36 トウヤの驚愕の真実(笑)
闇に飲まれしモンスターも倒したし、腕も生えたし、とりあえずは一旦落ち着いたってことで良いんだよな。
ま、そうでもなきゃ学園に来ている場合じゃないんだけどな。
「葛城晴翔さんいますか?」
一限の開始までゆったりとしていた時、突然俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
あれは確かエリンの妹ちゃんだったか。あの特徴的な髪と瞳だ。忘れるはずもない。
「はいはい、俺が晴翔ですけどどうかしました?」
「お話があるので来ていただけますか」
うーん、俺に話……か。何も思い至ることは無いけどな。エリン関連だろうか。
「……ここなら大丈夫だろう」
「……うん?」
学園の中でも特に人気のない場所にあるトイレに入った所で、妹ちゃんの口調と雰囲気がそれまでと変わった。
「待て、アンタ誰だ……?」
以前出会った時とは雰囲気が違い過ぎる。もしや何者かが成り代わっているのか?
学園内とは言えに場合によっては事を起こさなければならなくなるが。
「ん? ああ、そうか。そう言えば言っていなかったな」
「は……? え……?」
みるみる妹ちゃんの姿が変わって行く。
可愛らしい顔が、小さかった身長が、徐々に男のそれになっていく。
その姿は見覚えのある……そう、紛れも無いトウヤそのものになっていった。
いや、どういうことだよ。
「すまない、説明し忘れていたな」
「え、じゃあ以前に会った時も……?」
「そうだ。エリンを守るためにオレは妹としてこの学園に潜り込んでいる」
とんでもねえことだった。あの時のあの妹ちゃんの行動は全てトウヤによる妹エミュってことだったのかよ。
「学園内は安全だとは思うが、それでも最近は物騒だからな。いつでも守れるようにはしておきたかったんだ」
「だとしてもやり過ぎじゃないか?」
親バカならぬ兄バカってことか?
まあ確かにエリンの気質的に問題に巻き込まれることは多そうだけども。
「それにしたって女子に混ざって色々とやるのはどうなんだ?」
俺が言えたことでも無いけど。
「心配は無い。オレはエリンにしか興味は無いからな」
「わー……」
茶化している様子でも無い。恐らく彼は本気でそう言っている。
つまりは重度のシスコンだ。
「そ、そうか」
「それよりも晴翔に伝えておきたいことがある」
「な、なんだ……?」
この空気感だと何を言ってもシリアスにはならないよこれ。
「ダンジョンの異常が目に見えて増え始めているんだ」
……訂正だ。シリアスそのものの話になってきた。
「晴翔が闇に飲まれしモンスターを倒したことで他のダンジョンにも共鳴したのかもしれない。その影響でランクの低い魔物ハンターはしばらくダンジョンに挑めなくなった。今はまだハンター協会によって抑制出来ているが、これもいつまで耐えられるか……」
「早い内に原因を絶たなきゃ不味いってことだな」
魔物ハンターとして生活している人は決して少なくは無い。そしてその内のほとんどがCランク以下で構成されている。
低ランクの魔物ハンターがダンジョンに挑めないと言うことは、魔物ハンターのほとんどが稼ぎを失うということに他ならないんだ。
その結果として魔物ハンターを辞める人が増えれば、人類はそれだけ魔物への対抗戦力を失うことになる。
それがとんでもなく不味いことだっていうのは俺だってわかるぞ。
「現状、闇に飲まれしモンスターが観測されているダンジョンはそう多くは無い。一つ一つ潰していくしかないのかもしれないが……」
「いまいち決定打に欠けるな。それに奴らの死が共鳴している以上、下手に倒して他にどんな被害が出るのかもわからない」
一体倒しただけでそれだけの影響が出るのだとすれば、今後倒せば倒すだけとんでもない被害が出かねないってことでもあるんだよな。
とは言え指を咥えて見ているって訳にもいかねえし……。
「……なんだ?」
突然のことだった。
学園の周り数キロの範囲に張っていた魔力センサーに妙なものが引っかかった。
ダンジョンで戦った魔物とは違う魔力。だがこれはどこかで覚えが……。
「魔物が出たぞ!!」
一人の教師が叫ぶ声が聞こえてきた。それと同時に学園内の空気が変わったように感じた。
「魔物が出てきただと?」
「確かダンジョンって相当堅い門で封じられている上に常にAランクの魔物ハンターが常駐していたよな?」
「そのはずだ。にも関わらず外に出てきたと言うことは……相応に危険度の高い個体とみていいだろう」
おいおい、このタイミングってことは絶対に闇に飲まれしモンスターと関係あるじゃんか。
「ひとまず外に出た方が良さそうだ」
「だな。出来ればもっと情報も欲しい」
トイレから出て人の多そうな場所へと移動する。
もちろんトウヤは妹ちゃんの姿に戻っていた。中々便利だなそれ。
「なんでよ!? ダンジョンから出てこないように魔物ハンターが倒してるはずじゃ……!」
「その魔物ハンターが返り討ちに遭ったらしい! だが大丈夫だ。連絡のあったダンジョンには今増援が向かっている!」
あっという間に学園内は阿鼻叫喚の嵐となっていた。
魔物自体を恐れる人間はこの学園には少ない。そうでも無ければわざわざ魔術師を目指したりはしない。
だがダンジョンの外に出てくる魔物となれば話は別だった。
さっきトウヤが言っていたように、何重にもかけられたセキュリティを突破して外に出てくる魔物はそれ相応の危険度を持つ個体が多いらしい。
実際、過去にも何度か魔物が外へ出てきたせいで大規模な被害を受けたと言う記録が残っていた。
「どうする晴翔。今回の件に関してはオレたちのしたことが原因かもしれない。ならば他人に尻ぬぐいをさせる訳にもいかん」
「そうだな。それにその魔物についても気になることがある」
さっき感じた妙な魔力……恐らくその持ち主が今回ダンジョンから出てきた魔物とみて間違いないだろう。
他の魔物とは違う何かを確かに感じたんだ。それを放置するのは少し……いやかなり不味い気がする。
「ところで場所はわかるのか」
「ああ、なんとなくはな。あまり高精度じゃないが魔力センサーに引っかかったんだ。大体の場所はわかる」
学園を抜け出し、センサーで感知した座標を頼りに魔物の元へと向かう。
場所は学園から数キロの辺り。決して近くは無いものの、何かあったら学園にも被害が出かねない距離ではある。
処理できるならばさっさと処理してしまった方が良いだろう。
「この辺りか……」
既に現地の魔物ハンターが交戦しているのか煙が上がっている。恐らくあの下にいるんだろう。
「攻撃を止めるな!」
「くっ、コイツ……いくらなんでも硬すぎるだろ!!」
煙の下に向かうと何人かの魔物ハンターが魔物と思われる物に攻撃を続けていた。
「あれが出てきたって言う魔物か」
絶え間なく攻撃を受けているから全体像は見えないが、相当堅い外殻を持っているのは間違いないな。
見たところ攻撃している魔物ハンターは多くがCランク以上、一人か二人Bランクがいるってところか?
どちらにしろまともなダメージは入っていないようだからこのままだといつか限界が来るだろう。
「仕方がない、俺が行くか」
「待て晴翔」
「うぉっと」
飛び出そうとした所、トウヤに肩を掴まれて体勢を崩してしまった。
「その姿で出るのは不味いのではないのか」
「あ、ああ……そう言えばそうだった」
忘れていたがあまり目立ちすぎると不味いんだったな。学園長にも言われてたわ。
じゃあどうするんだって話だけども……あ、そうだ。あれを使ってみよう。