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3話 積み重ねてきた過去からの今(思い出って儚い)

 言葉を覚える一番手っ取り早い方法は、恋人か友達を作ること。


 そう書かれていたのが何の本だったか覚えていないが、結果として実証された。

 

 ルビィに保護されたその日から、朝から晩まで目につくものを片っ端から聞きまくり、毎日欠かさず文法の勉強をしたおかげで、三ヶ月が経った頃には簡単な日常会話ぐらいなら話せるようになっていた。


 元々、公用語のルクセニカ語が日本語と似通っていたこともあるが、人は必要に駆られると思いもよらない力を発揮するものである。


「ほら、手が止まってるよ! 魔法紋ってのは一に筆記、二に筆記なんだから、勝手に指が動くようになるまで死ぬ気で頑張りな!」

「ひいー! パソコンほしいよう!」


 ファンタジー漫画に登場するような小屋の中。味のあるオーク材のダイニングテーブルでロウ板に鉄針を走らせながら、私は魔法紋――魔法を発動させるための技術を叩き込まれていた。


 そう。異世界転生ものの物語によくあるように、この世界にも魔法が存在したのである。


 魔法の種類は三つ。


 魔力を用いて火の玉を出したりする属性魔法。


 生命力を用いて傷を癒したりする生命魔法。


 精神力を用いて結界を張ったり、心を操ったりする精神魔法。


 生命魔法を使うのは本人の努力次第でどうにでもなる。精神魔法を使うには適性がいる。ただし属性魔法を使うには、魔素と呼ばれる物質が必要だ。


 魔素は目に見えないが、ありとあらゆる場所に発生し、体内に取り込むと魔力に変換される。それが一定量溜まれば属性を帯び、属性魔法が使えるようになるのだ。


 属性は全部で十二種類。属性魔法の火、水、風、土、木、氷、雷、光、闇。精神魔法の聖と魔。そのどれにも当てはまらないものは、便宜上無属性として分類されている。


 師匠のルビィは木と風。私は氷と風と聖。どれもそれなりに使えるが、一番強いのは聖属性だ。


 聖属性は魔物や人を凶暴化させる魔属性を唯一浄化できる属性で、他属性を弾いたり、逆に効果を上げたりもできる。いわば望んでいたチートに近い力だが、平和な日常に身を置いている限り使う機会はあんまりない。


 魔法は息をするように、あるいはコップで水を飲むように、自然に使うことができる。使うとほんのちょっとだけ疲れる感覚があるものの、減った魔力を補填すればすぐに治る。


 効果は絶大でコスパも最強。魔法はこの世界に欠かせない、電気に代わる動力なのである。


 ただ、魔法は便利だが、自分の能力以上の魔法や属性以外の魔法は使えないデメリットもある。それを解消するために生み出されたのが魔法紋だ。


 魔法紋は魔法を言語化したもので、あらかじめ書いておけば、発動までの過程を省略して必要な魔力量を軽減できる。

 

 さらに、魔力が凝縮して可視化した魔石を使えば、自分の属性以外の魔法も発動できる。六十年くらい前にこの技術が発表されたときは、世界中を揺るがす騒ぎになったそうだ。


 その他にも、ルビィは生活に必要な全てを惜しみなく教えてくれた。

 

 私たちがいるのは、ルクセン帝国という広大な国土を持つ国家の西端に位置する小さな村であること。


 ルクセン帝国には「塔の聖女」という強い聖属性の魔力を持つ女性がいて、彼女を有するエルネア教団は絶大な権力を持っていること。

 

 ルビィは八百年以上生きているエルフで、現役時代は魔法学校の教師として魔法紋を教えていたこと。


 この世界にはエルフ以外にも様々な種族がいて、私は一番ノーマルなヒト種に当たること。


 そして、ルビィは私が異世界人ということも知っていた。ルクセンで魔法学に携わるものの間では、まことしやかに囁かれているらしい。


「この世界に文明をもたらしたエルネア女神は異世界から来た神で、塔の聖女はその使徒である」と。


 つまり、異世界人な上に聖属性を持つ女性の私は、この世界では聖女認定されてしまうということだ。


 教会に庇護を頼めば、生活は保障される。そう言うルビィに、私は首を横に振った。せっかく自由になったのに、誰かに拘束される生活はまっぴらだったから。

 

「おや、上手くなったじゃないか。このまま修行を積めば、一端の魔法紋師として食っていけるだろうね」

「頑張るよ、私。生きていくためには仕事が必要だからね」


 魔法紋を書き殴ったロウ板を手に満足そうに微笑むルビィに、私はガッツポーズを決めてみせた。


 ――ルビィ・ロステム。私のお師匠様。


 最初は言葉も通じない相手と上手くやっていけるか心配だったが、彼女との生活は思いのほか快適だった。


 何しろ、八百年以上生きたエルフだ。容赦無く厳しいことを言うが、褒めるところはきちんと褒めてくれるし、人をやる気にさせるのも上手い。


 教師だったからか面倒見も良く、その塩梅がまたちょうど良かった。


 喉が渇いたと思ったときに、「喉乾いた? 乾いたんでしょ? 何飲みたい? 何でも揃ってるわよ。あなたのために用意しておいたんだから」と押し付けがましく出してくるのではなく、さりげなく机の上に置いてくれるような、そんな感じ。距離感が適切な人ってこういう人なんだろうな、なんて思ったりもした。


 ただ、ルビィは私が人と上手く関係を築けないという欠点にも気づいていた。


 確か、あれはルビィと生活を始めて半年ぐらい経った頃だったと思う。珍しくとっておきのウィスキーを手に晩酌していたルビィが、向かいでせっせと魔法紋の復習に勤しむ私を見て、独り言のように呟いたのだ。

 

「あんたはあれだね。頭の中に目まぐるしく言葉が浮かんでは消えて、それを一切外に出さずに自己完結する。だから周りはついていけないし、情がない人間に見える。組織の中で生きるには、さぞや辛かったろう」


 それだけじゃない。ルビィは続けてこう言った。


「それに、あんたは人に頼るとか、誰かに優しくするとか、そういうことを当たり前にできる人間を嫌って――いや、憎んですらいる。けれど世間はそれを許さない。世間が求める理想に自分を擦り合わせるには、随分と嘘をつかなきゃならない。でも、あんたはそれが下手だ。だから非難されないために、一人で生きることを好む。今までどんな人生を歩いてきたのか知らないけど、なかなか難儀な性格してるねえ」


 息が止まりそうだった。今まで生きてきて何度も感じた苦しさだった。


 その動揺を悟られないようにしよう……と思ったが、とても無理だったので、私は鉄針を動かす手を止めて、震える声で言った。

 

「……醜い人間は生きていてはいけない?」


 ルビィは一瞬だけ沈黙して、口の端を吊り上げた。まるで夜空に浮かぶ三日月のように。

 

「ばっかだねえ。人間なんて一皮剥ければみんな醜いんだよ。だから死んだら腐っちまうんだろうが。一点の汚れもない聖人君子に見えるやつは、ただそれを隠すのが上手いだけだ。――アタシみたいにね」


 ともすれば泣き出しそうな自分を叱咤して、「どこに聖人君子がいるの?」と返すと、ルビィは豪快に笑った。


 それ以降、ルビィは私にロステムの姓を与えてくれ、正式に弟子として魔法使い組合に登録してくれた。


 ルクセンでは誕生と同時に出生証明書が発行される。けれど、私みたいな異世界人や他国からの移民には与えられないので、ルクセン国籍を持つ保証人を見つけて職業組合に加入し、組合証を発行してもらう必要がある。


 組合証を携帯していれば、通常より少しお高めの納税義務を課される代わりに、ルクセン国民として扱われる。つまり、私の名前と半目の肖像画入りの手のひらサイズの組合証を作ることは、私がこの世界に息づく始めの一歩だったのだ。


「これであんたはアタシの娘だ。こんな母親嫌かもしんないけどね」


 私は生まれて初めて、心から安心する家族を得た。それが、あっという間に失われる儚いものだとは気づかず。


 エルフの寿命は千年。けれど、誰もがそこまで到達できるわけじゃない。ベッドの脇に跪いてシワシワの手を握りしめる私に、すっかり痩せて小さくなったルビィは告げた。女神の託宣のように。


「風の赴くまま、旅をしてみな。そのうち、あんたにもわかるかもね。誰かを乞う心や、自分の居場所ってものが」


 そして私は、動かなくなったルビィの体を土に還し、二人で生きてきた家を聖属性の魔法で封印して、広い世界に足を踏み出した。






「とはいえ、今の私はプー太郎なんだけどねえ。ルビィがあの世(精霊界)で泣いてるわよ。いや、怒ってるかもしれないわ。いい歳して不甲斐ない弟子に」


 ぶつぶつとぼやきながら、舗装されていない道をてくてくと歩く。帝都から遠く離れた東部は、まだ未開拓な土地も多い。


 いっそのこと東端のエスティラ大河を越えて、隣国のラスタ王国に抜けてしまおうか。


 ラスタはエルネア教団の腐敗を嫌ったものたちが、ルクセンから移住する形で興った国だ。ヒト種とエルフが幅を利かせているルクセンに比べて他種族が多いと聞いている。


 もふもふの体毛に包まれた獣人に、トカゲが二足歩行している竜人、首無し騎士みたいな見た目のデュラハンもいるらしい。まさに漫画の光景を目にできるかもしれない。


「パーティで行動してるときは、あまり他種族との接点なかったからね。たまにダンジョンで出会っても、積極的に絡んでこないというか……。今思うと、貴族のアルを避けてたんだろうなあ」


 パーティを抜けてひと月。彼らは今頃、何をしているだろうか。


 そのとき、激しい怒声と魔物の唸り声が聞こえた。誰かが近くで戦っているらしい。それも複数。魔法使いがいるのか、微かに爆発音も聞こえる。


「うわあ……。嫌な現場に遭遇しちゃった。どうしよう。助ける? でも、あとが面倒くさそう。アルのときも、うっかり手助けしたらパーティを組むことになったのよね」


 その結果が今である。腕を組んでうーんと悩んでいると、俄かに左手の森から金髪緑目の少年が飛び出してきて、私に向かって叫んだ。


「逃げて!」

出会いはいつも突然に。

サーラとルビィが過ごしたのは一年半ぐらいです。

この世界の魔法は便利ですが、万能ではありません。

属性を帯びるほど魔力を持たない人もたくさんいます。

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