42 器用で大富豪なバトルマジシャン
それからというもの、事態は恐ろしい程スムーズに解決した。
それだけ黒姫の能力は高かったと言う訳だ。
しかしそうなるとまた新たな問題が生まれてくる。
このあまりにもブラックボックス過ぎる存在を、どう扱うべきか……だ。
「やはり処分した方が良いだろう。いくら晴翔の命令を聞くと言っても安全性が確保されている訳では無いからな」
トウヤの意見としては、また何かを起こさない内にどうにかしてしまった方が良いと言うものだった。
実際俺もその意見には賛成したい所なんだが、果たしてもう一度コイツを殺してしまって大丈夫なのだろうか。
ナビはどう思う?
[彼女にはもう調停機能としての能力は残っていません。しかし世界との繋がりを持っている以上、魔力パスを繋いでおくリスクは高いかと思われます]
……うん?
つまり、どういうことだ。安全だけど安全じゃないってことか?
調停機能としての能力が無いってことは、今回みたいに闇に飲まれしモンスターを呼び出すことはもう無いってことだよな。
気になるのは世界との繋がりって所か。
[世界との繋がりとは簡単に言えば世界そのものを維持する機構です。調停機能はその内の一つとなります]
難しいことはよくわからないが、結局黒姫をテイムしたままだと危険が危ないってことか。
それならやっぱ処分しちゃった方がよかったりすんのかね。
[処分した場合、また新たな調停機能が生まれてしまうでしょう]
マジかよ。
[……一つ、全てが丸く収まる可能がございます]
なんだって?
[晴翔様自身を世界の維持機構に組み込んでしまうのです]
おいおい、また随分ととんでもないことになって来たな。
俺を維持機構に組み込むってそんなことが可能なのかよ……。
[今すぐにでも始められますが、どういたしますか]
ああっちょ、ちょっと待ってくれ。
それ、失敗リスクとかあるのか?
[もちろん存在します。しかし今の晴翔様であればその確率は低いでしょう]
……うーん、本当にそんなホイホイと決めてしまっていいのか。
けど、このまま放っておいていい案件でも無いのは確かだ。
ああ、クソッ覚悟を決めるしかないのか。
……頼む、やってくれ
[承りました]
ぁ……視界が、揺らぐ。
「ッ!? おい、どうした晴翔!」
やべ、こんなことになるなら一言、言っておくべきだった……か。
――――――
どうした、何が起きている……?
視界に広がるのは真っ白な空間。何も無い。物が無いなんて話じゃない。空すら真っ白でもはや地平線すら認識出来ないレベルだ。
「ナビ、いるか?」
[はい、晴翔様]
よかった。ナビは使えるみたいだな。
「ここはどこなんだ? 一面真っ白過ぎるんだが」
[世界の外側と言うべきでしょうか。晴翔様は今、肉体を持たない概念のような状態になっています]
「……それ、戻れるんだよな?」
[不可能です]
……?
「待て、もう一度言ってくれ」
俺の聞き間違いだと思いたかった。
[残念ながら元の肉体に戻ることは不可能でしょう。しかしご安心ください。世界の維持機構に晴翔様を組み込むことには成功いたしました]
「待ってくれ、戻れないなんてそんなことお前は言ってなかっただろ!」
[はい、申しておりません。リスクについては質問されなかったため、回答をいたしませんでした]
……あぁ、落ち着け。こんなバカなことがあってたまるか。まるで嵌められたみたいじゃないか。
きっと何とかなる。そうでないとマジで気が狂いそうだ。
「戻るための方法は無いのか」
[既に肉体を失っているため不可能です]
「……そうか」
[元より晴翔様は元の世界では亡くなっておりますから今更でもあります]
「は……?」
待て、待ってくれ。こんな状況で処理しきれない情報を増やさないでくれ。
「亡くなってるって、それなら今まで生きていた俺は何なんだ」
[晴翔様はアーステイルに召喚されたその瞬間、心臓発作によってその命を終えています。しかし向こうの世界で得た体のままこちらに戻ってきたことで今にいたるのです]
……そうか。だから陽や桜と違って俺だけこの姿だったのか。
けど、それならそれで結果オーライととらえるべきなのか。この姿じゃ無かったらとっくの昔にゲームオーバーになっていた。
[本題に入りましょう。晴翔様は維持機構に組み込まれたため、この空間で世界の維持を行うことになります]
「淡々と説明しやがって……こっちはまだ受け入れきれてないってのに」
[それは失礼いたしました]
「いやいい、どうせ戻れないんだろ。なら今出来ることをやるだけだ」
未練はある。別れの挨拶も無しにこんなことになったのを簡単に受け入れられるはずが無い。
けど世界の平和のためであるのなら、間接的にも大切な人のためになることだ。
やってやるさ。何しろ俺は器用貧乏な……いや違うな。
こんだけ色々とやってのけたんだぜ?
器用で大富豪なバトルマジシャンだぜ俺は。
[それでは早速やらなければならないことがございます。ダンジョンの奥には未だ闇に飲まれしモンスターが残っています。彼らを討伐しきらなければ真の平和はやってこないでしょう]
「そう言えばアイツらはダンジョンの外に出てこなかっただけでまだ残ってはいるんだっけか」
放って置いたらまた何かの機会に出て来ちまうかもしれない。倒しておいた方が良いのは理解できる。
「けどその方法は? 今の俺はもう元には戻れないんだろ」
[ええ、なので丁度よく存在している彼女の体を端末として使いましょう]
「彼女……黒姫のことか? え、そんなことできるのかよ」
[パスは未だ残っています。それに今の晴翔様は概念体なのであの肉体に憑依する形で扱う事が出来るでしょう。あの体は調停機能が作り出したものですし可能です]
……戻れないってのは何だったのか。何のための覚悟だったわけ?
[だから申しましたよ。元の体には戻れないと]
「……お前、その言い方だともうあっちに戻れない的な風に捉えちまうだろうが! 色々と情報の開示が足りてないんだよお前は!」
けど、良かった。また会えるんだ。また少し変わったいつも通りの毎日を送れるのか。
「よし、なら早速世界の内側……って言えばいいのか? そこに戻ろうぜ。んで闇に飲まれしモンスターも全部ぶちのめしてチャチャッと世界を平和にしてやる」
[やる気十分ですね晴翔様]
「ああ、消沈してたのはほぼお前のせいだけどな」
[記憶にございませんね]
ナビがこんなんだから不安こそ数えきれない。結局、世界の維持機構についても俺はよくわかっていない訳だしな。
だがそれでも俺は前に進み続ける。どれだけ火の粉が降りかかろうが全て払って見せるさ。
白姫の伝説をアーステイルだけじゃなく、こっちの世界にも見せてやる。
『世界に危機が起こりし時、その少女はどこからともなく現れる。麗しいその姿からは想像も出来ない凄まじい力を振るい、世界を守るのだ。人呼んで「白姫」。自らを器用で大富豪だと謳う彼女を、人々は決して忘れることは無いだろう』
器用貧乏なバトルマジシャン 完
これにて『器用貧乏なバトルマジシャン』は完結となります。ここまで読んでくださった皆様方、本当にありがとうございました。