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30話 自警団発足です(まるで体育系の部活のよう)

 笑顔で駆け寄ってきたのは、防犯用の長い棒を手にしたミミだった。髪を後ろで三つ編みにして、いつもの女中服ではなく、動きやすそうなシャツとズボンを身につけている。


 その隣にはロイとポチもいる。こちらはいつも通りだ。


 彼らの後ろには、同じく棒を持った領民たちがいた。合計で十人。シエルが自警団員の募集をかけて集まった志願者たちだろう。中にはクラーケン討伐のときに私を運んでくれた鳥人や、フードイベントのときに一緒に魔法紋を書いた魔法紋師もいた。


 ミミとロイは先導……だろうか? いや、でも棒持ってるしな?


「集合時間十分前デスカ。感心、感心。最初から十二人も集まるなんテ、防衛意識が高くて何よりデス」

「十二人……って、もしかしてミミも志願したの? ロイも?」

「……シエルに喧嘩禁止だって言われたから」


 ああ、自警団に入れば特訓で打ち合えるもんね。ネーベルにやり込められたのがよっぽど悔しかったらしい。


「ロイはともかく、ミミはまだ子供でしょ。自警団なんて危ないわよ。アルマさんだって反対するわ。女中の仕事もあるでしょ?」

「アルマさんには許可を取りました。女中の仕事は後輩たちとシフト制で回します」


 領民が増えたのを機に、これから従業員も増えるのを見越して、女中も新しく何人か雇っていた。頑張れば両立できなくはないのか。アルマさんが許可したってことは大丈夫だと判断したわけだし。


 黙り込んだ私に、ミミが真剣な顔で言い募る。


「私、クラーケン討伐のとき、何もできなかったのが悔しかったんです。野党に襲われたときも、ただママたちに守られているだけでした。そんなのはもう嫌なんです。ピグ兄ちゃんも、サーラさんも、シエル様も……みんな守れるぐらい強くなりたいんです!」

「ミミ……」


 いくら強い首狩り兎の獣人とはいえ、まだまだ発展途上の子供。それでも、その小さな体の中には熱い思いが滾っているのだ。


 ここまでの決心をしているなら、私に言えることは何もない。――あの女みたいに押さえつけたくないし。

 

「わかった。でも、もし、あの変態に変なことをされそうになったらすぐに言うのよ」

「ワタシ、子供には勃ちませン。安心していいデスヨ」

「バカ! 子供の前で何言ってんのよ! レーゲンさんにチクるわよ!」


 ミミの長い耳を押さえて叫ぶ私に、ネーベルはくつくつと肩を揺らすと、パールを地面に下ろして志願者たちに向き合った。

 

「サテ、時間が勿体無いので早速本題に入りますヨ。自警団の仕事は領地と領民を守るこト。警備、消防、魔物討伐、仕事は多岐に渡りまス。……マア、ここにはそこの黒髪坊やと聖属性の小娘がいますかラ、人相手が主になりますネ。魔物は人海戦術とゴリ押しでなんとかなりますガ、対人戦はそうもいきませン。例えば――」

「サーラ!」

「サーラさん!」


 突然伸びてきた腕に首を絡め取られて息が詰まる。背後からヘッドロックをかけられた状態だ。こうなるまで全く気づかなかった。反応できたのはロイとミミとポチだけだ。


「こうして人質を取られることも多々ありまス。人間は基本的に残忍で狡猾。それは肝に銘じておくべきデスネ。――アア、そこの二人、武器は下ろしてくださイ。ワンちゃんも落ち着いテ。これ以上のことはしませんヨ」


 腕から解放されて咳き込む。


 これ絶対わざとだわ。変態扱いした意趣返しと、志願者たちの動体視力を測るためだ。


 本当に性格悪い。優しく背中を撫でてくれるミミが天使に思えてきた。ロイとポチはネーベルを睨みつけている。

 

「細かな技術は追々教えまス。戦闘員は一に体力、二に体力。まずはアナタ方の基礎体力を計りまショウ。ワタシがいいと言うまで市壁の周りを走ってくださイ。もちろん武器は持ったままデスヨ。ホラ、ダッシュ」

 

 ネーベルが手を叩いたと同時に、ロイとミミが先を争うように走って行った。少し遅れて他の志願者たちがついて行く。


 何故かポチまで嬉しそうについて行った。遊んでもらえると勘違いしたのかもしれない。


「ねえ、いきなり飛ばしすぎじゃない? もっと段階踏んだ方がいいんじゃないの?」

「アナタは良いお師匠サンと出会えたようデスネ。デスガ、ワタシはこのやり方しか知りませン。死にたくなければ強くなるしかなイ。そんな環境で生きてきましたかラ」


 あれ? さっき、レーゲンさんは一緒に育ったって言ってたけど……。


 ネーベルは片頬を吊り上げると、市壁に向かって歩き出した。


「よければアナタも一緒に見物しませんカ? 屋台で飲み物でも買って行きまショウ。必死な顔で走っている横で飲むジュースは物凄く美味しいんデスよネエ」


 心底楽しそうな顔で笑う。ここまでクズだと気兼ねしなくていい。


 ワーグナー商会の出店でトロピカルジュースを買って、市壁の外に出る。


 案の定、徒歩と変わらないスピードで走っているロイとミミに対して、他の志願者たちは()()()()()()()()()。そんな彼らを舌を垂らしたポチが追いかけている。


「あー、やっぱり」

「あのペースじゃ、すぐに力尽きますネエ。棒を握っていれば腕は振れませン。その分体力の消耗も早くなル。ワタシがいいと言うまデ、に気づけるかどうかが鍵デスネ。あの兎のお嬢サンはなかなか見込みがありますヨ。伸び代もやる気も十分で申し分ないデス」

「ロイは?」

「あの坊やはできて当たり前デス。できないなら護衛なんて辞めた方がイイ」


 手厳しい。坊や坊やと言っても三歳しか変わらないのに。まあ、小娘呼ばわりされた私もネーベルとは一歳しか変わらないが。


 それにしても地獄はこれからだ。心の中で志願者たちに手を合わせて、私は地面に腰を下ろした。もちろん、ネーベルからは距離を取って。


 そのうち目の前を走る志願者は一人減り、二人減り、日が暮れる頃にはロイとミミだけになっていた。ポチは飽きたのか、さっきからパールと遊んでいる。


「……サテ、そろそろデスかネ。お尻も痛くなってきましたシ」


 どっこいショ、と年寄りくさい言葉を吐いてネーベルが立ち上がり、おもむろにフードを外す。


 黒髪のベリーショートが夕焼けの色に染まる。シャドーピープルは全身を闇に包まれているので光の魔素に弱い。日が暮れてからが彼らの本番なのだ。


 黒手袋に包まれた両手を掲げ、パンッ、と高らかに叩いた瞬間、ネーベルの姿がかき消えた。


 前方から「きゃっ」と悲鳴が上がったときには、両手に棒を握ったロイが、地面に倒れたミミを庇ってネーベルの猛攻を防いでいるところだった。


「ホラ、どうしましタ。防戦一方ですヨ。闇猟犬の血が泣きますネエ!」


 嬉々として煽りよる。ロイは健闘しているが、スピードもテクニックもネーベルが上だ。魔属性相手では魔法も使えない。徐々にネーベルに翻弄されることが多くなってきた。

 

「ポチ、落ち着いて。あれは訓練だから」

 

 今にも飛びかかりそうに唸るポチを宥めて首輪を掴む。


 決着は間も無くついた。回転しながら足でロイの武器を跳ね上げたネーベルが、その勢いを殺さず、ロイの胸ぐらを掴んで地面に押し倒し、その無防備な首元に小さなナイフを当てる。


「これでアナタは死にましたネ」


 ロイは今にもネーベルを噛み殺しそうな目をしている。


 ネーベルはふっと口元を緩めると、ロイを解放して、その場に立ち上がった。

 

「これで皆サンわかりましたネ。戦闘はいつ起きるかわかりませン。常に残りの体力に気を配ることが肝要デス。今日はここまでにしておきまショウ。ゆっくり休んデ、明日また同じ時間に集合してくださイ。明日からは訓練と並行して実務を始めていきますヨ」


 ネーベルの声を合図に、地面に倒れていた志願者たちがよろよろと立ち上がった。

 

「すみません、ネーベルさん。俺たち、とてもついていけな……」

「そんなことありませんヨ。真面目に訓練していれバ、体力は嫌でもつきまス。それニ、みんながみんな同じレベルになる必要はありませン。例えば鳥人のアナタ。アナタには立派な羽がありますネ。それがあれば空から奇襲をかけられますシ、標的をどこまでも追えまス。魔法紋師のアナタは仲間をサポートできる力量がありまス。魔石さえあれば全属性が使えるのはとても強いデスヨ」


 矢継ぎ早にベラベラと捲し立てるネーベルに志願者たちは呆然としている。ここにも営業マンいたかあ……。それも悪徳営業マンが。

 

「要は適材適所デス。自分の強みは最大限に活かしテ、弱みは仲間に支えて貰ウ。組織とはそうでなくちゃいけませン」

 

 すっごくまともなことを言っているが、おそらく本心じゃない。きっと誰かの受け売りだ。教団にいたなら、組織運営にも詳しいはずだし。


 それでも志願者たちの胸には響いたようで、彼らは一様に目に気力を取り戻して、めいめい市内へ戻って行った。


 アルマさんが迎えに来たのを機に、ミミもロイとネーベルに頭を下げて戻って行く。足取りがしっかりしているので、明日には響かないだろう。若いっていいなあ。


 ロイはしばらく地面に座り込んで項垂れていたが、ポチが近寄ると、その背に飛び乗って何処ともなく去って行った。あの方向だと……スライム牧場かな?

 

「フフ。久しぶりにローブが汚れましタ。首に武器を突きつけられても睨み返す気概だけは褒めてあげまショウ」

「最初から全員受け入れるつもりだったのね。てっきり、鬼畜マラソンで篩にかけるのかと思ってた」

「そんなことしませんヨ。どんな奴でも使い途はあるものデス。限られた資源は有効活用しないとネエ」


 にや、と笑うネーベルは魔王もかくやの風貌だった。よくこんなタチ悪いの雇ったな。


「それよリ、アナタの騎士様を慰めてやりなさイ。拗ねると後が面倒ですヨ」

「シエルの騎士様よ。私のじゃないわ」


 ネーベルと別れ、パールを連れてスライム牧場に行く。予想通り、ロイはそこにいた。地面に伏せたポチと寄り添って、蠢くスライムたちを見つめている。

 

「お疲れ様。初日から大変だったわね」


 隣に腰を下ろして笑いかけたが、ロイはふいと目を逸らした。

 

「……格好悪いところ見せた」

「どうしてよ。あの速度についていけるだけですごいでしょ。おかげでミミを守れたじゃない。あなたは護衛なんだから、戦って勝つ必要はないのよ」

「あれが本当の戦闘ならミミは死んでた。護衛対象を守り切りたいなら、自分が死んでちゃ意味ない」


 不器用だけど、職務に忠実なのよね。シエルを守りたい気持ちも人一倍大きい。一瞬だけ躊躇してロイの背中に触れ、バツの悪そうな顔を覗き込む。

 

「何言ってるの? 本当の戦闘なら、そばに私やポチがいるもの。みすみす死なせたりはしないわよ」


 ロイが小さく息を飲む。ようやく視線を合わせてくれた。黙って微笑むと、ロイは満月のような瞳を潤ませ、「ありがとう」と鼻声で返した。


「俺、いつかあいつをぶちのめすよ。サーラには、もう指一本触れさせない」

「あら、そのときは私も混ぜてくれる? あいつをぶん殴るの、諦めたわけじゃないのよね」


 同時に吹き出して大きく肩を揺らす。私たちの笑い声に釣られて、ポチの遠吠えが響いた。

ミミがだんだん逞しくなっていきます。

次回、水着回です!

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