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11話 領民ゲットだぜ(詐欺師になった気分)

「わー! あれが領主様のお家なの? 大きいのねえ」

「まだ一部しか建ってないけどね。そのうち立派なのができるよ。その頃にはライスも収穫できるだろうね。楽しみだなあ」


 御者台に並んで座り、シエルと兎の獣人――ミミがはしゃいだ声を上げる。その顔にはもう不信感も警戒心の欠片もない。シエルがプレゼントした赤色のリボンが長い耳の根元で風に靡いている。


「無邪気だなあ……。自分が人質だってわかってるのかな……」

「めそめそ泣かれるよりはいいよ。ピグたちが変な気を起こさなきゃいいだけなんだからさ」


 荷台で呟く私に、向かいに座ったロイが応える。


 ピグは降ってきた豚の獣人の名前で、不法滞在者たちのリーダー的存在だった。


 シエルの呼びかけに応じて集まったのは三十人。みんな種族を理由に街を追われた獣人や竜人たちで、血縁関係はなく、旅の途中で出会ってあの廃村に流れ着いたという。


 元農民が多かったので、細々とライスを作り、正体を隠して一年に一度アマルディやアリステラの街で売っては生活費を稼いでいたらしい。スライムがいなかったのも、彼らが駆除したからだ。


 その中でもミミは唯一の子供で、今年十二歳。四年前に野盗に殺された両親のそばで泣いているところを拾って育てていたそうだ。


 つまり、ミミはみんなの子供。表向きの理由は「村との連絡係兼女中。あと行儀見習いのため」と召し上げたが、実質は大人たちに課せられた足枷だった。


 ミミを連れて行くと宣言したとき、当然大人たちは渋った。けれど、そんな彼らにシエルはこう続けた。


「不敬罪って知ってる?」と。


「まあ、収穫したライスは正規料金で買い上げるんだから、ピグさんたちにとっても悪い話じゃないか……。領主館の運営に人手がいるのは確かだし、若い子がいたらロイも嬉しいでしょ? 慣れるまで面倒見てあげなさいよね」

「俺、子供は対象外。それに、好きになった女にしか優しくしない。アルマに任せればいいよ」


 あら、意外。男はみんな若い子が好きだと思ってた。前の職場で営業マンたちがそう言っていたから。


 返事の代わりに小さく頷き、自分の服に目を落とす。シエルの水魔法のおかげで、すっかり綺麗になった。ミントグリーンのローブも紫色のサルエルパンツも元通りの色に戻っている。これなら土臭くないだろう。


「ひょっとして、俺の鼻を気にしてる? 村でも言ったけど、サーラはいい匂いだよ。異国の……なんて言うんだ? 白檀? みたいな感じ」

「具体的に言わなくてもいいわよ。白檀っておばあちゃんの家じゃないんだから……ちなみにシエルは?」

「シエルは森の香り。どこにいても爽やか」


 エルフの血を引いているからだろうか。ちょっとだけ羨ましい。


 そんな話をしている間に、ポチが建設現場の前で足を止めた。最初にシエルがミミを抱き抱えて降り、次にロイが荷台から飛び降りて備え付けの階段を地面に下ろしてくれる。


「サーラ、手」

「ありがとう。紳士ね」

「ん」


 ロイは私を降ろしたあと、階段を戻して軽々と御者台に飛び乗り、渡し船の業者へポチを返しに行った。


「お帰りなさい、シエル様。二日ぶりですね。なかなか戻ってこないから心配してたんですよ」

「ごめん、ナクト。商談が長引いちゃってさ。おかげで南の村は息を吹き返したよ。この子、新しい領民。女中として雇うことにしたんだ。ミミ、領主館を建て直してくれている大工さんで、現場監督のナクトだよ。ご挨拶して」

「初めまして、ミミ・ロッコです。十二歳で、種族は首狩り兎(ジャックラビット)の獣人なの。これからよろしくね!」

「兎の獣人かあ。可愛いなあ。おいで、みんなにも紹介するよ。アルマー!」


 目尻を下げたナクトくんがミミの手を引いてアルマさんの元へ駆けていく。ナクトくんは子供好きらしい。それはいいのだが、ミミが首狩り兎の獣人だったことに動揺を隠せない。

 

「首狩り兎ってかなり強い魔物だよね? 腕をひと薙ぎすればヒト種三人分の首が狩れるっていう。可愛いで済む?」

「成長したら護衛になってもらうのもいいかもなあ。楽しみだね」


 呑気に笑いながら鍛冶場に向かうシエルについていく。


 作業の手を止めて賑やかにミミと話している大工たちの近くで、クリフさんは相変わらず一人で金槌を振るっていた。


 二日離れている間に鍛治場はさらに立派になり、初日にはなかった壁や棚ができていた。常に開けっぱなしにできるように、入り口は引き戸にしたらしい。


 中で寝泊まりするためか、小さなソファベッドも置かれている。見慣れぬ鍛冶道具も増えているし、床には依頼品だと思われる鍋やノミが散乱していた。


「クリフさん、ただいま帰りました。お変わりないですか?」

「二日で変わるわけあるか。前置きはいいからとっとと話せ」


 取りつく島もない様子にシエルが苦笑する。雇われてはくれたものの、クリフさんは貴族が嫌いらしい。


 唯一クリフさんの心をこじ開けたナクトくんが、「首都で貴族に商品を騙し取られたっぽいです」と言っていた。工房を閉めて人探しに来たのもそれが原因なのかもしれない。

 

「ミミが来たのでお察しでしょうけど、南の村に農民がいたんです。今後、彼らの農具の調整もお願いしていいですか?」

「それぐらいなら、大した労力じゃない。いつでも持ってこい」


 金槌を振るいながら顔も上げずに言う。今は包丁を作っているらしい。私には物の良し悪しはわからないが、クリフさんが打つ包丁は、まるで刀みたいに美しく感じた。


「すご……。綺麗……」

 

 クリフさんは手を止めると片眉を上げて私を見た。


「欲しいならやる」

「えっ、依頼品じゃないの?」

「手習いだ。これから人が増えるなら、いずれ料理人も雇うんだろう。そのときは、もっといい得物を作ってやりたい。ガキの頃に生活用品も作っていたとはいえ、本業は防具職人だからな。こうして何度も打って感覚を体に刻みつけるんだ」


 クリフさんはザ・職人。それもいい職人だ。同じことを感じたのか、シエルの目がキラリと光る。


「うちのロイを弟子に取りませんか? ドワーフ夫婦に育てられたから基礎はありますよ。暖簾分けしていただけたら、ロイヤルティをお渡しします。グランディールに支店を出せば、ルクセンにもクリフさんの作品が行き渡りますよ」

「ルクセンはデュラハンが少ないから、需要があるとは思えんな。それに、あの小僧は俺の腕についてこれんだろう。今は弟子を取る気もない。あと四十年ぐらい経ったら考えてもいい」

「うーん。その頃にはおじいちゃんになっちゃってるなあ」


 あっさりと断られてシエルが頭を掻く。ハーフドワーフは純血のドワーフに比べて寿命が半分だが、百五十年は生きる。クリフさんは四十年後も現役でいられるだろうが、ヒト種の私たちはそうはいかない。


 みんな元気だと思いたいけど……その頃、私はまだグランディールにいるのかな? 今の時点ではわからない。


「シエル! サーラ!」

「ロイ? どうしたのよ。ポチを返しに行ったんじゃなかったの?」

「途中で渡し船の業者と会ったんだ。ラスタ……グリムバルドからシエルに面会したい人が来てるって。何だっけ? ワー? なんとか商会の会頭だって人」


 なんとか商会ってざっくりしすぎだろう。そう突っ込むと、ロイは「だって俺、ラスタの商会とか知らないし……」としょんぼりした。私と同じコミュ障だから、聞き返せなかったのかもしれない。

 

「ありがとう。いい知らせだよ。ここに着任して一週間で来たか。さすがだね」


 しょげるロイを労いつつ、シエルがにやりと笑う。

 

「クリフさん、もう一つお願いしたいことがあるんですが」






「やあ、素晴らしい! 着任されてまだ一週間だというのに、南の廃村を復活させるとは! この応接間も素晴らしいですな。落ち着いた色調の家具が、建物の素朴さと絶妙にマッチしています」

「職人たちが頑張ってくれたおかげです。本館ではなくて申し訳ありませんが、建て直し中のためご容赦ください」


 シエルの口上を聞きつつ、豪奢なソファに腰を下ろしたデュラハンの前にルクセン名産のローズティーを置く。


 家具屋曰く、このローテーブルもアンティークの一点物だ。床に敷いた幾何学模様の緋色の絨毯も、ラスタのさらに東にあるアッカム王国からの輸入品らしい。


 宿泊用の小屋は鍛冶場と同じく、私たちがいない間に魔改造されていて、小屋に併設する形で応接間を兼ねた執務室ができていた。


 驚く私たちに、ナクトくんは「必要だと思って!」といい笑顔をしていた。ここまできたら、もはや小屋じゃなくて臨時の領主館だ。


「お茶をありがとうございます、お嬢さん。素敵なローブですな。長杖の先端についている黄緑色の石は、風属性の魔鉱石ですか?」


 愛想よく話しかけてくるデュラハンに「そうです」の意味を込めて目礼する。


 魔鉱石は魔素を含んで属性を帯びた鉱石のことだ。合金として使うのが多いが、純度の高いものは研磨して宝石代わりに使うこともある。別に知られて困るわけではないけど、ここで詳しく答えると本題に入るのが長くなる。


 対面に座るシエルにも手早くお茶を出し終え、彼の後ろに立つロイに並ぶ。相手も護衛兼部下を連れているので、退室しなくても失礼ではない。


 本来ならお茶を出すのは女中のミミの役割だが、研修もしてない上、初日じゃとても無理なので私が引き受けたのだ。一応、前職で来客応対やってたし。

 

「では、改めましてご挨拶を。私はラスタ王国首都グリムバルドに本店を構えます、ワーグナー商会の会頭、ハリス・ワーグナーと申します! グランディール辺境伯におかれましては、こうして御尊顔を拝謁できる機会を賜りまして恐悦至極です」

「わざわざこんな辺境までお越しいただきまして誠にありがとうございます。グランディール領主、シエル・グランディールと申します。さすが、ラスタの中でも十本の指に入る新進気鋭のワーグナー商会ですね。御社が一番乗りですよ。その青色の全身鎧(フルプレート)はとても機動性に優れてらっしゃる」

「はっはっはっ、デュラハンのジョークにも精通されているとはお見それしました。ルクセン国民はエルフとヒト以外の種族――とりわけデュラハンにはご興味がないかと思っておりましたよ」

「いやいや、そんな。隣国ラスタは古くからの同盟国。知っているのは当然のことです。それにブリュンヒルデ家の三男坊とはいえ、僕は後妻の子供ですからね。どうぞ固くならずに。()()()()()()話し合いましょうよ」

「おっと、これは失礼いたしました。緊張のあまり忘れていたようです。私はこう見えて肝が小さいのですよ」

 

 分厚い籠手で引き上げられた面頬――兜についている顔の覆いの下から現れた青白い一対の光が三日月のように細くなる。


 アルマさんに教えてもらったマナーによると、商談の席では面頬を上げる決まりなのだそうだ。つまりハリスさんはシエルを試していたことになる。


 相手は隣国の辺境伯なのに、この堂々とした態度。脇目も振らずに我が道を突き進むタイプだ。絶対に上司にしたくない。


「早速本題に入りましょうか、ワーグナーさん。あなたは僕の領地でどんな取引をお求めで?」

 

 高らかとゴングが鳴り、営業マン同士の戦いが幕を開けた。

領民が増えて喜んだのも束の間、サーラたちに休む暇はありません。

首狩り兎は兎と名前がついていますが、カンガルーみたいな見た目の魔物です。マッチョ。

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