖の魔素は清浄なところに発生する。


 なんで公表されていないかというと、人為的に魔属性を得るのを防ぐためと、聖女の神秘性を守るためだ。


 ルビィからは教団に睨まれたくなければ絶対に黙っていろと言われている。彼女が知っていたのは、八百歳越えのエルフで魔法学校の教師だったからだろう。


 ああ、誤解を解きたいのに解けないなんて。エルネア教団がますます憎い。

 

「いや、でも、その」

「どうかお願いします。サーラ・ロステムさん! グランディールは最果ての地。今まで放置されていた分、危険な魔物も跋扈しているかもしれません。あなたのような腕の立つ魔法使いが必要なんです。領地開拓が済んだら、いつでも契約を解除してもらって構いません。高給は出せませんけど、三食昼寝付きを約束しますから!」

「なんで私の名前を知ってるの? まだ自己紹介してないよね?」

 

 シエルは私の問いには答えずに、己の美形さを最大限発揮してこちらを見つめている。


 そういえば探索者組合で血の汚れを落としてもらう前、組合員に組合証を見せたんだ。そのときに盗み見られてたのか。


 もしかして、それを見越してロイに私を拘束させた? もし血吸いスライムがいなくても、この街なら洗濯屋がある。洗濯物の受け取りには身分証明書がいるわけだから……。


 背筋がゾッとした。


 元の世界の職場で散々見た。こいつ、お人好しを装って人の懐に入り込み、あっさり契約を成立させてくるタイプの営業マンだ。私みたいなコミュ障が太刀打ちできる相手じゃない。


 まずい。非常にまずい。このままでは、なし崩しに雇用契約させられてしまう。せっかく気ままな一人旅に戻れたのに。


「ダ、ダメ! ダメよ! 私はまだ誰かとパーティを組む気はないの!」

「どうしてもダメですか……?」

「ダメ! そんな子犬が捨てられたような顔してもダメ!」


 もはやダメの一点張りだが、私の実力ではこれが限界だ。シエルは潤んだ目で私を見上げていたが、やがて重々しくため息をついた。


「仕方ありませんね……。せめて、この料理は食べて行ってください。僕たちも食べますし……。ああ、そうそう。これ、お会計です。こっちは二人なので、サーラさんは三分の一でいいですよ」


 差し出されたのは料理名と金額が書かれた紙束だった。仲間じゃない相手にご馳走する気はないということか。まだ若いのにしっかりしている。


 まあ、確かに最初から奢りとは言われていないし、お金で解決するならその方がいい。リュックから筆記具を取り出して紙を捲る。


 うう、いいものばっかり頼んでる。三分の一とはいえ、結構するんじゃ……え?


「ちょっ……! なによ、これ。いくら単価が高くても、市場のフードコートでしょ? 一人三万エニもするわけないじゃない」


 エニはこの世界の通貨で、一エニは日本円で換算すると一円だ。


 貨幣価値も同じぐらいなので、三万エニもあればそこそこのレストランでコース料理が食べられる。完全セルフサービスのここで払う金額じゃない。どんなぼったくりバーだ。


「あはは、ここ見てくださいよ。『大聖女の祝福』って書いてあるでしょう? これは教会が作る『聖女の祝福』の中でも特に希少なライス酒ですよ。帝都でも滅多にお目にかかれません。ましてやここは東部だ。金額がつり上がってもおかしくないと思いませんか?」

「お礼したいって言ったじゃないの! あれはどうなったのよ」

「しましたよ、最初に。ありがとうございましたって言ったでしょう?」


 にっこりと笑われて顔が引き攣る。は、はかられた。十八歳の子供にあっさり手玉に取られてしまった。


 退職金はまだあるし、ルビィの遺産を継いだから三万エニは余裕で払える。でも、私はあくまでも便宜上の娘。こんなことで使いたくない。


「いいじゃないですか。お見受けしたところ、特に急ぎの用事はないんでしょう? グランディールは荒れた土地ですが、その代わりに手付かずの自然が残っていますよ。お給料稼ぎつつ、スローライフ満喫しませんか?」

「……あなた、商人に向いてるって言われない?」

「命かかってるんで。優秀な人材はなんとしてでも手に入れたいんです」


 ああ言えばこう言う。どこまで本心かはわからないが、とても買ってくれているのはわかった。


 領地開拓とやらがどんなものなのかはわからないが、三食昼寝付きが保証されるなら悪くないかもしれない。スローライフって響きにも心惹かれるし。


 最悪、大河を越えてラスタに逃げよう。「わかったわよ」と渋々頷いた私に、シエルが顔を輝かせる。


 ちなみにロイはここまで一言も喋らず、黙々と酒を飲んでいる。話が終わるまで料理に手をつけない良心はあるらしい。


「じゃあ、改めてよろしくねサーラ」


 すっかり口調が元に戻っている。差し出された右手は思ったより男らしかった。



 



「ここがグランディール……」


 アリステラの街を出て三日。街道をひたすら歩いて辿り着いた先には広大な平地が広がっていた。


 グランディール領は総面積約三十平方キロメートル。日本でいうと埼玉県の三郷市ぐらいの広さだ。大河に沿うように縦に長く、北には森、南には廃村があるらしい。


 五十年前に起きた戦争の余波で徹底的に破壊尽くされ、大多数の領民が他所に流出してしまい、それでも細々と経営を続けていたものの、二十年前にシエルの母親がブリュンヒルデ家に嫁いだのを機に最後の領民たちも離れ、今は完全に管理が放棄されているという。


 目の前には崩れかけた領主館。領地の東側には幅約四キロにも及ぶエスティラ大河があり、ここからでも大河の中に浮かぶ小島――ラスタ王国リッカ領アマルディの風光明媚な街並みが見える。


 そして、地面を埋め尽くすのはスライム、スライム、またスライム……。隣国に渡る好立地なのに今まで放置されていたのは、これが理由なのだろう。


 スライムは弱い魔物だが、繁殖力が強く、一匹逃すとすぐに数を増やしてしまう。


 強い魔物を倒せば魔石が採れる可能性もあるが、スライムにはそれがない。労力の割には儲からないので、手を出したがる探索者がいないのが現状だ。


「……駆除するの面倒だな」


 隣でロイがぼそぼそと呟く。彼はお喋りがあまり得意ではないようで、旅の間はもっぱらシエルが話していた。

 

 ロイはシエルのお母さんの弟の息子――つまりシエルの従兄弟だそうで、その縁もあって護衛を引き受けているらしい。

 

 予想通り、ロイは闇猟犬(ダークハウンド)の獣人の血を引いていて、その強さは今まで出会った魔法戦士の中でも群を抜いていた。


 あの森でピンチだったのは、旅の途中で出会った行商人から「森の主が暴れているせいで、森に入れなくて困っている」と聞いて調査しに行ったところ、いきなり熊の群れに出くわしたからだそうだ。


 いくら強くとも、複数に囲まれると不利になる。とりあえず森の主だけでも引き離そうとシエルが囮になったところに、私がノコノコとやって来たわけだ。


 己の運の無さに肩を落としたが、シエルのお人好しがただの演技じゃなかったと知れて少しだけ安心した。できれば雇用主はサイコパスよりも人格者の方がいい。


「さて、これからどうするの? もうすぐ日が暮れるけど、あのオンボロ領主館に泊まる?」


 身も蓋もない私の言葉に、シエルが苦笑する。


「いや、このままアマルディに渡ろう。僕たちは建築については素人だ。領主館を直すには職人を雇わなきゃ。他国とはいえ、アマルディは特別区だから、ルクセンとの行き来も活発だし、ある程度の融通が効く。こちら側もアマルディと取引する場合は、帝都にいちいちお伺いを立てなくていいし」


 もっともなご意見である。漫画の世界なら魔法でぱぱっと直せるのだろうが、この世界にはゼロから一を生み出す魔法は存在しない。


 例えば木の椅子を作ろうと思っても、材料は自分で調達しなければならないし、物は浮かせても勝手に組み上がるわけではない。できるのはせいぜい木の切り出しやヤスリがけに風魔法を使うぐらいだ。


 工程の全てを魔法紋にすれば全自動も可能かもしれないが、記述が大掛かりになりすぎる。自分の属性以外の魔法を使うなら魔石もいる。家一つを直そうと思ったら、一財産かかるだろう。


 魔法は便利な力だが、ことものづくりに関しては人の手で作った方が遥かにコスパがいいのだ。


「……俺、そろそろ、乾パン以外のもん食べたいな」


 食いしん坊の腹の虫が鳴る。それには完全同意なので、私も大きく頷いた。

やり手営業マンのシエル、寡黙な護衛のロイ。

凸凹ですが、いいコンビです。

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出会いからの印象悪すぎて無理だなぁ・・・ 切羽詰まってるだろうとは言え
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