目には見えない物
もう既に貴方は持っているではないか。
それも、一つではない。
講義が終えたマインは、アングリー神官長と大学内の屋外にあるベンチに腰かけていた。
「マインさん、本日もありがとうございました」。
「こちらこそありがとうございました。アングリー神官長様の講義は本当に感銘を受ける事ばかりですわ」。
「はっはっは~! 私はただ自分が見てきた事をありのまま話しているに過ぎませんよ~! ...あっ! そういえば、御母様は元気にされておりますかな? 」。
「ええ、元気ですよ」。
「そうですか、御母様には是非よろしくお伝えください。クッキン家の皆様にはユズポン大聖堂だけではなく、教団全体が大変御世話になっておりますのでね~。本当に我々も何と御礼を申し上げて良いのやら...」。
アングリー神官長が苦笑交じりにそう言うと、マインは困惑した表情を浮かべながら首を横に振った。
「いえいえっ! 私達はそんな見返りを期待して御手伝いをしているわけではございませんからっ! そんな御気になさらないでくださいっ! 」。
「いやぁ~、はははっ! そうおっしゃていただけると幸いです」。
「それと、今日はアングリー神官長様も本当に講義御疲れ様でした。講義が終わっても学生のみんなに囲まれてたみたいで、アングリー神官長様はみんなからもとても人気なんですね~」。
マインがそう言うと、アングリー神官長は苦笑しながら首を横に振った。
「いえいえ、あの講義が終わった後に学生様から質問を受け付けておりましてね。ほとんどブリッジさんとミュージーさんに関する質問だったのですが...。まぁ、御二方は容姿端麗ですから皆様の目を引くのも無理もないのかもしれませんな~! はっはっは~! 」。
「あの、それで一つ御聞きしたいのですが...」。
マインは高笑いしているアングリー神官長を気にも留めず、神妙な表情を浮かべながらそう問いかけた。
「はい、何でしょう? 」。
「今回講義でも話をされていたミュージーさんの件なんですけど、幼い頃から施設で生活をされていたという事は修道院の皆様やアングリー神官長様と礼拝に参加したりポンズ神の教えを学んでいたわけですよね? 」。
「ええ、施設の子にも教養の一環として私達の活動に参加していただいております」。
アングリー神官長が笑顔でそう答えると、マインは気難しそうな表情を浮かべながら青空を見上げた
「う~ん、アングリー神官長様もおっしゃてましたが...。私にはミュージーさんは御両親を戦争で亡くされたのに、平和や王国防衛のために同じく軍人の道に進まれた事が...何か...いまいちピンと来なくて...」。
マインがそう言うとアングリー神官長は大きく頷きながらベンチから立ち上がり、神妙な表情を浮かべて自身も青空を見上げた。
「マインさんが疑問に思われている事も分かります。神の教えでは武力的行使を強く否定しております。そして、権力や圧力で人を屈服させる事は非人道的な行為です。ミュージーさんが諸国との戦争で両親を失った経緯もあって、私や他の者達はその復讐として王国軍への入隊を志しているのではないかと当初は懸念を抱いておりました。そんな私達にミュージーさんはこうおっしゃりました」。
アングリー神官長は空を見上げたまま間を置き、しばらくして再び話を切り出した。
「王国のために戦ってきた強き父と母のように大切なこの王国を護るためには、単なる能力の向上だけではなく今から様々な苦難を経験して自身をより高みへと昇らなければいけない...と。終戦したとはいえ、諸国が宣戦布告してきたりテロリストが王国内に侵入してくるか分からない。平和のためには迫りくる様々な危機を打破するために自分や王国軍は強くなり続け、常に冷静沈着でなければいけない...とね」。
「...」。
マインは神妙な表情を浮かべたまま、空を見上げているアングリー神官長の横顔を黙って見つめていた。
「当時、十五歳だったミュージーさんが私達にそう言ったんですよ」。
アングリー神官長も神妙な表情を浮かべたまま、そう付け加えてマインの方に向き直った。




