27 学園祭
夏も終わり、秋がやってきた。
秋と言えば食欲の秋、運動の秋、読書の秋とまぁ色々とある訳だが、秋にあるイベント事として大きな物が一つある。
学園祭だ。もちろんこの魔法学園も例に漏れず学園祭が存在していた。
魔法学園ともあって出し物も中々凄い。高い身体能力や魔法を利用した曲芸やショーは迫力があって見ごたえのあるものだった。
未来の新入生に見せる目的もあるだろうし、それだけ張り切っているのも感じられたな。
あとは演劇や屋台などのオーソドックスなものもあった。
となるともちろん、アレもある。そう、学園祭と言えばのアレだ。
「メイド喫茶をすることになったので、女子生徒は準備の方をよろしくお願いいたしますね」
メイド喫茶。学園祭には外せない出し物の一つ。
それを、よりにもよってまさかこのクラスがやることになるとは……。
「そう言えばメイド服ってどうするの?」
一人の女子生徒がそう言ったのが聞こえた。
そうだ。そもそもこの人数のメイド服をどうやって確保すると言うのか。
「私に任せて。クリエイトウェア……これでよしっと」
見たことの無い魔法が発動したかと思えば、術者である女子生徒の前に大量のメイド服が並んでいた。
なんともまた特殊な魔法を……。
「微妙にデザインも違うから、皆好きなのを選んで」
「それなら私これがいい!」
「うーん、じゃあわたしはこれかな」
割とノリノリでメイド服を選んで行く女子生徒たち。
いやまあ、楽しんだ者勝ちではあるけども。
「……」
俺は一番最後で良いか。
――――――
一週間が経ち、学園祭当日となった。
学園内は活気に溢れていて、常に誰かしらの声が聞こえてくる状態だった。
「晴翔、一緒に回ろう」
そんな中、いち早く俺の元にやってきた陽がそう言う。
「ああ、構わない。色々と見て回ろうか」
「うん、楽しみ」
陽の手を握り、歩き始める。
普段見慣れている学園だが今日は雰囲気が違う。それにしても間取りも変わらないのにここまで印象が変わるとは……この感じもなんだか懐かしいな。
「あれ食べたい!」
陽の視線の先、そこにはリンゴ飴の屋台があった。
恐らくリンゴ飴を食べるのも初めてなんだろう。目を輝かせてそれを見ていた。
二人分のリンゴ飴を買い、それを食べながら歩く。
すると陽は今度は綿あめに興味を持っていた。さらにはイカ焼きや焼きトウモロコシ、たこ焼きなんかにも食いついていた。
……流石に食べ過ぎじゃないかとは思うものの、この世界の魔法使いは大食いらしいからな。きっと彼女も例に漏れず大食い体質なのだろう。
それはそれとしても、笑顔でいっぱい食べる陽は見ていて癒される。いっぱい食べて健やかに育って欲しい。
その後は魔法を使った的当てを楽しむ陽を眺めたり一緒に演劇を見たりして久々の学園祭を満喫していたが、メイド喫茶の担当時間がやってきたため一度彼女と別れてクラスへと向かった。
「……で、どうしてお前がいるんだよ」
メイド服に着替え終わった辺りでリュウとばったり出くわしたため、そんな言葉がつい口から出てしまった。
「リュウの担当時間は違うはずだろ?」
「それはそうなんだけどさ……いや、どうせ隠しても無駄なら言ってやる。俺は、晴翔に接客されたいんだ」
「……??」
……??????
「いや、別にいつも会ってるだろ。せっかくなら色々と見て回ればいいのに」
「確かにそうだ。そうなんだよな。けど違うんだよ。メイド服の晴翔を見られるのも、その姿で接客されるのも、こういう時しか経験できないじゃないか?」
「……よくわからないがリュウが良いならまぁ……良いか」
学園祭の空気に当てられたのかリュウのテンションが何かおかしかった。
その後、特に問題も無くメイド喫茶は進んで行き、結局俺はリュウの担当になったのだった。
「ご注文はお決まりでしょうか」
「……なんだか新鮮な感覚だ。えっと、じゃあ……特製コーヒーとロールケーキをお願い……します」
リュウはぎこちなくそう答えた。なんでメイドをしている俺じゃなくてお前の方が緊張してんだよ。
いや俺も全く何も感じて無い訳じゃないが、少なくとも普段の制服に比べればこのメイド服は大分マシだ。というかかなりマシだ。
逆に何故これが最後まで残ったのか。他の女子生徒は皆、異様に露出が多いものを選んでいる。
「こちら、特製コーヒーとロールケーキとなります」
「あ、ありがとうございまひゅ。……えっと、特別トッピングをお願いしてもよろしかったりしますでしょうか?」
「流石に緊張し過ぎだろ。日本が変になってるぞ。けど、まあ……オホン。特別トッピング承りました」
特別トッピング……このメイド喫茶の一番の売り込みポイントと言えるこれをやる時が来たか。
「スゥゥ……おいしくなーれ♡ おいしくなーれ♡」
「う、うわあぁぁっぁぁぁっぁ!」
リュウは顔を真っ赤にして手で覆ってしまった。
だから何故お前が恥ずかしがってるんだよ。と言うかそこまでなるなら頼むなよ……。
勿論俺にだって多少の恥じらいはある。だが、メイド喫茶のメイドをするうえでこれを恥ずかしがってはいけないのだ。
他に客がいる中でこれをわざわざ頼む命知らずな客は全力でこれを楽しみにしていることに他ならない。
その覚悟を俺が無下にして良いはずが無いだろう。
「ぁ……ぁりがとぅございました……」
俺の最大限のメス声と可愛いモーションがクリティカルヒットしたのかリュウは完全に燃え尽きていた。
俺の勝ち。何故負けたのか明日までに考えといてください。
まあ考えるまでも無い。俺が一晩かけてキャラクリしたこの見た目と、入念に吟味したボイスなんだ。
勝てるはずが無いだろう。
「……?」
その時、尻に何かが当たった気がした。
だが近くには誰もいないし、当たるような物も何も無かった。
「気のせいか……?」
勘違いということにして次の客の対応をしようとした時、また何かが当たった。
いや、当たったというより……明確に触られている。
おいおいマジかよ。学園祭のメイド喫茶で痴漢ってか?
「どうしたんだ晴翔?」
「いや、何でもないんだが……」
いつの間にか落ち着きを取り戻していたリュウが何かに気付いたのか話しかけてきたが、こんなことに巻き込むのもあれだしな。犯人はわからんが、放っておけばいなくなるだろ。
それに俺をターゲットにしている間は他の女子に向かうことは無いはず。
気味が悪い話ではあるが、いざとなれば実力行使もできる。
「……!」
「おい、どうし……た?」
その時だった。突然リュウが立ち上がったかと思えば、すぐに一人の男の腕を掴んでいた。
「ここはそう言ったお店じゃあないんだよ」
「ぐっ……どけッ!!」
「うがっ」
男がリュウの腕を振り払い、その衝撃でリュウは近くのテーブルに向かって倒れ込んでしまった。
「リュウ! 大丈夫か!?」
どうする、あの男を追いかけるべきか?
いや、まずはリュウの手当だ。
「オ、オレ先生呼んでくるぜ!」
「ああ、頼んだ」
調理担当をしていた男子生徒の一人がそう言って教室を出て行った。
「怪我はしてないか?」
「あ、ああ……俺は大丈夫だよ。それより晴翔は? アイツに触られてたろ……?」
そうだとは思っていたが、やはりあの男が犯人だったんだな。
それにしてもリュウの観察力は大した物だ。俺は殺気とかを感じ取るのは得意だが、こういった人の気配だらけの所では敵意とかそう言うのだけを感じ取るのが中々難しい。
「これと言ったことはされてないし大丈夫だ。ほら、手を貸すから」
「すまない……っ!」
「って、やっぱり怪我してるじゃねえか!」
テーブルに倒れ込んだ時に切ったのか、リュウの手の平からは血が出ていた。
魔法技術こそかなりの物を持っている彼だが、耐久面には若干の難があるからな。
打ち所が悪ければもっと酷いことになっていたかもしれない。
「ほら、手を貸せ……ヒール」
とは言え幸い傷が深い訳でも無いため、初級の回復魔法であるヒールで問題なく完治させることができた。
「全く、無茶しやがって」
「それは……ごめん。だけど放っておけなかったんだよ」
真剣な顔でリュウはそう言って来た。
「晴翔は気にしないんだろうなって、わかってたんだ。今までの感じなら今回も時間が解決するだろうって思ってた。けど気付いたら体が動いててさ。変だよな」
「リュウ……」
「俺だってあまり荒事は起こしたく無かったけど、アイツが晴翔に触っているのを見た時に何と言うかこう……すげえ嫌だったんだよ」
友達として……では無いんだろうな。だが俺は……。
「リュウ、俺は……。」
「……薄々気付いてたけど、やっぱり晴翔って女の子じゃないんだろ?」
「……どうして、そう思ったんだ?」
急になんなんだ。どうして今それを。
「口調はまぁ……今更なんだが、いくら思い出そうとしても晴翔に関する記憶は男友達としてのそれだったんだ。それに記憶を失くしてから一緒に過ごしてきて確信した。……何か理由があって女の体になってるんだろ?」
「……ああ、そうだな。確かに俺はこんな見た目だが中身は男だ。けどすまん、理由は話せない」
転移のことについては、いくらリュウであっても話すことは出来ない。
「ならまぁ……いっか。それなりの重大なもんがあるってことだろ? それならそれで良いって。はぁ……今更こういうのもあれだけどさ、やっぱり友達としてこれからも頼むわ」
リュウの表情にはどこか悲しみが混じっているように見えた。
だがそれを乗り越えて、今のこの決断をしたんだろう。
「ああ、改めてよろしく頼む」
リュウが出してきた拳に対してこちらも拳を突き合わせ、その後固く抱き合ったのだった。