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推定チョコ君はどこから

作者: 霜田大輔

六限目の移動教室が終わった後、俺は自身の教室に帰ってきた。教科書を机の中に入れようとすると、途中で入らなくなってしまうことに気付く。自分の机の中に何が入っていることは把握しているつもりである。少なくとも詰まるるようなものは入れていない。何か自分の知らない物が入っているらしい。


手をガサゴソと机の中に入れると、自分の記憶にないものが手に当たる感覚がした。どうやら犯人はこれらしい。赤い綺麗な包装紙に包まれリボンで装飾された箱が出てきた。大きさは長財布くらいだろうか。


これでも青春の代名詞である男子高校生である。もしやと思ってしまうのは無理がない。俺の視線は教室の前方に向けられる。黒板の右横。そんな大きく印字されたものどこで売ってるんだと聞きたくなるカレンダーにはこのように刻印されていた。


二月十四日。バレンタインデー…そう製菓会社の陰謀の日。


青い春とは無縁の生活を送ってきたが、ついに彼女とやらができる…と思っていた。だが、ここで大事なものが付属していないことに気付く。この推定チョコが入ったプレゼントに送り元の名前が書いていないのである。引っくり返してみてもメモなどは見つからない。


「そもそも、これは俺宛のものなのか?」


悲しくなってくるが、自分はまぁ…そんなにイケメンではない。友達はいるにはいるがそこまで多くもない。こんな俺にチョコを送る女性なんているのだろうか。


教室に残っている生徒に聞く?馬鹿言え、恥ずかしくてそんなことできるわけなかろう。それに仮にそれを行ったとすると当然それは教室中に電波する。当然誰が送ったのかと噂になってしまう。それは送り元の方に迷惑が掛かってしまう。


「何か困りごと?」


俺がうんうんと唸っていると、横から凛とした声が聞こえた。顔を向けるとよく見知った顔がそこにはあった。


瀬戸内香奈。一年生の頃、とある事情によりこうして話す仲になった友人である。俺と同じくらいの身長に女性らしいスタイル、長い黒髪と意志の強そうな瞳が彼女がどのような人間か物語っていた。二年生になり別クラスになったとはいえ、お互い顔を合わせると普通に話はする。


「瀬戸内か。いや、まぁ…そうだな」

「歩き疲れちゃったの?それとも言いづらいこと?それならなら仕方ないけど、一人より二人の方が解決するかもよ」

「…確かにな」


製菓会社の陰謀により悩んでいるなんて恥ずかしく、何て言おうか悩んでいた。だが、俺だけの問題ではなくこのチョコを送ってくれた人にも関わる。瀬戸内にはバレるがしょうがない。


「…あー。チョコを貰ったんだ…多分」

「おぉ!ついに倉田に春が来たんだね。ん?多分??」

「机の中に放り込まれててな。多分俺宛なんだとは思う。それにメモも何もないから、誰がくれたのかが分からないんだ」


包装紙に包まれた推定チョコを瀬戸内に見せる。彼女はそれをじっと見つめた後、俺に視線を戻す。なにやら真剣な表情だ。


「で、どうするの?」

「仮に俺のだとして、誰がくれたのかはちゃんと知りたい。ホワイトデーにお返しもしたいしな」

「そこまで考えてくれるだけで、送った人はチョコを作った甲斐があると思うよ」


瀬戸内は俺に人差し指をピンと上に向けながら話す。


「じゃあ、一旦情報を整理してみよう」

「何でそんなノリノリなんだ」

「帰るまでの暇つぶしができたら嬉しいだろう?」

「かもな」


基本真面目なんだが、たまに頭のネジが少し緩むんだよな。キッチリしすぎたらそれはそれで話しづらいから俺はこちらの方が好きではあるが。俺は笑いながらここまで知っている情報を話し出した。


「この推定チョコ。こいつは俺の机の奥に入っていた。席替えが不定期にあるとはいえ、間違った人間の机に入れはしないと思う」

「流石にそこはリサーチするだろうしね。そのチョコは倉田宛だと考えていいと思うよ」

「そう断言してくれて助かる。そして、これを誰がくれたのか…それが問題だ」

「チョコ自体になにか分かるものはなかったの?」

「いや、それらしいものは特に…」


推定チョコ君をよく見てみる。赤い包装紙、ピンク色のリボン…こう言っては何だがよくあるプレゼントっぽいものである。引っくり返してみると包装紙の上に何か鹿のシールが貼ってあることに気付く。ポップなデザインの可愛らしい馬と鹿がジト目でこちらを見つめていた。シールが貼ってある面を瀬戸内に見せつける。


「馬と鹿のシールが貼ってあるね」

「これはあれか。馬鹿ってことを言いたいのか」

「ふふっ…どうやら随分、愉快な人が送ったみたいだ…ね」


瀬戸内は口を手で押さえながら、笑うのを我慢しているようだ。なんだコイツを送った奴は?最初は貰ったのが嬉しかったが、段々腹が立ってきた。頭の火山が溢れそうになるのを抑えつつ、思考を冷静に…冷静に回していく。


そう…ここから言えることは………すごい腹が立つ!!何で俺は放課後にこんなことをしているんだ。馬鹿にしてんのか!?


「ふー!ふーっ!!」

「どーどー」

「俺は馬か!?」

「ふふ、意外と馬って賢いらしいよ。さっきの授業でそんな話してた」

「ぶっ飛ばすぞ」

「暴力反対ー」

「煽るお前が悪い。あと、これ送った奴」

「調べる理由がもう一つできたね。ぷぷっ」


これを送った奴はここまで想定していたのか。俺を取り乱すのが目的か?三国志の軍師でもやってんのかコイツは。駄目だ、落ち着こう。一旦これは置いておこう。これ以上考えても考えられることは何も思いつかない。


………よし、頭切り替え完了。


「あと、大事なのは…いつこれが置かれたかだ。五限目の授業は数学。場所はこの教室でこの机だ。当然、教科書やノートの出し入れに使ったが、その時に何かにつっかえた感触はなかった。つまり、それまではこの推定チョコは俺の机には存在していなかった」

「あれだけ怒ってたのに、すぐペラペラ喋れるのは君のいいところだよ」

「口縫い付けられたいのか瀬戸内さんよ」

「はー怖い怖い。それで?」

「続きだ。俺ら四組の六限目の授業は美術だった」


教室間と美術室で移動する必要があり、クラスの人間が誰もいない時間が生まれる。推定チョコが置かれたとしたら、この六限目の前後の休憩時間しかないと思う。


「ふーん、で…その時間に誰かが置いたと。でもそれだと誰か置いたか絞れないんじゃない?」

「少なくとも学年が違う人間の可能性は薄くなったと思う。短い休憩時間で違う学年の階には来ないだろうし」

「そもそも、倉田にチョコをくれるような後輩、先輩っていたっけ」

「…いるさ」

「え?いたの?誰?」


やめろよ。俺にもチョコくれそうな人がいるんだ…本当だよ。


「妹…です」

「じゃあ、学校で渡さずに家で渡さない?」

「おっしゃる通りで」

「じゃあ、違う学年というのはなしね。二年生の誰か」


さて、ここまで同学年ということまでは絞れたが、正直これ以上は難しい気がする。マジで名前書いとい欲しかった。


「あと、置きやすいのは別クラスの人間じゃない?」

「なんで?同クラスでも置けるだろ」

「四組が美術の時間ということは他のクラスは違うでしょ。他クラスの方が移動時間の分置くための時間が多い。あ、そう考えると体育とかがあったクラスもそうね」


確かにそうだ。同じクラスだった場合、わずかな時間でしか推定チョコを置くことができない。俺は割とギリギリまで教室にいるので、難しいはずだ。


移動する必要があるのは美術、音楽、体育…あとは情報の授業か。これは各クラスに貼ってある時間割を確認すればすぐに分かる。俺らの学年は七組まであり一クラス当たり大体三〇人。犯人候補は約二一〇人。仮に四クラスが移動教室だっだと仮定しても九〇人にしか絞り込めない。


「あとは…」

「あ、ちょい待ち」


瀬戸内が更に続けようとしたとき、ズボンから振動が伝わってきた。俺はポケットに入れていたスマホを取り出し画面を確認する。するとメッセージアプリから通知が来ていたので、画面をタップしアプリを起動する。


『お母さんから伝言。駅前のスーパーで卵買ってきてって。オムライスがライスになる』


どうやら、我が家の晩御飯の危機が発生しているみたいだ。しかし、俺は人生の岐路に立っている。妹からのメッセージに「お前が行けよ」と返信しようとしたところ。続けざまに文字列が連続で表示される。


『はよ』

『ダッシュ』

『お前のゲームソフトをフリスビーにするぞ』


あ、はい。


「すまん、急用ができた」

「え?あ…」

「帰ってからまた考えるわ。付き合ってくれてありがとな」


急いで帰る準備を済ませる。右手を上げながら瀬戸内に別れの挨拶し教室からダッシュで駆け抜ける。途中、年主任の先生の怒号が飛んできたが、我が家の一大事なんです!とクソ真面目に返すと、すぐに開放してくれた。


その後、結論だけ書くとスーパーで無事に卵を購入できたので、我が家の晩御飯がライスのみになることは回避された。


時間が過ぎ、夜九時頃。明日提出の宿題をやっていると小腹が空いてきた。コンビニに何か買いに行こうかと思ったが、ここで推定チョコ君のことを思い出す。鞄に放り込んだ推定チョコ君を取り出し、綺麗に包まれた包装紙を取り除いていく。すると簡素なギフトボックスが出てきた。これにも特に何も付属しておらず書かれていない。


箱を開けると手作りであろうチョコが六個入っていた。食べても大丈夫だろうか。匂いは…特に問題はないな。少しの不安と共にひょいと口の中に放り込む。一度だけ食べたことがある外国産のお高いチョコのように、格別に美味いというわけではない。それでも舌の上に優しい甘い味が広がった。


糖分が補給されたせいか、少し頭が回る感覚がする。少し思考を巡らせたのち、スマホのメッセージアプリを起動し、伝えたい内容を送信する。


『瀬戸内、チョコくれたのお前?』


気になったことは三つ。


一つ目。推定チョコ君、いやもう確定チョコ君か。確定チョコ君を手に取って悩んでいるとき、瀬戸内は俺に歩き疲れちゃった?と声をかけてきた。普通に授業をしていただけの他クラスの友人にこの言葉は中々出てこないだろう。ならばなぜか。俺が美術室から教室まで移動してきたことを知っていたのだ。


二つ目。馬と鹿のシールが出たとき。あいつは先ほどの授業で先生が言っていたと話していた。馬が出る授業とは何か。分かりやすく思いつくのは社会の授業だ。社会の授業は基本的に自身の教室で行われる。


三つ目。俺が確定チョコ君をくれた人を知りたいと言ったとき、アイツは「送った人はチョコを作った甲斐がある」と言っていた。何故手作りであると知っていた。綺麗な包装がされているのを見れば、既製品を買って送った可能性もあるのに。


机の上に置いたスマホが震える音がする。


『今頃気付くな!!馬鹿!!!!!』


俺はメッセージを見て爆笑しながら返事を返した。


『知ってる。シールに貼ってあったし』


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