33 ダンジョンのその先へ③
通路に入ってから十分程歩いただろうか。
未だ何かが出てくる気配は無いが、空気中の魔力はどんどん濃くなっているようだ。
「はぁ……はぁ……」
「トウヤ、大丈夫か?」
「ああ、少し息苦しいくらいだ。心配ない」
やっぱりこの魔力濃度は人体にはとんでもなく有害だってことなんだろう。
それにしてもあれほどの実力者であるトウヤでさえもこうなるのか。並みの人間ならとっくにぶっ倒れてそうだ。
「……この気配は」
ここに来てから初めての気配。これは……魔物じゃないな。
「人だ。この奥に人がいる」
「なんだって? それは……ありえない。ここに入るための道は塞がれていたからオレたち以外がいるはずは無いんだ」
「けど、確かに人の気配がするんだ。……不味い、魔物の気配が増えた!」
人の気配がした辺りで魔物の気配が新たに増えた。このままだと間違いなく戦闘をすることになるだろうが、果たしてこんな場所で人がまともに戦えるのか?
「晴翔、その気配の主が何者なのかはわからないが放置するのは控えたい。構わないか」
「ああ、このままじゃ敵か味方かもわからないからな。確認する必要がある」
トウヤと共に気配のした場所へ向かう。
「ぐっ……一体なんなのよこいつら!? 体も動きにくいし、ここがどこかもわからないし!」
「わからない。ああ、わからないことだらけだ。だがここで死ぬわけにはいかない」
通路を抜けて少し広めの空間に出るとそこには3人の魔物ハンターがいた。
一人は気絶しているのか二人に守られる形で倒れている。装備からして恐らくヒーラーか。
彼女がそんな状態だからか二人も怪我を治せずにいる訳か。出血もしているし、魔物に襲われなくともダンジョンから脱出する前に力尽きていただろう。
「どうやら俺たちの敵という訳では無いようだな。彼らを助けるぞ晴翔」
「了解、ってアイツは……」
倒れている人がまず真っ先に気になってしまったせいで気づかなかったが、彼らを襲っている魔物には見覚えがあった。
「どうした晴翔」
「あ、ああ……。あの魔物には見覚えがあってな」
それは以前向こうの世界で戦ったことのあるマナツカミとそっくりの見た目をしていた。
直接戦ったことは無いが、あの見た目は確実にアーステイルのゲームで戦ったベビーマナツカミだ間違いない。
「あの魔物を知っているのか?」
「ああ知っている。けど細かいことは後だ。今はさっさとアイツらを倒しちまおう」
あの魔物ハンターたちもそう長くはもたないだろうし、すぐにでもベビーマナツカミを倒して回復しないと不味い。
「奴らは接触すると魔力と生命力を吸われちまうから気を付けてくれ」
「なるほど、心得た」
俺とトウヤは二手にわかれ、それぞれ一体ずつのベビーマナツカミを相手にすることにした。
「おっと、そう簡単に触らせるかよ!」
こっちに向かってきたベビーマナツカミをしゃがんで避け、そのまま下から剣で突き刺した。
確かな手ごたえだ。軟体生物みたいな見た目をしているが体の中心を貫かれたらどうしようもないみたいだな。
「キュァァァッ」
断末魔を上げて絶命したベビーマナツカミは消失し、その場に魔石を落とした。
この光景も久しぶりだ。こっちの世界の魔物は倒しても消失しないし魔石も落とさなかったからな。
「そっちはどうだ?」
「ああ、こちらも今終わった所だ」
ベビーマナツカミから剣を引き抜きながらトウヤはそう言って来た。
奴らは能力こそ厄介だが単体性能はそこまで高くは無い。まあ、それを抜きにしてもトウヤの実力ならそうそう苦戦することも無いだろうが。
「あ、あなた達は……?」
「俺は晴翔。……魔物ハンターです」
実際にはハンター免許を持っている訳では無いが、今ここで無免許の学生だと言ったら事態がややこしくなる気がしたからそう言っておこう。
「オレはトウヤ。同じく魔物ハンターをしている」
彼に関してはちゃんとハンター免許を持っている魔物ハンターだ。それもAランク。あの実力なら納得の最上位ランクの魔物ハンターだ。
「助けていただいて、本当にありがとうございます」
「助かったの……? あはは、私たち助かったのね……!」
「ええ、ですがここは危険ですからひとまず移動しましょう」
また別の魔物に襲われる可能性もあるし、そもそも彼らはこの場所の魔力濃度に長くは耐えられないだろう。
とりあえずリーパーマンティスと戦った広間に行けば何とかなるか。
「……ッ!?」
突然、魔物の気配が現れた。今の今まで感じなかったはずの気配。まるで今この瞬間にその存在自体が新たに生まれたかのようだ。
「……クソッ!」
不味い、俺の後ろには彼らがいる。避けるのは容易いがそれだと彼らに危険が……。
「晴翔!!」
「おわっ!?」
真横からトウヤの声がしたかと思えば次の瞬間には突き飛ばされていた。
「うぐっ……」
「トウヤ!」
アイツ、俺の身代わりに……!
とにかく、早く助けないと。
「トウヤから離れやがれッ!!」
ベビーマナツカミの中心に剣を突き刺す。と同時に奴の体は脱力し、次の瞬間には消失した。
「ぐ……はぁ、はぁ……」
「大丈夫か!」
「少々、魔力を吸われたらしい……。すまない、案内役だと言うのにこの体たらくだ……」
「お前のせいじゃねえって。俺を助けようとしてくれたんだろ? こっちこそ油断してて悪かった」
不味いな。奴に魔力を吸われたせいかトウヤの体がここの魔力濃度への抵抗を失っている……。
このままだとあの広間まで持つかどうか……仕方ない。
「は、晴翔……?」
「俺の魔力を直接渡すから少し待っていてくれ」
トウヤに抱き着き、俺の体から彼の体内に向けて直接魔力を流し込む。
本当は粘膜接触が一番効率がいいとかなんとからしいが……流石にそれはあれだからな。
にしてもとんでもなく筋肉質な体だな……服の上からでもその硬さとデカさがわかる。まあ、あれだけの動きをするんだから当然と言えば当然か。
「なんだこの魔力は……!」
少しずつトウヤの全身に魔力が流れて行くのを感じる。これでここの魔力濃度にも耐えられるはずだ。
……それなら最初からやれば良かったかもしれないな?
「よし、これでもう大丈夫だろ」
「助かった。それしても体が軽い……。これが白姫の……晴翔の魔力か。なんだか凄まじい力を感じるな」
ここに来る前よりもトウヤの魔力反応が明らかに強くなったような気がする。
魔力って某サイヤな人たちみたいに失って回復するたびに大幅に強化されるのかもしれない。
「この力を試してみたい所だが、今は彼らを連れて戻ろう。そう何度もあんな状況になっては命がいくつあっても足らないからな」
「賛成だ。それに……」
魔物ハンターの女性がこちらを見る目……あれは何かこう、よからぬことを考えている目だ。さっさと誤解を解いた方が良い。
……解けるのかもわからないけど。