41 猫の手でも借りたい
教会地下のレーダーによれば闇に飲まれしモンスターが活動を活発化させたのは東京中のダンジョンだけ。
だがよく考えたらそれだけでも十分大量だ。俺だけで本当に何とかなるのか……?
いや、やるしかないんだ。今アイツラと戦えるのは俺とアルスの二人だけ。能力があるとは言えこっちの体である陽と桜には荷が重すぎる。
『西の方は任せてくれ』
アルスからそうメッセージが届いていたから俺はこの辺りの奴らに専念できる。
「まあ、一体ずつ倒して行けばいつか終わるだろ」
自分に言い聞かせるようにそう言ったものの、空元気かもな。
とにもかくにも魔力センサーを頼りに闇に飲まれしモンスターの元へ向かう。
「なんなんだコイツは!! 他の魔物と桁が違うぞ……!?」
「だが、我々が止めねば被害が拡大する!」
Bランクと思われる魔物ハンターが既に交戦していたようだ。
……いや、交戦なんてもんじゃないか。命からがら耐えていると言った状態だ。もはや戦いですらない。
「俺が相手をします、下がっていてください!」
「君は……!?」
この際出し惜しみは無し。体がどうなろうと全てぶっ倒すまでは根性でどうにかしてやる。
「フレイムランス、ライトニングランス!」
炎の槍と光の槍を複合させて闇に飲まれしモンスターへとぶつける。
「ググガァァッ!!」
完全に意識外からの攻撃だったのか俺の放った魔法は奴に真正面から命中し、その巨躯を消失させた。
「あれほどの魔物をたった一発で……それにあの魔法の威力は一体……。な、何者なんだ君は」
「すみません詳しく話している余裕は無いんです」
それだけ言ってまた別の場所へ向かう。
クソッ、このペースでも全然間に合わない。この間にも奴らに蹂躙されている魔物ハンターが大量にいるってことじゃねえか。
「オラァッ一体一体細かくやってられるかァ!!」
一体、また一体と闇に飲まれしモンスターを葬って行く。
だが先は見えない。当たり前だ。東京中のダンジョンなんて数百あるんだ。その中全てに奴らがいる訳じゃ無いが、半分近くには存在している。
あまりネガティブには考えたくないが、やはり……正直無理を感じる。
マジで猫の手でも借りたい。いやこの場合それをすると犬死になりそうだけど。猫なのに犬ってか。
せめて俺がもっといればいいんだが、それは流石に無いものねだり過ぎるか。
……いや待て、もしかしたら何とかなってしまうのではなかろうか。
「……可能性はあるか」
思い立ったが吉日。さっそく黒姫の死体の元へと向かう。
「俺の考えが正しければ、この死体を蘇生させてテイム契約をしてやれば……」
ワンチャン、俺と同等の魔法能力を持つもう一人の俺が出来上がりだ。
だが失敗すれば最悪コイツが復活するだけで終わる可能性がある。そうなれば結界が張れない今、全てが終わってしまう。
と言うかそうなったらそもそも全世界の闇に飲まれしモンスターが動き出すから終わりじゃん。
なんならテイム出来るなら最初からやっとけ感。仕方ないだろそれどころじゃ無かったんだから。
普通に考えてあの状況なら倒すのが前提になるでしょうよ。
「……いくらなんでも賭け過ぎるか。いや、いい。どうせこのままでも手詰まりなんだ。ならやってやろうじゃねえかよ!」
アイテムウィンドウを開き、蘇生アイテムを取り出す。
「おそらくコイツをかければ復活するはず……そこをすかさずテイムだ」
一度深呼吸をして心を落ち着けた後、ぐちゃぐちゃになっている黒姫の肉塊に蘇生アイテムを流しかけた。
「うぉ……なんか、やべ」
ぐちゅぐちゅと気味の悪い音を立てながら肉塊が集まって行く。
それは徐々に俺と同じ姿を形作っていき……って、こんなゆっくり眺めてる場合じゃねえな。
テイム契約は確かテイム用の魔石を使うんだったな。
「……あったあったコイツだ」
アイテムウィンドウの奥底。テイマー系では無い俺はほぼ使わなかったテイム用の魔石を引っ張り出す。
アーステイルにおいてテイム自体は職業に関係なく行えた。
と言っても適切な職業の持つスキルが無いとテイム契約をした魔物をまともに戦わせることは難しかった訳だが。
けど今回は違う。黒姫に関してはこちらがスキルの援助をしなくとも元から俺と同等レベルの魔法能力を持っている。
だから、戦力を得るためにも絶対に失敗できない。
「おっと、いつの間にかここまで復活したのか」
気付けば黒姫はほぼ全快と言っていい状態にまで回復していた。
なら後はこの魔石を額に……。
『テイム契約を結びますか』
視界に表示されるその文字。もちろん契約するに決まっている。
「ああ、契約する」
契約を許諾した瞬間、目の前にいる黒姫と魔力的に繋がったのを実感した。
「……ぁ?」
と同時に、俺の中に凄まじい量の魔力が流れ込んできた。
「おい、なんだこれ……どうなってる……?」
体がはち切れそうな程に流れ込んで来る膨大な魔力。コイツ、一回死んだってのにまだまだこれだけの魔力を隠し持っていたのか……?
……いや違う。
魔力と一緒に見知らぬ魔法の術式が俺の脳内に流れ込んで来ていた。
アーステイルで俺たちが使っていたものとも、こちらの世界に来てから出会ったものとも違う。
何と言うかもっとシンプルで、それでいて複雑だ。まるで……そう、根源的な何か。
ああ、そうか。コイツは調停機能の生み出した防衛概念そのものだった。
それはいわば凝縮された世界そのものの一端。俺なんかが、それを受け入れきれるはずが……。
「あれ……?」
それまで流れ込んでいた膨大な魔力が収まった。
いや、それもまた違う。現に今もなお魔力の流れ自体は感じる。
「俺の体の方が、適応したのか……?」
さっきまで内側から爆発してしまいそうな程だったのに、今はそんなものは一切無く穏やかそのものだ。
[古代魔法の術式、及び膨大な魔力の流入を検知。機能を修復します]
「うわびっくりした」
こちらに戻ってきてからというもの、うんともすんともだったナビがいきなり喋りやがった。
と言うか古代魔法ってなんだよ。もしかして、さっき流れ込んできたあの術式たちの事を言っているのか。
いや今はそれはいい。ともかくまずはコイツだ。
「黒姫、で良いんだよな。俺と共に戦ってくれるか」
「……」
一切表情を変えず黒姫はコクリと頷いた。
とりあえずは了承したってことでいいんだな。
「なら、片っ端から闇に飲まれしモンスターを倒してくれ」
「……」
黒姫は同じように頷いてから走り始めた。
センサー的にも向こうに奴らがいるのは確定だし、命令を聞いてくれたってことだな。
「さて、俺も奴らを倒しに行くか」
ナビの復旧についても気になるところだが、今はそれどころじゃない。
色々と考えるのは奴らを片っ端からぶちのめしてからだ。