28 脅威再び
あの騒動からしばらくの間、世界は平和そのものだった。
もちろんそれは良い。平和であるのならそれ以上のことは無いからな。
……だがそれが逆に不安だ。
あれだけの事をして来たのにも関わらず、あれ以降何も起きていない。いくらなんでも平和すぎる。
あの女性だって諦めるつもりは無いと言っていた。であればまた近い内に何かをしてくる可能性がある。
警戒しておくに越したことはないだろう。
「どうした晴翔、難しい顔しやがってよぉ」
「あぁ、別になんでもないよ」
リュウとも色々とあった訳だが、なんだかんだで結局友人同士の距離感に落ち着いたようだ。
「ねえちょっと、あれ見てよあれ!」
そんな時、エリンがそう叫んだ。よりにもよってその声量を耳元でだ。
「うわっ、急に耳元で叫ぶなよ……」
「だって仕方ないじゃない! あんなの見たこと無いんだもの!」
エリンはそう言って窓の外に向かって指を刺した。
「……おいおい、マジで言ってんのか」
窓の外にいたのはあの時の女性……まあそれはまだ良い。どうせまた会うだろうとは思っていた。
問題なのは……何故かたくさんいたことだろうか。
「浮遊魔法……よね? 使える人なんてほぼいないって言われてるのに、あんなにたくさん……」
「いや、たくさんって言うかよ……全員同じ顔してねえか?」
その異常性を目にし、最初は呆気に取られていた二人も徐々に冷静さを取り戻しつつあった。
それと同時にクラスの他の生徒も窓の外の光景に釘付けとなっていた。
「お迎えにあがりました、白姫様」
「白姫……ってなんだ?」
「さあ?」
当然だが白姫伝承は秘匿されており、生徒が知っているようなものでは無い。
「申し訳ありません、ここでは晴翔様でしたか」
それに気付いたのかあの女性はご丁寧に俺の本名を出しやがってくれてしまった。
「晴翔……って」
「お前のこと……なのか?」
すぐ隣にいるエリンとリュウはそう言いながらゆっくりと俺の方を見る。
どうするべきか。今ここで出て行くのは流石に軽率過ぎる気もする。しかし出て行かなければそれはそれで奴らが何をしでかすかわかったものじゃない。
「仕方がありません。あまり野蛮なことはしたくはありませんが……」
そう言うと先頭にいた女性の元に魔力が集まって行くのを感じた。
ほれ見たことか。こうなりゃもう悠長にしている訳にもいかない。
「すまん、ちょっと行って来る」
「はっ!? えっ!?」
窓を開け、そこから飛び降りる。
幸いこの世界にはやたら体が頑丈だったりする人もいるから窓から飛び降りるくらいは日常茶飯事だ。
「あぁ、白姫様……再びお会いしてくださったこと、誠に感謝いたします」
「……それで、何の用なんだ」
わざわざこれだけの人数で学園にまでやってきたんだ。何かしら穏やかじゃない理由があるんだろう。
「先日もお願いした通り、私たちの元に来ていただきたいのです。そしてどうか私共をお導きください」
「またそれか。悪いがそのつもりは無い」
「そうですか……それでは仕方がありませんね。多少強引にでも貴方様を連れて行かなければならないことを、深くお詫びいたします」
「おい、待て……!」
目の前の女性が手をかざすと共に、強烈な魔力が発せられた。
「マジックプロテクション!」
咄嗟に学園全体を防御魔法で覆う。
いや、足りない。この感覚、恐らく魔法だけでは無い未知の系統……マジックプロテクションだけだと完全には防げない!
同時に他の防御魔法も使えれば良いが……そうだ、複合魔法!
攻撃魔法以外でも使用できるのなら、可能性はある。
「オールプロテクト……!」
物理攻撃、魔法攻撃、属性攻撃、状態異常、その全てを10%軽減する中級魔法であるオールプロテクトとマジックプロテクションを複合する。
オールプロテクトは防げる種類は多いが軽減倍率が低い。マジックプロテクションだけでは魔法由来のものは防げても、逆に言えばそれしか防げない。
だからその二つを混ぜ合わせ、全てをほぼ完ぺきに防ぐバリアを生成する……!
「……おや、これはこれは」
「はぁ……はぁ……」
ぶっつけ本番だったが上手くいったようだ。
「まさか今の攻撃を完璧に防いでしまうだなんて……素晴らしいです」
「お前ら、覚悟は出来てるな?」
俺が防がなければこの辺り一帯が吹き飛んでいた。
それだけのことをしておきながら目の前の女性は悪びれる様子も無い。きっと、罪悪感なども無いんだろう。
「突然このようなことをしたこと、重ねてお詫びいたします。しかしそうでもしなければ貴方様が私共の元には来てくださらないと考えたのです」
「そもそも、何故俺を……白姫をそこまで求めるんだ」
彼女らは白姫を崇拝していると言っていた。であれば、それだけの理由が絶対にあるはずだ。
「そうですね……貴方様がどうしてもと言うのであれば、今ここで話してしまいましょうか」
そう言うと先頭にいた女性は俺の前に降りてきた。
「言っておくが妙なことはするなよ。少しでも変な動きを見せればその瞬間に攻撃を行う」
「えぇ、それで構いませんわ」
目の前の女性は黒い靄を放ちながらもその奥で柔和な笑みを浮かべてそう言った。
笑顔だと言うのにそれはとてつもなく不気味なものだった。
「では簡単にお話しいたします。このままでは世界が滅ぶのです」
「……うん?」
突拍子もなさすぎる。
と言うか簡単に話すって言っても簡単にし過ぎじゃないか?
「悪いがそこまでだ」
「ッ!!」
その瞬間だった。
「あら、これだけでも駄目なのですね……」
目の前で女性の頭が真っ二つに割れたのだった。
しかしどういう訳か人間的な中身は無く、彼女の断面からはただ黒い靄が出るばかりだった。
いや、それはこの際どうでも良い。いやどうでも良くは無いか。
問題なのはそうなった原因となる一撃だ。
あまりにも速すぎる攻撃だった。気配を感じてから瞬きをするよりも速くその攻撃は終了していた。
「いきなり悪いな。これに関してはあまり外に出したくは無い情報なんでね」
「……あなたは」
剣を構えた一人の男がそこには立っていた。
目を引く紅い長髪に紅い瞳……この特徴を俺は知っている。
「エリンのお兄さん……ですね?」
「……ああ、そうだ」
やはりそうか。それこそ性別以外は彼女とそっくりな見た目をしている。
それにしても妹も合わせて3人皆そっくりだな……って、あれ?
なんだ、この妙な違和感は。何か重要なことを忘れているような……。
「しかし、なんだ。こうなってから言うのはあれなんだがな……頼む、白姫……いや葛城晴翔。俺たちに力を貸して欲しい」
突然エリンの兄は頭を下げてそう言って来た。
何が何だかわからない状況続きだが、恐らくただ事じゃないのは確実だろう。それだけは何とか理解できた。
「まあ、こちらも色々と聞きたいことはありますから。ひとまず話だけは聞きますよ」
「感謝する。それでは案内しよう。俺たちの拠点……白姫教団の拠点へ」