STORIES 029:波が洗い流すよ
STORIES 029
夕方の高速道路を走る帰り道。
ガソリンが残り少ないことに気付く。
途中でインターを降り、街道沿いのスタンドへ。
そのまま下道を走る。
目の前に広がるのは、夏の終わりのような色合い、空気の景色。
フロントガラスの前から迫ってきては、通り過ぎた後方へ飛び去ってゆく。
いつも通っているはずなのに、なんだか今日は色褪せて見える。
あの信号機も、あの案内板も。
ふと、むかしの記憶が断片的に蘇る。
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19の夏。
僕はまだ運転免許を持っていなかった。
地元の海を見せようと、当時の彼女を連れてきた僕は、どうやってあの浜辺まで行ったのだろう?
バスを使ったのかな。
思い出せない。
僕らは日帰りで東京に戻らなければならない。
地元に帰っていた友だちが、海まで迎えにきてくれて…
僕らを駅まで送ってくれた。
…だったかな?
それとも、帰りがバスだったのかな?
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大学4年の夏。
僕は就職活動が落ち着き、実家に帰省していた。
ペーパードライバーだった僕は、初めて女のコを乗せてドライブすることになった。
色々と緊張しながら、海辺のプールまで。
母親に借りた軽自動車。
ダッシュボードで、カールおじさんの人形が揺れる。
無事に目的地の駐車場までは辿り着けたものの…
枠内に停めるのに苦労して何度も切り返し、係のおっちゃんに呆れられる。
彼女はただ横でケラケラと笑っていた。
付き合い始めたばかりの、陽気なあのコ…
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直進するはずの交差点。
ふとウインカーを右に出し、進路を変えて海のほうへ下ってゆく。
傾き始めた太陽は妙にギラギラとして、やはり季節が少しずれている気がする。
本当の夏の訪れは、まだ少し先だ。
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いつものように浜辺を歩く。
強い風が足元の砂を吹き飛ばしてゆく。
波は思ったほどには荒れていない。
いや、ここの海はいつでも波が高いから…
遠くで誰かが佇んでいる。
波打ち際に沿って歩く人もいる。
とはいえ、シーズン前の海は人影もまばらだ。
こういうとき、たまに一人で遊んでみる。
波打ち際に文字を書き、波に洗わせたりね。
これが意外と難しい。
近過ぎると、書いてるそばから消されてしまう。
離れ過ぎると、いつまでも波が届かない。
うまく行ったと思うと、足元まで波にすくわれそうになってカメラを構えていられなかったり…
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ひとりで何をしてるんだろう。
ふと我に帰った。
いい歳をした大人が、波打ち際で独りはしゃいでいる。
まぁ、どうせ誰も見てないか。
いろいろと思い出したりしながら、子供みたいにこんな時間を過ごしているのも悪くないよ。
生きていると、つらくてたまらない時なんて星の数ほどあるからさ。
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彼女たちはいま、どこで何をしてるのだろう。
砂に書いた文字が波に洗われるのを待ちながら、昔の記憶を少し辿ってみる。
いつの日かまた誰かと…
ふたりで並んでこの海を眺める日も来るのかな。
優しい気持ちで、ね。