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1話 パーティを追放されました(お約束なの?)

「サーラ・ロステム! 今日限りでお前をこのパーティから追放する!」

 

 なーんて、漫画みたいなことは現実には起こらない。仰々しい最後通牒の代わりに突きつけられたのは、堅苦(めちゃくちゃ)しい(読みづらい)文章がずらずらと書かれた解雇通知書だった。


 一.甲は乙との契約解除にあたり、乙からの貸与品を乙に返却する。なお、ダンジョン探索で得た正当な報酬(アイテムや金品)についてはこの限りではない。

 

 二.甲は契約期間内に知り得た乙の情報を第三者に漏らさない。

 

 三.乙は甲に契約終了日までの賃金を日割り計算し、支払う義務を負う。


 エトセトラ、エトセトラ……。


 ……うーん。頭にちっとも入ってこない。でも、そんなこと言えないから読むふりをしてうんうん頷いておく。適当にサインしようが、真面目にサインしようが、解雇されることには変わりないんだし。


「ごめんねえ。僕たちとしては、まだ君と働きたかったんだけど」


 昼間だというのに、ざわざわと賑やかな酒場の一角。酒も料理も乗っていないテーブルを挟んで向かい合ったノワルさんが、申し訳なさそうに眉を下げる。


 (つや)やかな金髪から覗くエルフ特有の長い耳に、女性に見間違えるほど甘いマスク。サファイアみたいな瞳を彩るまつ毛は私より長い。今、こうしている間も店員のお姉さんから熱い視線を贈られている。


 お姉さん……。この人、見た目は二十代だけど、実際は三百歳越えのおじいちゃんだからね?


「サーラ?」

 

 余所事を考えていたことに気づいたらしい。ノワルさんが優しく私の意識を引き戻してくれる。


 この三年間、ともすれば思考が飛びがちな私を(ぎょ)してくれたのは、いつだってノワルさんだった。彼がいなければ、とっくに魔物にやられていただろう。


「大丈夫です。ここにサインすればいいですか」

「……うん。異論がなければ本書と控えの両方にサインと……拇印ももらえるかな。最近は何かとうるさくてね。サインだけだと、偽造を疑われることもあるから」


 恨み言一つこぼさずに紙面を指差す私に、ノワルさんは寂しそうに笑った。

  

 お姉さんの視線には気づかない……ふりをしている。下手に愛想良く振る舞って、期待を持たせる罪深さをよく知っているのだ。


 彼の何十分の一かでも私にその能力が備わっていれば、解雇の憂き目には遭わなかったかもしれない。


 差し出された万年筆を握った私に、ノワルさんの隣に座っていた男がため息をついた。

 

「もったいねぇなあ。ノワルの美貌にも揺るがねぇ貴重な人材だったのによ。あんたは自己主張しねぇけど、仕事はきっちりしてたし、変わった知識もたくさん持ってた。作る飯も美味かったんだけどな……」


 野球少年みたいに刈り込んだ茶髪を撫で上げるのは、ヒト種のゴルドさんだ。左眉に斜めに走る傷の下には、大人の包容力を感じさせる優しいヘーゼルナッツ色の瞳がある。


 笑うと目尻に寄る皺と、すっと通った鼻筋は彼の魅力を十二分に引き上げていて、このバレンスローの街ではノワルさんと二分する人気を博していた。


 確か今年で三十八歳だっただろうか。魔物の首なんて一瞬でへし折れそうな筋肉を持つおっちゃんだが、戦士ではなく、生命魔法の使い手の医者だ。


 見た目に反して女子力が高く、趣味は刺繍とレース編みとお菓子作りというから徹底している。私のレースのハンカチも彼に編んでもらった。


「おい、坊。考え直すなら今のうちだぜ?」


 ゴルドさんが声をかけるも、酒場の隅でこちらに背を向けて座る男は振り返りもしない。微かに見える唇は、親に叱られた子供みたいに尖っている。


 燃えるような赤毛とオレンジ色の瞳は、まるで夕焼けの光を閉じ込めたみたいに綺麗だ。顔の作りもノワルさんに引けを取らないぐらい整っている。


 なのに二人ほど人気がないのは、まだ二十歳のお坊ちゃんだからだ。出自もおそらく関係しているだろう。彼はアルカード・バルギス・フォン・アーデルベルトという長ったらしい名前が示すように、貴族の三男坊なのだ。


 貴族への不敬罪が適用されるこのルクセン帝国では、平民は貴族に近寄り難い。その上、アーデルベルト家は数多ある公爵家の中でも、「塔の聖女」を有するエルネア教団と深い繋がりを持つ、正真正銘の大貴族様だった。


 たとえ貴族らしいキラキラしたお洋服をまとわず、ところどころに魔物の爪痕がついた薄汚れた鎧を着ているとはいえ、その高貴さは隠しきれていない。


 それに、かなりの世間知らずだ。六歳上の女に求婚するぐらいには。


 アルカード――アルが遅すぎる初恋に目覚めるまで、私たちは非常に上手くやっていたと思う。


 愛されて育ったからか、多少甘えん坊なところはあったが、貴族にありがちな尊大さはなかったし、何より私をただの従業員ではなく、「魔法使いのお姉さん」として気さくに接してくれていた。


 まだ少年だったアルが、初めて対面する私の黒髪黒目を見て「聖女さまみたいですね!」と褒めてくれたのは今でも忘れない。


 いつしか私も懐いてくれるアルを弟みたいに思うようになったし、彼がすくすくと育っていく姿を見るのはとても喜ばしかった。「いつかお嫁さんを連れてきたら、感動して泣いちゃうかもしれないわ」なんて思ってたのに、まさかその相手が自分とは。


 そう。私が解雇されたのは痴情のもつれというやつだった。顔を真っ赤にして「俺と結婚して!」と叫んだアルに、「え、ごめん。無理」と返した私の言葉は、まだ若い彼のプライドを傷つけるのは十分だったらしい。


 もちろん、悪いのは私だ。同じ「無理」でも、「弟にしか見えないから無理」とか「私にはもったいないから無理」とか他にもっと言いようがあったのに、突然告白された衝撃で頭が真っ白になって何も出てこなかったのだから。


 熟練の戦士(経験豊富なお姉さん)なら、すぐに立ち直って上手くお断りできたかもしれないが、人の心の機微に疎いコミュ障にはハードルが高すぎた。


「おい、アル坊。聞いてんのか?」


 ゴルドさんが再度声をかけるもアルは答えない。それだけ深く傷つけてしまったのだろう。まな板みたいな胸が痛む。


「……意思は固いみたいだね。本当に申し訳ない。アルカードの不義理を、我ら暁の星(ウェヌス)騎士団が、当主のギデイン・アーデルベルトに代わって謝罪します」


 揃って頭を下げるノワルさんとゴルドさんに「やめてください」と慌てて答える。たとえアルのお世話係だろうとも、彼らに謝られる謂れは何もない。


 そもそも、彼らは私を頑なに避け続けるアルをずっと諭してくれていた。それでも解雇を決断せざるを得なかったのは、ひとえに当主(雇用主)の息子の命を守るためだ。


 アーデルベルト家の人間は男も女も十六歳になると、経験と戦う力を手に入れるため、ダンジョンの探索や魔物の駆除を生業にする探索者(シーカー)として、修行の旅に出ることを義務付けられている。


 アルもその例に漏れず、子供の頃からのお目付け役だったノワルさんとゴルドさんと共に旅に出た。その最中で、たまたま同じダンジョン内にいた私が雇われたのだ。


 この国でいうダンジョンは遺跡――つまり、過去に生きていた人間たちの生活の場だが、住民が凶暴な魔物にすり替わっていることも多く、過去に宝物庫や機密保管庫だったところでは、泥棒避けに罠が仕掛けられているケースもある。


 そんなところに人間関係が拗れた状態で突入するとどうなるか? 良くて再起不能、悪くて全滅だ。


 だから、ノワルさんたちは私にパーティから抜けることを要請した。私もアルとの不和を息苦しく思っていたところだったので、この解雇宣告はむしろ渡りに船だった。


「三年間、本当にお世話になりました。皆さんは、これからどこへ?」

「一度、領地に戻って態勢を整えるよ。義務付けられた二年間はとうに過ぎたしね。それからどうするかはアルが決める」


 サインした解雇通知書の控えをくるくると丸め、ノワルさんが椅子から立ち上がる。いよいよお別れのときだ。感慨深くはあるが、湿っぽさはない。いずれ縁があればまた会えるだろう。


 場所を借りたお礼として店主に席料を払い、揃って酒場を出る。ついこないだまで寒かったのに、すっかり春の陽気だ。見上げた空は皮肉にも青く澄み渡っていた。


「サーラはこれからどうするの?」

「まだ決めていません。退職金もたっぷり頂きましたし、とりあえず東へ行ってみようと思います。前に食べた魚が美味しかったから」


 手にした長杖で東を指す私に、ノワルさんが目を細める。まるで巣立つ子供を見送るように。

 

「いくら旅慣れしていると言っても、女の子の一人旅は物騒だから気をつけて。困ったときは、躊躇せずに魔法使い組合(ソーサラーズギルド)探索者組合(シーカーズギルド)を頼るんだよ。……この旅が終わったら、君をアーデルベルト家付きの魔法使いに推薦しようと考えてたんだけどね」

「またまたあ。アーデルベルト家の就職試験は厳しいって評判じゃないですか。私なんて、きっと受かりませんよ」


 アルは私と目を合わせない。ゴルドさんが促しても梨の礫だ。私もあえて声をかけない。こんな女のことなんて忘れて、早く立ち直ってほしいと思う。


「じゃあ、この辺で。皆さん、お元気で!」


 マント代わりのミントグリーンのローブの上からリュックを背負う。大きく手を振るノワルさんとゴルドさんに手を振り返しつつ、別々の道を行く。


 一瞬だけアルが息を飲んだ気配がしたが、決して振り返らない。


 足取り軽く進む私を、アルは薄情だと思っているかもしれない。けれど、生まれつき優しい人たちに囲まれている彼には、きっとわからないだろう。


 いくら雇用条件が良かったといえども、人付き合いが苦手な私には、一人になる不安よりも自由を手に入れた安堵感の方が大きいのだと。

 

 それにしても、最後まで気づかれなくてよかった。


 私――朝倉紗夜(あさくらさや)が異世界から来た聖女だということに。

新作開始致しました!

もし、面白そうだと思って頂けましたら、ブクマ、いいね、ご評価頂けますと泣いて喜びます。

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